第5話 駆けるお嬢様

 その後は問題なく事が進み、私も無事に終えることができた。

 水晶玉に手を当てただけだけど。

 

「では、こちらがお二人の冒険者カードになります」


 全ての手続きを終えた後、そう言ってカードを渡してきた。

 先程、水晶玉に手を当てた時に内部に映し出されていた数字が、余すこと無く綴られている。

 

「もしかして身分証的なものかしら」

「その通りです。カードにはお客様の情報が表示され、所持している限り、様々なサービスを受けられます」


 これもまた悪い癖だけれど、流石に気になったので聞いておく。


「不正利用の可能性はあるのかしら?」

「いえ、こちらそもそも失くされたり、他人の手に渡ってしまう心配はございません」

「へえ? それはどういう理屈なのかしら」

「特殊な魔法が使用されています」


 魔法ねえ……。


「所有者の手元から離れることはなく、提示する際も実物を出現させる必要はありません」


 魔道具だの魔法だの。ここに来てからは意味の分からないことばかり言われるわ。

 理屈だってそうないんですもの、なんだかストレスだわ。


「お嬢様。ファンタジーっていうのはそういうものなんです」


 モヤモヤが顔に出てしまっていたらしい。鳴にそう宥められる。


「分からないことばかりを気にしていたってしょうがないでしょう。それよりも早く外へ行きません? モンスターを狩りたくて仕方ないんですが」


 鳴にしては良いことを言うじゃない。

 感心すれば、彼女はいつもの無表情を少しだけ解いて。


「お嬢様の受け売りです」


 


◇ ◇ ◇




 受付嬢に見送られ、ギルドを後にする私達。

 これでやるべきことは済んだようね。

 今は特に宛も無く、ただ草原フィールドを彷徨っている。


「ねえ鳴、次は何をすれば良いのかしら」

「何と言われましても。好きにすれば良いんじゃないですか?」


 そう言われても、やりたいことなんて特に無いわね……。


「そもそも、このゲームの趣旨さえイマイチ理解できていないのよね」

「フリーライフ・オンラインは自由度の高いゲームですから、決められたルートなんてものは存在しないんです」


 そう言って指を立てていく。


「生産職で職人になるも良し。園芸類でのんびりスローライフも良し。もちろん、冒険者のまま世界を旅するも良し。なんだってできるんです。だからお嬢様の好きにすれば良いんですよ」

「……」


 私の好きに、ね……。

 そんなこと考えもしなかった。


 私は、幸運にも恵まれた生まれであり、不幸にも自由はなかった。


 与えられたことを熟し、糧とし、父様の後継ぎとして相応しい人間になる。

 その一心で生きてきた私が、今や自由の前に立たされている。


 ふと思う。

 果たして自由とは、この私に必要なのかと。


「まあでも」


 思考を巡らせる中、言葉を紡ぐ鳴。


「深く考える必要はないんじゃないですか。なんとなくとか。ちょっと気になっただけとか。大体みんな、そんな感じだと思いますけどね。それで責める人はここには居ないですし」


 デフォルトで装備された鞘から探検を取り出し「第一」


「ゲームってそういうもんです、よっ――!」


――瞬間、駆ける。


 持ち味の運動神経が生かされた、軽やかなステップ。

 短い距離で素早く加速し、目指すは草原に立つ四本脚の獣。

 有り得ないほどに太く逞しい牙を持つ猪のようなそれ。

 されど怖気なく、鳴はそれの背後へと回り、剣を肉に突き立てた。


 野太い悲鳴を上げる獣。全身を震えさせる。

 しかし加減もなく、刃は無惨にも肉を抉った。

 切り、刺し、抉り、それを何度も繰り返す。

 そうしてあっけなく、獣は消失してしまった。


 光の塵となって空を消え去る獣を背に、少し離れたその場所からピースをよこした。


「ほら、簡単ですよ」


 一瞬、何が起こったのか分からなくて、呆然としてしまう。

 が、故に鳴の言葉には激しく納得できた。


 確かにそうだと納得する。

 確かに、こんな光景現実では味わえないかしら。



「私だって……!」


 疑念も、迷いも、戸惑いも。もう何もなかった。

 あるのは、腰に携わる一剣のみ!

 

 今この瞬間、私を支配しているこの感情は狂気なのかしら。

 それとも、ただの子供心というやつなのかも。

 真偽の程は不明だし、どうだって良いと思う。


 とりあえず、この短剣を振り回したい!

 


――私は駆ける。神様から貰ったオレンジ色の髪をたなびかせて、名前もわからない獣に向かって。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る