仮性法廷:出題編

「大変だ! 大変だぞ、へっぽこ探偵!」


 探偵のブラウンがブランケットに包まって女王様に夜のご奉仕を強要されている夢を見ていると、ドワーフ警部のドルガタの怒鳴り声が鳴り響いた。


「うわっ! ……ってなんだ、サンチョじゃないのか。いつもならアイツが起こしに来るはずなんだが……」


 サンチョはオークでブラウンの助手を務めている。いつも妙な事件が起きるたびにブラウンを無理やり起こす役を勝手に自任していたようだが今日は姿が見えない。


「ああ。それがな、実はあのオーク、殺人容疑で逮捕されちまったんだ」


「は、はあっ!?」


 ドルガタの口から発せられた衝撃の事実に耳を疑うブラウン。いや、確かにあのサンチョなら殺人もやりかねないが。


「今朝のことでな。俺も詳しくは知らんが、とにかく第一回公判が今日の13時から中央裁判所で始まるらしい。――フン、これで今までの義理は全部返したからな」


 ドルガタの言葉にハッと時計を確認すると、もう11時過ぎだった。中央裁判所までは電車で2時間かかるから、今から出たとしてもギリギリだ。


 ブラウンはもんどり打って起き上がり、安物のコートを掴んで事務所の外へ転がり出た。


 中央裁判所に着くと、裁判は既に開廷していた。あのサンチョがしょぼくれた様子で被告人席に座っている。


「――それでは、弁護人。弁論を始めて下さい」


 弁護人席に立っているのは天使のカブリエル弁護士だった。新進気鋭の若手弁護士で数々の難事件の弁護を担当し、被告人の無罪を勝ち取ってきたやり手だ。


 万年探偵助手のサンチョのくせにあんないい弁護士を呼べたのかとブラウンが感心していると、カブリエルが書類を片手に弁護を始めた。


「ですから私が言いたいのは、このサンチョ被告がエルフの女性の頭にコンドームを被せて窒息させたというのは全くの誤解であるということで――」


 カブリエルは異様に流暢な口調で言葉を紡いていく。どうやら事件のあらましとしては、アパートの一室でエルフの女性が巨大なコンドームを頭に被せられて窒息死しており、第一発見者のサンチョが逮捕されてしまったという内容らしい。


「では、被告人。最後になにか言うことはありますか?」


 立派なヒゲを蓄えた裁判長がサンチョを促した。サンチョが震えながら立ち上がり、口を開く。


「お、オラはやってないですだ! 殺しなんてとんでもねえ!」


 検察がフンと勝ち誇った顔をし、傍聴席はやにわにざわめき出す。


「あの……この事件ってけっこう被告の旗色が悪い感じですか……?」


 ブラウンは気になり、隣りに座っていたドルイドの老人に尋ねた。


「ああ。オークなんていう劣等種族が殺人を犯した上にシラを切り始めたんだ。恐らくこのままだとアイツは死刑になるだろうね」


 老人は平気な顔でとんでもないことを言い始めた。魔都の司法はここまで終わっているのだろうか。


「だいたい、いくらいい弁護士先生が付いてたってあんなオークが被告じゃあ裁判長の印象も悪いだろう。これは9割がた死刑で決まりだよ」


 ブラウンは肩を落とし、席を立った。あのサンチョもついに死刑になってしまうのか。自業自得とはいえ、借金と横領した事務所の金ぐらいは返してほしい。


 ふと振り返ると、裁判所の待合室には大量の天使が猿を天国行きか地獄行きかで選別している絵が描かれていた。かの有名な天才画家、レオナルド・ダ・ヴィッチの「最後のチンパン」である。


 昔から天使は人の罪を裁く存在とされていた。頭に光の輪を戴き、背中に羽を生やした超常的存在、それが天使だ。魔都でも彼らは一種神々しい種族として扱われ、オークなどとは天と地、月とスッポンの差であった。


「――どうも。あなたがあのブラウン先生ですね。お話はサンチョさんからかねがねお伺いしています」


 すると、ブラウンに呼びかける声があった。先ほどサンチョの弁護人を務めていたカブリエル氏だ。


「私も本当に残念な気持ちでいっぱいです。あの心優しいサンチョさんが、もはや殺人事件の被疑者として逮捕されているとは――」


「ああ……はあ……」


 ブラウンは曖昧な態度で返事をした。このカブリエルとかいう男、なんとなく信用がおけない。


「ああ、そうだ。サンチョさんとお会いになりますか? 積もる話もあるでしょう」


 ブラウンがいつ話を切り上げようかと機会を伺っていると、カブリエルは意外な提案をしてきた。


「まあ、じゃあ10分くらいなら……」


「承知しました。私は中に入りませんので、ごゆっくり」


 カブリエルに促され、面会室に入るブラウン。サンチョがやや疲れた顔で座っていた。


「……ああ、せんせだか」


 心なしか声も弱っているようだった。


「どうしたサンチョ。人を殺しちまうなんて」


「せんせ、オラは殺してなんかいないですだよ……」


「殺人犯はみんなそう言うんだよ」


「せんせはオラのことを信じてないだか。酷いだぁね」


 サンチョが興奮のあまり立ち上がり、看守に静止された。


「……そう言えば、せんせ。事件について妙なことを聞いただよ」


「なんだ。言ってみろ」


 サンチョがぽつり、ぽつりと語るには、死体を見つける前、室内は鍵が閉まった状態――つまり密室状態だったらしい。


「み、密室かっ!」


 ブラウンの心拍数が急に跳ね上がる。彼は名探偵への憧れから、密室殺人というものに異様に興味を抱いているのだ。


「窓もドアも内側から施錠された状態で――妙だったのは、鍵穴に洗浄した痕跡があっただぁね」


「洗浄?」


 ブラウンは、それは何も変なことはないのではないのか、と思った。合鍵やピッキングの痕跡を隠すために犯人――今回はサンチョかもしれないが――が偽装工作を行ったのだろう。


「それがだね。あのアパートは身体検査が厳しくて、持ち物はおろか服すらも取り上げられるだよ」


 よくよく聞くところによると、被害者の住んでいたアパートはVIP御用達であり、住人以外は裸一貫で訪ねなければならないらしい。


「なるほど。でも持ち込むなら色々方法はあるだろ。尻の中に隠すとか……尻の中に隠すとか」


「いや、それも無理だよ。ちゃんとレントゲンで体内まで調べられるからね」


 体内に隠し持っていた線すらサンチョにバッサリと切り捨てられてしまった。


「サンチョ。そういえばお前、あのカブリエル弁護士と知り合いだったんだな。あの天使ってけっこう有名な弁護士だぞ。金持ってるのか?」


 ふと気になり、サンチョに尋ねるブラウン。もしかして事務所から横領した金を弁護費用につぎ込んだのでは。


「カブリエルせんせは事件現場に偶然居合わせただぁね。その縁で弁護を無料で名乗り出てくれただよ。本当に感謝してるだ」


 サンチョが拝むようにペコペコと頭を下げる。ブラウンは何となく胸がざわつくのを感じた。


「あともう一つ気になることがあるんだが……お前、あのエルフの姉ちゃんとどういう関係だ? 聞いたところによるとハリウッド映画に引っ張りだこの人気女優っていうじゃないか」


 ブラウンはこの日一番気になっていたことを思い切って聞いた。サンチョが大人気女優のエルフ宅を訪れていたという事実が最大の謎だ。


「ああ、エイリーンだか。いや……その……ブラウンせんせ……申し訳ないんだけど、それだけは今は言えないだぁね」


 サンチョがニヤッと笑って頭を下げた。その姿を見てブラウンが目を剥く。


「お、お前っ! もしかして……その……性的な関係だったとかじゃないよな!?」


 サンチョが再びニヤッと笑う。ブラウンが青筋を立てながらサンチョに殴りかからんばかりに2人を隔てている金網を掴んだ。


「サンチョッ! お前を死刑にするのは簡単だが、それはこの俺が許さん。俺が必ず真犯人を見つけて、俺がこの手でお前を殺してやる」


 ブラウンはそれだけを言い残し、面会室から退出する。その目には、真犯人を必ず暴くという漆黒の意志が確かに灯っていた。

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セックス家の殺人 不悪院 @fac

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