第2話 女神のお悩み

「先に言っておくと、わたしとあなたはエッチできないんだ。ごめんね」


 ご丁寧に断られた、百点満点の申し訳なさそうな顔をおまけに。


「いやぁ、謝らなくってもさ。ほら、男ってさ、女の子見るとエッチのことしか考えねーから。あんま気にしないで」


 俺が弁明するなり、女神さまの表情はまた晴れ晴れとした笑顔に戻る。


「そっか! じゃあ気にしないことにするね」


「ところで、いつまで俺はこうして浮いたまま留まっていりゃいいのよ。アンタ、俺をどうする気なんだよ」


「あっ、そういえば、自己紹介がまだだったね。私は女神『マナ』。異世界から来た女神です!」


 さらっと異世界とか言いやがって。

 俺はまだ幽霊も宇宙人も見たことなんかないのに、異世界に俺のファンタジー処女を奪われちまうとは。

 というか、嫌な予感がしてきたな。異世界からきたマナが、死ぬ寸前の俺をどうするかっつったら……。


 えーと、ちなみに言っておくが、俺は最近の異世界に転生したり転移するエンタメ系ファンタジー作品群には否定派寄りの人間だ。

 書店にAVみたいな長いタイトルつけられた本がずらっと並べられてんの見ると心がむず痒い気持ちになるし、そういうジャンルを好む層がある程度いるって事実にも愕然とするぜ(あっ、ここスクショしてSNSに貼ったりするなよ! 絶対に貼るなよ!)。


 まあ、俺は思慮深い人間だから、他人がどんなものを好もうがどうでもいいんだけど、自分が好きでもないものを強制されるってのは地獄だと思うわけよ。


 高校の頃の三年間俺と同じクラスだった深夜アニメオタクの風間くんがもし野球を強制的にやらされたら、バッターボックスでバット握ったままゲロ吐いて死ぬだろうし、中学の頃付き合ってたユキノは将棋でも無理やり指させたら頭がオーバーヒートしてカミーユ・ビダンみたいに精神崩壊するだろうな。

 だから俺も、異世界転生だの転移だのをマナから宣告されないようになんとしてでも命乞いしなきゃなんねえんだ!


「なあ、女神さま……、いやマナちゃん。あ、あんた異世界から来たとか言ったけど、まーさか俺を、いっ、異世界に飛ばすとは言わねえよな? な?」


「えっ、なんでわかったの?」


「は?」


「わたしね、あなたを異世界に連れていくためにこの世界にやってきたんだ」


 最悪の選択肢を屈託のない笑顔で言い渡される。一番絶望するやつだ、これ。


「わたし、実はずっとあなたのことを見てたんだよ」


「えっ、怖。ストーカーじゃん。警察呼びますよ!」


「あははっ、呼べないでしょ、もう~!」


 後光が差していたようなマナの雰囲気に、段々と陰りが出てきたような感じがした。

 なんというか、ナチュラルサイコ感というか……。

 そういや俺は、口以外の体の自由が効かなくて宙に縛り付けられているみたいな状態だったことを忘れていた。

 マナが強引に異世界に俺を連れて行こうと思えば、おそらく容易なんだろうし、包丁でめった刺しにしたり、大事な部分を切り落としたりもできちまう。

 冷や汗が出てくる。


 そうこう考えていると、いきなりマナが滑空してきて、俺の頭の傍に来た。

 陶器のような滑らかな手を目の前に差し出してきたかと思うと、そのまま俺の視界を手で遮る。視界に光は届かなくなった。

 意外にも、マナの肌の感触は人間のそれと変わらなかった。

 だが、それが余計に、何をされるかわからない恐怖を搔き立てるようでもあった。


「おっ、おい、なんだよ。ASMRでもしてくれんのか? はっ、はははっ、最高だな! アンタの手、柔らかくて、暖かくて、それにいい匂いだっ! クンカクンカッ! スー、ハーッ! びゃあぁぁうまひぃぃぃ!」

 

「怖がらないで。わたし、あなたのことが好きだから、傷つけたりなんてしないよ」

 先ほどより落ちたトーンで、マナが囁く。


「そんなチャンドンゴンみたいなこといきなり言われても困るわよーん! ああ~ん、俺っちをどうするおつもりですのーん!?」

 

「わたしね、悩んでることがあるの。聞いてもらえるかな」


「ああ、いいぜ。確定申告のやり方とか、マネーロンダリングについてとか、なんでも聞けよ。テキトーに答えるから」


「うん、ありがとう」


「……あのね、わたしが元々いた世界はね、わたしが創り出した世界なの」


「創造の女神さまってわけね」


「そう。でも、わたしなんてまだ神様としては半人前だから、世界創造のベースはあなたが生きてるこの世界をモデルにさせてもらったの。あっちの世界には魔法の概念やこの世界で言う幻獣が生まれるように設定したんだけど、それでも基本的にはこの世界と似た発展を遂げてるんだ」


 神様にとっちゃ世界創造って、そんなシュミレーションゲームみたいにふわっとした感じなのかよ。

 

「どのくらい発展してんのよ」


「うーんと、全体的な文明レベルはこの世界でいう中世ぐらいかな。でも、こっちの世界の『RPG』を参考にしたから、よく魔王が湧くんだけど……」

 

 かぁーっ、魔王討伐かい。はいはい、「勇者になってわたしの世界をお掃除して♡」ってわけですか。

 あー、めんどくせえ。

 なんてったって俺はさぁ、ガキのころドラゴンナンタラとかファイナルナンタラとかの類はあんまやらなかったし、やったとしても途中で面倒くさくなってやめちまうタチなんだぜ。魔物だの魔王だの、倒せ倒せだのと玉座にどっかり座った王様に好き勝手言われて討伐するってのは性に合わねえし、第一俺は無差別無配慮な殺しには反対なんだよ。

 魔王にだってさ、家庭とか老後とか色々問題があるだろうに、一部の目立つ悪行にスポットライトを当てて、大義名分にしちまうのってどうだろうと子どもの時から思ってたのよ。 

 まあ、どーしてもやれと言われたらやらんでもないけどね、勇者。


「……ほいで、俺に魔王どもを駆逐してほしいってわけだろ」

 

「ううん、そうじゃなくてぇ~」


 はい? 魔王がどうのこうのって、かなりもっともらしい悩み事だったと思うんだが。創造の女神さまが他に悩むことなんてあるのか?


「わたしの世界、文明は中世レベルまで発達したんだけど、人間たちの精神の発達が縄文時代レベルで止まっちゃってるの!」


「は? 縄文レベル? どゆこと」

 

『世界創造したら人間たちが無限に土器作ってます』ってカンジ?


「えっと、さすがにもう土器はあんまり作ってないんだけどね、ほら、縄文時代の人間ってあんまり争わなかったって聞いたことないかな」


「あー、お隣で春秋戦国やってる中、日本では縄文人たちがどんぐり集めてたってね」


「うーんと、わたし、こっちの世界の歴史はあんまり詳しくないんだけど、わたしの世界の人間たちはみんなそんな感じなの。不殺主義って言うのかな。とにかく無駄な争いや殺しを好まないというか、そもそも考えない個体が大半で、ときどき湧いてくれる魔王たちが文明発展の鍵なんだけど、魔王ともどうにかして宥和したりしちゃうの」

 流石の縄文人でも魔王が出てきたら石投げたりして戦うだろうからマナの世界の人間ってのは相当ピースフルな存在らしい。


「……は、はあ。平和でいいことじゃない」


「よくないよ! 人間っていうのは、もっとカオスじゃないと!」

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異世界バックレ魔 ~時間厳守の概念からおさらばした俺は異世界ですべての苦難を回避する~ ぴよぴようさぎ @quantum_gyokuro

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