第2話
ギルド会館2階の宿泊部屋で目を覚ました僕は、朝日を眺めながらこれは現実の出来事であると改めて理解させられた。
何をすればいいかわからず、とりあえず建物一階のギルド受付に行く。
一階にはこれから仕事を貰いに来た人、夜の仕事を終えて報酬を受け取りに来た人、情報交換をする人たちで賑わっていた。
1人で立ち尽くしていると、昨日会話をした受付の女性から声をかけられる。
「おはようございます。アギトさん」
「お、おはようございます」
「昨日は自己紹介を忘れていましたね。私はシーナです。このギルドで職員をしています」
色素の薄い長い茶髪を一本の三つ編みにまとめ、ギルド職員の制服を着たシーナは自分と年齢が近いように見える。
考えてみたらリムも自分とさほど年齢が変わらないように感じた。この世界では10代後半で働くのは当たり前のことなのだろうか。
「こちらにどうぞ」
シーナに案内されたのは空いているテーブルだった。
テーブルの上にはパンとスープの質素な食事が置かれている。
「どうぞ、朝食です」
「ど、どうも……」
「こちらもギルドで働いた報酬からお支払いいただきますからね」
シーナは笑顔で言い添える。
「あの……もしも僕が払えなかった場合はどうなるんですか」
「もし、アギトさんが働いて返せないようなら、その時はリムさんが代わりに支払うことになりますね」
リム――昨晩自分を助けてくれた剣士の女性。
ふと僕の口から疑問が漏れる。
「リムさんは……どうして僕にそこまで親切にしてくれるんですか?」
「あなただけではありませんよ」
シーナは間髪入れずに答える。
「リムさんは正義感の強いお方です。助けが必要な人がいたら放っておけない人なんです」
シーナは微笑んだ。
「実は、私もリムさんに助けられたことがあるんですよ」
「え……?」
「私、昔はお金もなくて、故郷も追われて、ここにたどり着いた時にリムさんに助けてもらったんです。それからギルドで働かせてもらうようになったんですよ」
感慨深げにシーナは語る。
「だから、アギトさんも頑張ってくださいね」
その言葉に僕は強く頷いた。
食事を終えた僕は、シーナから最初の仕事を伝えられた。
「冒険者パーティの荷物持ち……ですか」
「それならば特殊な技能も資格も必要ないので。体力のある若い方には良い仕事ですよ」
「こっちだよ! 新人くん!」
背後から軽快な声で呼ばれた。
振り返ると20代前半くらいの、がっしりとした体型の男性がいた。
彼の側には弓を携えた女性と杖を抱えた少女、そして槍を持った大柄な男性がいた。
「アギトです。よろしくお願いします」
「俺はハインツ、よろしくな!」
挨拶もそこそこに、各々が出発の準備をする。
皆が笑い合い、冗談を交わしながら準備をしている姿は、まるで長年の友人同士のように見えた。
***
自分の仕事は単純だ。彼らの荷物や道中で集めた戦利品を運ぶだけ。
それだけなのだが……日本でただの学生だった僕には重労働に感じられた。
パーティのメンバーは時折僕に気を遣ってくれた。「重くないですか?」とか「水分補給はちゃんとしてるか?」と声をかけてくれる。
その気遣いに申し訳なさを感じ、大丈夫ですと愛想笑いを浮かべて俯くしかなかった。
彼らの間に漂う温かい空気、互いを知り尽くしたような視線のやりとり、気を使わずに笑い合う姿――僕とは無縁のものだった。
孤独って……1人でいる時よりも、集団の中にいる時の方が強く感じるんだよなぁ。
そんな言葉が、自然と胸の中に浮かんだ。
冒険者パーティの面々は、昨晩僕がいた森でモンスターを狩っていく。
どうやら昼間は昨晩のような巨大な魔物は出ない様子だった。
僕はただ彼らの荷物を抱えてその様子を見守ることしかできなかった。何もできない無力さが、心に重くのしかかっていた。
夕方になり、冒険者パーティは凶暴で強いモンスターが目覚める前に帰路につく。
彼らは基本的には命を落としたり重傷を負うような危険な仕事はしない方針のようだった。
危険な夜の森で単独で仕事をするリムって本当にすごいんだなぁ。
そんなことを考えていると、リーダーのハインツが僕に声をかけてきた。
「なあ、アギト。お前、何か特技とかないのか?」
「特技、ですか……?」
突然の質問に、僕は思わずハインツの顔を見返す。
「そうだ。見たところ、お前は五体満足で健康体の若い男だろ? だったら、鍛えたり勉強したりすれば、もっと稼げるようになるんじゃないかと思ってな」
ハインツの言葉には悪意はなかった。むしろ、親切心からのアドバイスだった。
でも、その言葉は僕にとって苦しいものだった。
僕は自分の両手を見つめた。今までの人生、何か特別なものを持っていたことなんてなかった。勉強も運動も苦手で、いつも周りから浮いていた。そんな自分に、何か特技なんてあるのだろうか。
考えこむ僕に気を遣ったのか、ハインツが僕の肩を叩く。
「まあ、最初はそんなもんさ。でもな、これからの人生で何か一つでも極められるものを見つけるといい。俺たちも最初から戦えたわけじゃないんだ。みんな、何かしらの理由や目的があって冒険者をやってる」
彼の言葉を聞きながら、僕は考えた。自分に何か特技ではなく特性はないのかと。
――“ぼっち”
転生の時に与えられた自分の「職業」は"ぼっち"
孤独でいること、それが僕の唯一の特性なのだろうか。だけど、孤独であることが何になるのか、一体どうすればいいのか。
ギルドに戻った冒険者パーティの人たちは、手に入れた戦利品をギルドの受付に渡し、報酬を受け取っていた。ハインツたちは仲間と共にこの後の打ち上げはどこでやろうかなど話しながら笑い声をあげている。
僕は昨日の宿泊費と今朝の朝食代、昼食用に持たされた携帯食代、この後提供されるという夕食代を差し引かれた僅かばかりの報酬を受け取る。
「アギト、お疲れさん!」
ハインツが声をかけてきた。
「今日はよく頑張ったな。また何か縁があったらあったらよろしく頼むぜ」
「ありがとうございます……」
僕は頭を下げた。
彼らにとって僕はただの荷物持ちで、それ以上でも以下でもない。それでも感謝の言葉をかけてくれるのは嬉しさを感じた。
シーナは僕の様子を見て、優しく微笑んでくれた。
「アギトさん、お疲れさまでした。初めてのお仕事はいかがでしたか?」
「なんとか……良い人たちだったので」
「自信を持ってください、これからも少しずつ経験を積んでいけば、きっと何か得られるものがあるはずです」
その夜、僕はギルド会館の部屋で考え込んでいた。ぼっちとしての自分の役割は何なのか、何ができるのか――あの白い空間の女性から与えられた"ぼっち"という職業は、一体どういうことなのだろうか。孤独でいることが職業になるなんて、そんな馬鹿げた話があるだろうか。
ふと窓の外を見た。
街は活気にあふれている。行き交う人々の笑い声や商人の声、遠くから聞こえる馬車の車輪の音が、ここが異世界であることを強く実感させてくれる。
ふと、ある一角に目を向けると、そこに奇妙な光景が広がっていた。
通りを歩いている一人の男性――彼の姿は僕と同じような特徴を持っていた。黒髪に黒い目に薄い瞼、彫りの薄い平たい顔で肌の色も自分と似ている。つまりアジア人というやつなのだが、その男性はただ歩いているだけで周囲の通行人から何かを叫ばれ、肩をぶつけられ、しまいには取り囲まれて石を投げられ、まるで厄介者のように扱われていた。通りすがりの人々は彼を無視するか、露骨に避け、冷たい視線を投げかけている。
なぜだろう――どうして彼があんなふうに迫害されているのか、全く理解できなかった。見ている限りでは彼が何か悪事を働いたり、誰かに迷惑をかけているようには見えなかった。僕は自分の胸に手を当て、あの男性と自分を重ねてしまった。もし、僕があの場にいたら、同じように扱われていただろうか。
「……おかしい」
僕の口から、自然とその言葉がこぼれた。リムやハインツ一行、ギルドにいる人たち、そしてシーナ――彼らは僕のことを差別するどころか、当たり前のように受け入れてくれている。
だが、この街の人々はどうしてあの男性に対してそんな態度を取るのだろう。
――思えば、今の自分の環境はどこか不自然だった。ギルドにいる人々やリムたちの容姿は、ヨーロッパのどこかの国の人々に似ている。ほとんどが金髪や茶髪、白い肌、彫りの深い顔立ち――それがこの場所での一般的な外見なのだろう。それに対して、僕やあの男性のようなアジア系の特徴を持つ人間は、この世界では目立つはずなのに、誰も僕に対して違和感を抱いていない。
なぜだろう。
「もしかして……」
その瞬間、頭の中にふと、転生時に与えられた「ぼっち」という職業のことが浮かんだ。ぼっち職とは、ただ孤独であることだけが特徴なのではなく、周囲から害を受けない性質を持っているのだろうか。僕がこの世界に違和感なく受け入れられているのは、この職業が無意識に周囲との齟齬を埋めているからなのかもしれない。
あの男性とは違って、僕はこの世界で差別されることなく存在できている。その事実に、かえって自分の"ぼっち"という職業が特異なものであることを痛感した。
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