第1章 お嬢様、ハマる

第6話 挑むお嬢様

「これで、どうかしらっ!」


〈1→2LevelUp〉


 獣ようなモンスターを何体か倒したその時、鈴の音が鳴る。


「ふぅ……――ねえ、レベルアップって出たけど」

「レベルがアップしたんですよお嬢様」

「んなの分かってるわよ」


 鳴曰く、レベルは上がれば上がるほど良いらしい。

 そんなことも分からないんですか? と馬鹿にされてしまった。

 鳴のくせに。腹立たしいわね。


 そんな彼女と言えば、少し離れた場所で相変わらず暴れている。

 とても慣れた手捌きで獣共を一匹、また一匹と葬っている。



「飽きたわ」



 確かに鳴のテクニックには驚くものがあるが、難しいものではないのよね。

 直感的な操作を可能とする最新技術によって、現実での感覚と殆ど変わらない操作感。

 故に、初心者の私でさえ、短剣を振るうのに苦労はしなかったわ。


 だからこそ、簡単すぎてつまらないの。


「ねえ鳴、私、もっと強いモンスターと戦いたいのだけれど」

「一応、この近くにボスがいるみたいですが……推薦レベルは10。もっとレベルを上げてからの方が良いかと」


 あら、丁度良いのがいるんじゃない。


「ちまちまレベルを上げ続けるなんてつまらなすぎて眠くなるわ。さっさと行くわよ」

「えー。私、堅実プレイ派なんですけどー……」

「勝てる戦いに興味なんか無いわ」

「さいですか……」




◇ ◇ ◇




 草原フィールドから少しばかり離れた、ややこんもりした丘。

 色とりどりの花が咲き誇る、そんな場所。


 ふとメフの姿が浮かぶ。ああ、確かに、この景色は彼女によく似合うわね。

 花冠を頭に乗せ、あの丘の頂上でひらひらりと舞っている。そんな光景が目に浮かぶわ。


「キシェエエエ」


 身を包むほどの巨大薔薇を下半身、美しい女の体を上半身とし、空中に数本の茨蔦を浮かばせている。人の顔をしたその化け物が、おおよそ人の口から発せられるものではないだろう奇声を上げていなければ、まさにだったのに。


 鳴が解説する。


「あれがここ一帯で一番レベルの高いモンスター――アルラウネです」

「キシャァアアア」


 アルラウネと呼ばれたそのモンスターは、麓の私達に気付き、一二いちにもなく攻撃を仕掛けてきた。蔦による遠隔攻撃!

 向かってくる棘の生えた蔦をすんでのところで躱す。


 鳴が私を抱きかかえ、いつかみたいに逃げ去ろうとする。


「なっ!?」


 が、振り返ればそこには茨の壁。

 茨壁が丘をきっちり囲っている。さっきまでは無かったはずなのに。

 近付けば最後、逃げ出すことはできないというわけね。

 まるで蠅取草を思い出すわ。


「どうやら目をつけられたみたいですよお嬢様」

「そうね」

「どうするんですか」

「どうもこうも、戦って倒す以外に何があるというのかしら」

「はぁ……えぇえぇ、そうですね、その通りです、ねっ――!」


 彼女もようやく腹を括った。

 それからの判断は早く、すぐさま駆けた。

 私もそれに続く。

 

 ふいに、死角からの蔦が頬を掠めた。

 ダメージを食らい、画面上に表示されたHPバーすわなち命が僅かに赤く削れる。

 頬を過ぎる蔦は、流れるように移動し、尖った先端を鳴の背中へと向けていた。


 動きは早いが、直線を描くような単純な動作。

 楽勝ね。

 

 抜き出した短剣で、ぶった斬る。


「鳴!」


 蔦を動かすのは当然、本体であるアルラウネね。

 その本体へと真っ先に近付いて行く鳴は無論、的にされてしまうわ。

 だから伝える。


「あなたは後ろを振り向かないこと!」

「了解です」


 蔦が数本、アルラウネから直接伸びている。

 それは、鳴ならなんとかできるかしらね。


「問題は――こいつらッ!」


 またもや死角から現れる蔦。蔦蔦蔦。

 気を抜けば周囲を蔦に囲まれてしまう。

 数が多いわね……これは厄介だわ。


 アルラウネ本体から伸びる蔦よりも細いこいつらは、どうやら地面から生えているらしい。

 つまり、アルラウネとは分離した存在。

 細い分、火力もないし、体力もない。つまり、こいつら一体一体は弱い。

 が――


「くっ! 邪魔っ!」


 斬っても斬っても別の蔦が花畑から生え、私を襲わんとする。

 その上、速度が段違いだわ。


「いっ――たいわね!」


 腕を掠めたそれを、切断! してやるが、数は一向に減りやしない。

 完全な死角からの攻撃を避けるのはほぼ不可能。

 鳴のところへと向かわせないように食い止めるだけで精一杯だわ。

 蔦の攻撃力は低いから、掠ったとしても大したダメージにならないのが幸いね。


 とはいえ、まともに受ければそれなりにまずいかしら。

 けれどね、私はそう簡単には折れないわ。


「もう慣れたのよ!」


 眼、脳、脚、腕。身体のありとあらゆる機能を駆使して、思考、分析、実行を繰り返す。


――自慢じゃないけれどわたくし、頭の回転早いし運動神経も良くってよ!


「雑魚はいくら束ねても雑魚なのよ!」


 瞬間、私の顔面目掛けて、数本の蔦が一斉に突いてくる。

 宝石の如く輝く我が瞳に、棘が触れる寸前。されどそれ以上近づくことは出来ない。

 私がこうして掴んでいる以上ね。


 握り込んだ掌に幾本の棘が食い込むけれど、気にするダメージじゃないわ。

 一本に握り束ねた蔦共を斬り落とそうと剣を振りかぶる――が、また新たに生えてきた蔦がそれを拒む。

 振りかぶった剣は束ねた蔦から目標を変え、向かってくる蔦へと切っ先を光らせる。


「こんのっ!」


 斬って、斬って、斬って!


 しかし、全ては防ぎきれない。

 斬り損ねてしまった一本が、私の横腹を掠め、その勢いそのままに――


「しまっ――!」


 逃した蔦はその先端で、アルラウネ本体と戦闘する鳴の肩を貫いた。


「鳴――!」

「大丈夫です! 問題ありません!」


 鳴は私よりもレベルを念に上げていたし、この程度では致命傷にはならないらしい。

 思わず安堵する。

 けれど、このままじゃジリ貧かしら。

 私の体力だってもうミリもないわ。


 握っていた蔦の束を、剣で振り斬る。

 ようやく開放された左手をグーパー。

 と、そんなことをしている暇はない。素早く次の攻撃に備え――



「……あら?」



 先程まで、大いにしつこく纏わり付いてきた蔦たちだったが、今はその影すら見えない。

 数十の千切れた蔦が、うんともすんとも言えないで転がっているだけ。

 

「全部倒しきってしまったのかしら」


 いえ、有り得ないわね。

 無数に生え、切断を繰り返したのよ。

 今更もう出てこないだなんて、なんだか不自然かしら。

 他の可能性と言えば――


「条件が変化した、とかかしら?」


 その呟きは偶然にも肯定される。

 必死混じりの声によって。



「お嬢様、こいつのHPを半分削りました。……おそらく、形態変化しやがります」



 見れば、アルラウネの下半身を包む赤い薔薇が、みるみる内に漆黒へと変化していた。

 なるほど、蔦が出なくなる代わりに本体が強化されるというシステムらしいわね。

 進化したと言うべきかしら。

 


 ひとまず、死角は気にしなくて良くなったかしら。

 一安心とはいかないみたいだけれど。

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2025年1月10日 07:07

我儘令嬢が征く! 〜お嬢様はVRMMOでも1位が欲しいようです〜 蒼乃 夜空 @aono_yozora

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