ハミチン男:解決編
陰茎が突如股間を離れ、空中を浮遊した後に何処かに飛び去っていったという空前絶後の難事件。
へっぽこ探偵のブラウンは――もう何度目になるだろうか――魔都の中心部に位置するあの歓楽街を訪れていた。
ブラウンが入店したのは「ジョハリのマゾ」。俗にいうSM風俗である。この店では来店客は、「ちょいマゾ」、「マゾ」、「ドマゾ」、「マゾ・オブ・マゾ」の4種類のコースを選択して女王様に嬲られることになる。
「マゾ・オブ・マゾ」を選ぶのはさすがに躊躇したブラウンは「ドマゾ」を選び、ロープで全身を緊縛されたまま女王様に言葉の暴力を浴びせられていた。
「クズ! ゴミ! 素人童貞!」
「ほっほっほっほっほっほっほっほっほっ」
心に刺さる言葉でたっぷり罵られ蔑まれ、ブラウンは無様に舌を突き上げて息を荒くした。アクメである。
「なに縛られて顔真っ赤にしてんのよ!」
ブラウンは心の奥底まで完全にマゾ奴隷に成りきっていた。
あまりの恍惚に魂が肉体を離脱し、涅槃へと導かれる。――と、その瞬間!
「アッ!!」
ブラウンは事件の真相を導く、たった一つの推理をひらめいていた。
「女王様……あひっ……すみません。俺はこれから、あの忌まわしい窃盗事件を解決しなければならないようです……」
「バカ言ってんじゃないわよ!」
ムチで臀部をシバかれながら惨めに慈悲を乞うブラウン。その目は、かの賢者王イッタアート・ダリにも匹敵するほどの物悲しさをたたえていた。
「せんせ。オラはやっぱりせんせなら犯人を見つけてくれると信じてただよ」
サンチョが手を打って喜んだ。彼もブラウンの招集によってドルガタ、被害者のジャックと共にあのボロ家に駆けつけている。
「……全身が痛くて早く帰りたいから今日は手短に行くぞ。陰茎が空中を飛び回った事件と陰茎が盗まれた事件。これらはジャック君の言う通り、ひとりの犯人が起こしたモノだ。ただし、使われたのは魔法でも超能力でもない」
さっそく推理の披露に入ったブラウンは、懐から小瓶を取り出した。中にはブルーマリン色の錠剤がいくつも入っていた。
「これは『モノノケイン』。シロート製薬が最近売り出した透明化薬だ。もちろん薬学部に在籍しているジャック君も知っているね?」
ブラウンの言葉にジャックはうなづく。
「これを使って犯人は、チンコ以外を透明にして露出プレイを楽しんでいたんだ」
ブラウンが言うには、なんと陰茎が空を飛んでいたわけではなく、陰茎以外が見えなかったから飛んでいたように見えただけだったというのだ。
「ちょ、ちょっと待つだよ、ブラウンせんせ。『モノノケイン』は肌に塗るわけじゃなくて飲んだり注射したりするタイプだから体の一部分だけを透明にしないでおく、っていうのはできないだよ」
サンチョが弱めのオツムをフル回転させて珍しく反論する。だが、ブラウンはこの質問も想定済みだった。
「ああ、普通はな。だが、薬効をチンコだけ無効にする方法が実は存在する。――それは、チンコを結束バンドで縛って、血を流れないようにしておくというやり方だ」
なるほど。『モノノケイン』は薬効が血流に乗って全身に行き渡り透明化する。そもそも血が行き渡らないようになっていればその部分は透明化することはない。
「透明露出プレイと勃起の維持の両方が一挙に満たせて犯人も嬉しかったんだろう。卑劣な犯行は3ヶ月も続いた。――だが、ここである悲劇が起こる」
ブラウンはポケットに『モノノケイン』を仕舞い、続いてシリコン製のディルドを取り出した。探偵はこれを事件に出てきた陰茎の模型として使いたかったらしい。
「チンコの血流が止まる、という状態が短期間に連続して起きたせいで竿が根本から腐り落ちてしまったんだ」
ディルドの根本を強く押さえ続けると茎がへたりとしぼんだ。このディルドにはなんと強力な実体化魔法がかけられているのだ。
「は、はあ!? チンコが腐った!? じゃあもう犯人は露出プレイできないな……っていうか、その腐ったチンコとチンコが盗まれた事件の何がどう関係してるんだよ――ん!? まさか!」
一通りせわしなく喋った後、ドルガタが目を見開く。どうやら真相に至ったようだ。
「チンコが盗まれたんじゃなくて、恥ずかしくて腐り落ちたチンコを盗まれたと言い張ってた自作自演だったってことか!?」
ジャックを指さしながら興奮のあまりぴょんぴょんと飛び跳ねるドルガタ。ドワーフの体格も相まって少し可愛らしい。
「…………そういうことだ」
ブラウンは一番大切な真相を先に言われ、明らかに不満な顔をしながら肯定した。
「こんのクソガキ! 俺はな、こういうナヨナヨしたキモいオタクが犯罪を起こすタイプだって知ってるんだよ! おら、来い!」
今までの態度はどこへやら、豹変したドルガタは哀れな透明人間のジャックを引っ立て、パトカーへ連行する。
「やめるんだ、ドルガタ警部。彼はチンコだけじゃなくて社会的信用も失ったんだ。その胸中は察するに余りある。それに別に誰かが殺されたわけじゃないしな」
ブラウンが珍しく犯人を庇った。素人童貞と竿なしオタク。彼らの魂の波長が世代を超えてシンクロしたのだろう。
「馬鹿言え。このオタクの通報がなけりゃ警察が捜査できた事件は山ほどあるんだ。虚偽通報はそれほど罪が重いんだよ」
「うっ……」
ドルガタの正論に言葉を詰まらせるブラウン。
そしてジャック・グリフィンは猥褻物陳列罪と公務執行妨害罪の容疑で連行されて行った。
「薬は人間をここまで狂わせるんだね。オラ、もう『モノノケイン』を使うのはやめるだよ」
「……ああ」
サンチョがしんみりと呟く。このオークも人の振り見て我が振り直す器量があったようだ。
「せんせ、それはそれとして、明日新発売の薬は凄いだよ。なんとどんなブ男でも絶世の美女に変身できるだ。オラ、この日のためにヘソクリ貯めてきただよ」
目を輝かせて財布の中身を見せびらかすサンチョ。だが、ブラウンはその中の1枚の金貨に見覚えがあった。事務所で毎月積み立てていたはずの社会保険料だ。
「……あのなあ、サンチョ」
「もうめちゃくちゃすさまじい薬なんだよ。あどけないロリっ子からだらしない体の人妻、ちょっとキツめだけどアナルは弱い女上司まで自由自在に変身できるだぁね」
「……サンチョ」
ブラウンはスマホを取り出す。横領罪でこのままドルガタに突き出してしまうつもりなのだろうか。
「その薬、俺にも買い方を教えてくれ」
「せんせ、オラと百合プレイするつもりだか!? オラ絶対に嫌だよ」
自分の肩を抱いていやんいやんと悶えるサンチョ。ブラウンは無言でスマホを操作し、110を押下、発信ボタンに指をかけた。
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