第4話 間違えるお嬢様

 クレーマー男からの品のない暴行を、ひらりひらり、なんでもないように交わす私の専属メイド。そしてキレ気味に言う。


「凄いですよお嬢様。どうすればこうも簡単に面倒事に巻き込まれるのか」

「きっと運が悪かったのよ」

「何言ってんですか。あなたが原因だからでしょう、がっ!」


 呆れ顔の鳴は、私をひょいと持ち上げて肩に担ぐ。

 

「もう面倒なので逃げますよ。しっかり掴まっていてくださいね」

「おいッ、クソ女ども! 逃げんじゃねえぞクソが!」

「ちょっと! せめてお姫様抱っこに――」


「あーもう、黙っててくれませんッ?!」




◇ ◇ ◇




 さながら荷物のように抱えられ、不本意にも、私と鳴はギルドから逃げ出した。

 途中までは追ってきていたクレーマー男も、ようやく追うのを諦めたのかどこかへと消えてしまった。

 

 危機は去ったようね。


「鳴、よくやったわ。褒めてあげる」

「はぁ……はぁ……誰のせいだと……」

「給金を上げておくように父様に言っておくから。それで許しなさい」

「お転婆なお嬢様も大好きですよ♡」


「……あなたのその性格、嫌いじゃないわ」




◇ ◇ ◇




 しばらくの時間を置いて、私と鳴は再びギルドへと訪れた。

 幸いにも先の男は戻って来て居らず、面倒事が増えるような事態にはならなかった。

 背後で鳴の安堵する声が聞こえてしまい、流石に反省。


 未だ閑静とした館内に歩みを進めると、「あっ」という漏れるような声が聞こえた。

 その声が、執拗なクレームを受けていた受付嬢のものだとす理解するのに時間は要らなかった。

 記憶力は良いほうなの。


 女が近付いて来る。


「あっ、あの! 先程は大変助かりました!」


 対面するなり、深々と頭を下げる彼女。

 あくまで淑女然として振る舞う。


「あら、気にしなくて良いわ。私は何もしていないもの」

「したことと言えば、挑発に、人任せ。はあ、困った困った」

「ちょっと黙ってなさい」

「申し訳ございません、お嬢様」


 余計な口を挟む鳴を、私が邪険する。

 まるでコントね。

 そんな光景を、受付嬢が怪訝そうに見ている。


「あっ、あの! 是非、助けていただいたお礼を――」

「礼なんて結構ですわ」

「で、ですが……」

「無様に逃げ出して、受け取る品なんかありゃしませんもの」

「謝辞は受け取ってましたけどね」

「黙りなさい」


 そうだ、と思い出す。

 礼なんかよりももっと重要なことがあったのよ。

 じゃなきゃこんなところ、来やしないかしら。


「そう言えば私達、さっきここに来たばかりの新参者なのよね」

「そうでしたか! では、冒険者登録のために来られたのですね」


「そう……なのかしら?」


「そうなのですよお嬢様。チュートリアルでも言ってました。ちゃんと聞いて下さいね」

「どうでもいいわ」


「あはは……その、じゃあ、ご案内致しますね」



 受付嬢に連れられて、私達二人は別室へと移動した。

 簡素な雰囲気の室内。入口の札には「登録室」と記載されていたが、見た感じ応接室のようだった。

 

 促されてソファへと腰掛ける。


「登録っていうのは何をすれば良いのかしら? 時間は掛かるの?」

「特にそのようなことは」

「そう、じゃあちゃっと終わらせて頂戴ね」

「……うちのが失礼を。ほんとすみません」

「い、いえ……早急に行わせていただきますね」


 その言葉に偽りはなく、彼女は手早く準備を済ませた。

 背の低いテーブルにはなんだか得体の知れない物が置かれている。

 羽ペン、紙、それはまあ理解できるけれど。


 中でも理解できないのが一つ。水晶玉だ。

 掌サイズかしら。

 透き通るほどの純度の水晶玉がテーブルの中央を陣取っている。


 お父様の商談に何度か立ち会ったことはあるけれど、物々しい書類はあれど水晶玉が並ぶことなんてなかったわ。


 何かの冗談かしら。

 受付嬢に問おうとするが、鳴の言葉によって遮られた。


「凄いですよお嬢様、マジで水晶玉ですよ。ウケる」


 何を言っているのかしらね。

 鳴にしては珍しい、著しく低下した語彙力。

 そして滅多に見ない興奮状態。

 なんだかソワソワしているのが見て取れるわ。

 子供らしいところもあるのね。

 

「鳴、この水晶玉がどうかしたの?」

「ほら〜よくあるじゃないですか玉に手をかざしてステータスが見れる的な? 有り得ない数値が表示されて俺TUEEE的な? 壊れちゃって『なッ!? こんなことは有り得ない!』的な?」


「何を言ってるか分からないのだけれど、とりあえず早口を止めなさい。気持ち悪いわ」


 

 準備が整ったらしく、説明を受ける。


「とても簡単です。こちらの水晶玉に数秒間手をかざしていただくだけで完了です」

「あら。それだけ?」

「魔道具っていうのは凄い物なんですよお嬢様」

「あなたが何故そんなに詳しいのかは置いておくとして」


 私は疑問に思ったことを問う。


「数秒で済むなら別室に移動する必要はあったのかしら」

「その……一応、個人情報を取り扱うので」

「あら、そうだったの。だったらその旨を始めに伝えるべきじゃないかしら」

「も、申し訳ありません」

「個人情報はしっかり保護されるのでしょうね?」

「え、えっと、それは……」


 そこまで発言して、はっとする。

 つい跡取り娘としての本能が発揮していたが、すぐさまその行為が無意味であることに気付く。

 ここはゲームの世界だ。けれど、あまりにもリアリティが高くて、つい気になってしまったの。


 我に返り、涙目の受付嬢を宥める。


「……いえ、なんでもないわ。今のは全部忘れてもらって構わないわ。ごめんなさいね」

「そんな! 貴重なご意見です」

「本当に、気にしなくて良いの」


 気になったしまったことは、つい気が済むまで追求してしまうの。

 遺伝かしらね。父様譲りの性格だけれど、それが理由で友人もいない。

 我ながら、損な性格だと感じるわ。

 いえ別に友人が欲しいとかそういうわけでは決して――


 なんだか勝手に傷付いていたら、すぐ隣から大きな声が。


「え! これ確定演出じゃないですか!? ちょっと見て下さいよお嬢様!」


 肩をがっしり掴まれ、揺すぶられる。

 言われたままに水晶のほうを見ると。

 鳴は先に水晶玉に手を当てていたらく、玉の内部にはパラメーターが表示されている。

 問題なのは、聞けばその数字が基本一桁台なのに対し、表示された全ての数字が0を表示しているのだ。


「『なッ!? こんなことは有り得ない!』のパターンですか!?」

「あー……一般的な不具合ですね。すみません、すぐ別の水晶と取り替えます」


 そそくさと水晶玉を持ち去る受付嬢。

 うん、まあ、イレギュラー時の対応は早いわね。そこは優秀。

 さっきは言い過ぎてしまったようだし、詫びのつもりで後で伝えておこうかしら。


 ところで、鳴が凄く落ち込んでいるのだけれど……。


「そんな……私の『異世界で俺TUEEEライフ』が早くも破綻してしまいました……」

「何を言っているのかさっぱりだけれど、御愁傷様とだけ言っておくわ」


 こっちの慰め方は謎だわ。

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