転生しても僕は所謂ぼっちくん
やぎやヤギタ
第1話
僕の16年と2ヶ月と4日と8時間15分の人生はあっけなく終わったはずだった。
土砂降りの雨の日だった。道路はぬかるみ、世界が灰色に染まっていた。突然のクラクションと光、そして激しい衝撃が僕を襲った。反射的に手を前に伸ばすが、全てが遅かった。
意識が闇に沈んでいく。
***
気がつくと僕は真っ白な空間に立っていた。
ぼんやりと自分の手を見つめた。感覚があるようでない、どこかふわふわしたこの感触に戸惑っていると、目の前に突然長い金髪の美しい女性が現れた。
「おめでとうございます。あなたは転生者に選ばれました」
女性の声は淡々としていて、まるで何かのアナウンスのようだった。僕はその言葉に思わず笑ってしまった。
「転生……? そんなの漫画みたいな……」
「ええ、そうですね」
彼女は一枚の紙を僕に差し出してきた。その紙には、何やら見慣れない文字が書かれている。
しかし僕はそれを理解することができた。
紙にはこう書かれていた。
「名前:アギト/職業: ぼっち」
思わず吹き出しそうになる。これは一体どういうことなんだろう?職業がぼっちって、ふざけているのか。
「冗談だろ?」
思わず口に出してしまう。
「冗談ではありません。これはあなたに相応しい職業ですので」
「こんなの、いらないよ」
僕は苦笑し、目を閉じた。悪い夢でも見ているのだろうか。
「一つだけ教えてあげますね」
彼女の声に目を開けると、その瞳がどこか優しげに揺れていた。
「孤独というのは、必ずしも悪いものではありませんよ」
そう言い終わった瞬間、彼女の姿は消え、白い空間が崩れる。
混乱する間もないまま、白い空間は夜の森に変化した。
その場に座り込んだ。
転生しても、やっぱり僕は孤独なのか。
僕『永井アギト』はずっと孤独だった。
両親は高卒のデキ婚夫婦で父は定職に就かず遊びまわり、母は夜の店で働いていてまともに顔を合わせていない。
所謂DQNというやつで、おかげで僕の名前は響きだけで決めたであろうキラキラネーム。そのうえ根暗で勉強も運動もできないので学校でも一人ぼっちだった。
僕は一人でいることに慣れている。そして今、この世界でも一人ぼっちであることが、少しだけ心地よく感じられた。
「これからどうするか……」
その呟きは、風に乗って消えていった。
僕は木々の間から漏れる月明かりを頼りに森を歩き出した。
突然、背後からガサガサと何かが動く音が聞こえた。振り向くと、そこには明らかに人間ではない何かがいた。鋭い牙をむき出しにした熊のような生き物が、僕に向かって唸り声を上げている。
「や、やばい……」
逃げようと思ったが、足がすくんで動けなかった。恐怖で頭の中が真っ白になる。
次の瞬間、モンスターが僕に向かって跳びかかってきた。
「うわああああ!」
――死ぬ。今度こそ、本当に終わりだ。
その時だった。金属が風を切る音が聞こえ、僕の目の前に眩しい光が一瞬だけ走った。気づけば、目の前のモンスターが真っ二つになって地面に転がっている。
信じられない光景に唖然としていると、その後ろから、息を切らせながら立っている女性の姿が見えた。
彼女は長い金髪をなびかせ、片手に大きな剣を持っていた。青い鎧を身に纏い、鋭い眼差しで僕を見つめている。その姿は、まるで物語の中に出てくる女騎士そのものだった。
「大丈夫か?」
冷静な声を投げかけられる。
僕はあまりの出来事に言葉を失いながら、ただ頷くことしかできなかった。
「どうしてこんなところにいるんだ?」
彼女は険しい表情で僕に問いかけた。
「この森は低級なモンスターでも危険だ。武装せず入る場所じゃない」
僕の服装は転生前に着ていた学生服のままだった。
「き、気づいたら、ここにいたんだ」
ようやく出てきた声は、情けないほど震えていた。
彼女は僕の頭のてっぺんから爪先まで見た後、呆れた顔をする。
「見慣れない服装だが平民ではなさそうだな。どこかの田舎貴族の次男といったところか」
彼女はぶつぶつとつぶやき、何か納得した様子だった。
「お前の名前は?」
「あ、アギト……です。あの、助けてくれて、ありがとうございます……」
「アギトか。私はリム。剣士だ。今はこの森で魔物退治の任務中だ」
彼女は手に持った剣を僕に見せる。
「お前みたいなのを安全な場所へ届けるのも私の仕事だ。ついてこい」
「は、はい!」
リムに促されるまま、僕は彼女の後ろをついて歩き始めた。
「リムさん、さっきの化物は一体……?」
「あれは低級モンスターの『グルムベア』だ。森の中ではよく見かけるモンスターだが、お前みたいな非戦闘員にとっては相当な脅威だろうな」
「低級……あれが?」
絶望感が湧き上がる。もしもリムがいなければ自分は2度目の死を体験したかもしれない。
リムと一緒に森を抜け、街に入るための門をくぐる。
街には石造の建物が立ち並び、人々や馬車が行き交い賑わいを見せていた。
現実感がない。こんな異世界ファンタジーの街並みを実際に目にする日が来るなんて思ってもみなかった。
「お前、金は持っているのか?」
リムから質問を投げかけられる、何も持ってませんと僕が言うとリムはため息を吐く。
「ついてこい」
急いで彼女の後を追う。
しばらくすると、大きな建物が目に入った。
リムが扉を押し開ける。中は広々としていて、多くの人々がテーブルに座って飲み物を片手に話をしていた。壁にはモンスター討伐や薬草の採取といった依頼の書かれている紙がびっしりと貼られている。
「リムさん、この場所って……?」
「冒険者ギルドだ。ここでは様々な依頼が集められていて、冒険者たちがそれを解決して報酬を得る」
リムは受付に向かって歩いていく。
「お帰りなさい、リムさん」
受付嬢がリムに笑いかける。
「悪いがこいつを一晩だけ泊めてやってくれないか?」
リムが僕を指差して言った。
受付の女性は僕に視線を向ける。
「この方を……?」
「事情はわからないが金がないみたいだ。だが身なりはまともだから浮浪者ではなさそうだ。私が責任を持って明日以降に働かせるから、とりあえず今夜だけは頼む」
「分かりました。リムさんが保証人なら問題ありません。ただし……」
受付の女性は僕に向かって真剣な表情を見せた。
「宿代は必ずお返しくださいね。ここは慈善施設ではありませんから」
「は、はい……!」
その後、リムにギルド会館の2階にある宿泊部屋まで案内された。
木製の扉を開けると、小さなベッドと机、椅子だけが置かれた簡素な部屋だった。
僕はリムに頭を下げた。
「本当に、ありがとうございました」
「感謝は行動で示せ」
そう言って彼女は背中を向け、立ち去った。
冷たい雰囲気だが親切な人だった。
転生して、この世界で初めて出会った人がリムでよかったと心の底から思う。
僕は制服の上着を脱いでベッドに横になった。
硬いベッドだったが、転生前に使っていたペラペラの布団とそう変わらないので自分には十分だった。
「明日から……頑張らないとな」
そう呟きながら、僕は静かに目を閉じた。
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