第3話
この世界にやって来て3日目、僕は相変わらずギルド会館2階のベッドとテーブルだけの小さい部屋で目を覚まし、一階の受付に向かう。
「おはようございます。シーナさん」
「おはようございます、アギトさん。今日も一日頑張りましょうね」
シーナの優しい笑顔に思わず顔が綻ぶ。
「早速ですがアギトさん、今日のお仕事なのですが」
シーナは手に持っていた依頼書を僕に差し出した。そこには「薬草の入手」と書かれている。
「薬草の入手……?」
「少し難易度の高いお仕事です。この薬草は自生しているものではありません。街の外れで集まって暮らしている少数民族が栽培しているもので、彼らから直接買い取るための交渉が必要です」
「交渉……僕が?」
「そうです。今回のクエストはある程度の金銭が必要なので、ギルドから約束手形を発行します。報酬はすぐには受け取れませんが昨日の荷物持ちの仕事よりずっと高額な報酬が見込めますよ」
シーナは説明を続けた。
「詳細は伏せますが彼らは非常に警戒心が強いんです。しかし、アギトさんのように仕事慣れをしていない明らかな素人で、若くて物を知らなそうな人なら、向こうも気を許してくれるかもしれないと思うんです」
「……わかりました。やってみます」
シーナから書類を受け取り、僕は地図を頼りに少数民族の住む集落へと向かった。
***
少数民族の集落は街の外れに位置していた。木々に囲まれて外界からは隠された集落に足を踏み入れる。
集落――小規模な村には木造の民家と田畑があり、街とはまったく違った雰囲気だった。
僕は、そこにいる人々を見て息を呑んだ。彼らは明らかに僕と同じような特徴を持っていた。黒髪に黒い瞳、肌の色も僕とよく似ている。昨晩遭遇した男性と同じく、彼らの姿はアジア人の特徴を有していた。
「こんなところに……」
僕は思わず呟いた。自分が異世界に来てから初めて見る、どこか懐かしい顔ぶれだった。しかし、彼らは僕を見ても表情一つ変えず、何の反応も示さない。むしろ、警戒するような目つきで僕を見ている。
「……?」
その冷たい視線に、僕は違和感を覚えた。彼らは同族を見た時のような親しみや興味を全く感じていない。まるで僕が別の存在であるかのように、距離を取っている。
そうか、僕は“ぼっち”だから異なる存在として迫害されない代わりに、仲間として受け入れてもらえないのか。
転生の時に与えられた「ぼっち」という職業。その職業のせいで、僕は周囲から何かしらのフィルターをかけられているのだろうか。同じような姿をしていても、彼らは僕を“仲間”とは認識しないようになっているのかもしれない。
寂しさを感じながらも、今は生きていくために働かねばならない。
「あの……こちらの集落で育てている薬草を分けていただけないかと、交渉に来ました」
声は情けなく震えていた。
年配の男性が僕に歩み寄る。
「オルガ草の栽培は時間と手間がかかる。そう簡単には売らんぞ。必要ならそれなりの誠意を見せてもらわねばならん」
「もちろんです! 土下座でもなんでもします」
こっちは生活がかかっている。
ヤケクソだった。
「ドゲザ? そんなことよりわしらの仕事を手伝ってくれ。若者が足りんからやることが多いんじゃ」
僕は年配の男性の要求通り、草むしりをしたり、井戸から高齢者の家まで飲み水を運んだり、壊れた屋根や壁の修繕などの雑用をすることになった。
これくらいなら大したことじゃない。
そう思ってはいたものの夕方になるころには足腰が悲鳴を上げて地面に座り込んで立てなくなった。
薬草を買い付けるまでは帰れないとなんとか立ちあがろうとすると、先ほどの年配の男性から声をかけられる。
「夕飯の時間だ」
料理の手伝いでもさせられるのかと身構えたが、僕が案内されたのは年配の男性の家らしき場所で、出来立ての湯気が上がっている食事のテーブルに座らされる。
テーブルには僕の他に年配の女性と中年の夫婦が座っている。
年配の男性も席に着き、僕に言う。
「お前の分だ。今日はよく頑張ったな」
「食べていいんですか!?」
野菜のいっぱい入ったスープと焼きたての匂いがするパン、香草らしきもので調理された魚料理。
この世界にやって来て初めてのまともな食事だった。
「ありがとうございます! いただきます!」
ギルド会館で提供される食事は野菜の破片の浮いた薄いスープとやたら硬いパン。
労働の後ということも相まって、用意された食事はとんでもないご馳走に感じた。
「お前は私たちの食事を躊躇なく食べられるんだな」
年配の男性が笑う。
続けて年配の女性が口を挟む。
「それどころか私たちを見下したりもしない」
食卓にいる人たちは優しい笑顔を僕に向ける。
年配の男性が語り出す。
「街の人間は国を追われた私たちを見下している。異教徒という理由で穢れた存在として扱われることもある。だが街の住人はオルガ草欲しさに時折こうして村に交渉へやって来る。村の人間を襲って人質にしてオルガ草を出せと言う輩もいる」
知らなかった。
シーナが僕にこの仕事を紹介したのは、本当に僕が何も知らなかったからだったのか。
「わしはこの村の村長だ。オルガ草は争いの原因にもなるが、オルガ草を育てる技術があるから、わしらはこの場所に住むことを許され、皆殺しにされない。だから売る相手は常に見極める」
年配の男性――村長は僕が持っていたギルドの書類にサインをしてくれた。
「ありがとうございます……!」
***
仕事を終えた僕は、ギルド会館に戻ろうと村を出ようとした。
だが、黒髪の少女に腕を掴まれ引き留められた。
彼女は細やかな刺繍の入った装束を身に纏い、その姿は明らかに村の中で特別な存在であることを示していた。
「あなた……何かおかしいわ」
彼女は真っ直ぐに僕を見つめ、その言葉を口にした。その言葉に僕はドキリとした。
「え……?」
「あなた、何かが違う。見た目は私たちと同じように見えるけれど、何かが違う」
彼女の漆黒の目はまるで僕の中の奥底を見透かしているかのようだった。
「私……あなたのことをもっと調べてみたいの。また村に来てくれないかしら?」
彼女の瞳は真剣で、僕に拒否する余地を与えないほど強い意志を感じた。何かに突き動かされるように、僕はただ頷くことしかできなかった。
「わかりました……また来ます」
「待っているわ」
立ち去る少女の背中を見送り、僕はギルド会館へ戻った。長い一日だったが、その分だけ自分が何かを成し遂げたという実感があった。まだわからないことは多いけど、今はただ与えられた仕事を終えられたことに安堵していた。
ギルド会館に近付くと、入り口に長い金髪にスラリとした体型の女性がいるのが見えた。
リムだった。
彼女は相変わらず凛とした佇まいで、ギルドに入ると冒険者たちが皆彼女に視線を向け、一目置かれているのがわかった。
声をかけようとしたが、緊張してしまい彼女の後ろ姿を見つめることしかできなかった。
転生しても僕は所謂ぼっちくん やぎやヤギタ @yagiyayagita
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