第3話 苛つくお嬢様
私を包み込んでいた無数の光が飛び散っていき、あの真っ白い空間から移動させられたことを悟った。
世界観に則って表現するのなら、今のは魔法といったところかしらね。
辺りを見回す。
少なくとも、一面真っ白ということはなかった。
どころか、周囲は喧騒で溢れている。
ふと、とある看板が目に付いた。
街の入り口らしき通路に設置されたその看板には、こう書かれていた。
【フーリ城下
職人の町・ローバス】
フーリ、というのは国の名前かしら。
そう言えば、メフが守護しているという国の名前もそんな名前だった気がするわ。
つまりここがメフの国。
更に視線を回す。
目前には大広場。その中央にはデカデカと座った噴水が水飛沫を上げていて、まさに町の入り口らしい雰囲気を放っている。
広場を囲むように、周りには様々な店が所狭しと並んでいる。
広場からは何本かの大通りが飛び出していて、それに沿うようにして、やはり店が立ち並ぶ。
「とりあえずギルドとやらに行かないといけないなのよね……?」
ゲーム始める直前、鳴にこんなことを言われたのだ。
「私もすぐに追いつくので、ギルドっていう場所で待っていてください」と。
そのギルドというのがなんなのかは、よく分かっていないのだけれど……。
「まあ大丈夫でしょう」
実際、ギルドという建物に到着するのに、大した時間は掛からなかったわ。
道中道案内の看板があったし、人に訊ねると快く道程を教えてくれた。
視界の端っこに、マップのようなものがあるにはあるのだけれどね。
そも、どれがどれか分からないから、解読は早々に諦めてしまったわ。
そうして、ものの数分で辿り着いたギルド。
大通りを真っ直ぐ歩いた先にあったそれは、いかにもな風格を漂わせており、一目でそれがそうなのだと理解できた。
周囲の店や民家と比べてもかなり大きく、外観も派手で綺羅びやかに彩られている。
まあ私の家はもっと大きいけれど。
「大事なのは外観じゃないわよね」
そう自分に言い聞かせる。
どれだけ家が大きくたって、結局それは親の権威でしかないのだ。
私が誇る理由にはならない。
何事も、大事なのはその人自身の行いなのである。
「邪魔しますわ!」
意を決し、固く重たい扉を押し開く。
と、同時。
とんでもない声量の怒号が、私の鼓膜を突いた。
「舐めた態度とってんじゃねえぞ女ァ!」
怒鳴り声は客男のものだった。
「……っ!?」思わず耳を塞ぐ。
びっっっ、くりした……。
私に言っているのかと思ったわ。
受付が何か粗相をしたのかしらね。
にしてもうるさいわ。
「大変申し訳ございません! ですが、当館ではそのような申し出にお応えすることは――」
「そっちの事情なんか知ったこっちゃねえんだよ!」
なんだ、ただのクレーマーじゃない。
余計なことに驚いてしまったわ。
これじゃ跡取り娘失格ね。
騒がしく汚らわしいクレーマー男の荒声を耳に入れることなく、私は歩みを勧める。
男に恐れて他の客は逃げてしまったのだろう、館内は不自然なほどに閑散としている。
そんな中、こと、こと、こと、と私の足音がタイルを鳴らす。
良い音が鳴る。掃除は行き届いているらしかった。
「ねえ」
カウンターに着いたのは良いものの、男が邪魔で受付の人と話ができないじゃない。
声と図体がデカいだけのクソムシが。
どうせなら塵と一緒に掃き捨ててしまえば良いのに。
「いいからやれっつてんだろうがよぉ!」
はぁ……この上なく腹立たしいわね。
「そこの人」
「あ、あの、他のお客様もいらっしゃいますので……」
「知らねぇよ。退いてほしけりゃさっさと責任者だせやゴラ」
「……はぁ」
正直、がっかりだ。
私は思わず眉を潜める。
およそ年頃の娘がしていい顔ではないだろう。
それほどまでに、この男にがっかりしている。のではない。
私が肩を落としたのは、このゲームに対してだ。
五感をこれほどまでリアルに再現する、その技術は素晴らしいわ。
素直に認めてあげましょう。
しかし、これはゲームなのよ? 娯楽なのよ?
心身を癒やし、欲求を満足させるためのコンテンツなの。
であるべき以上、技術やクオリティなんかよりも、まず先に優先すべき事があるべきだと私は思うのよね。
「とは言え発売からまだ一年。まあこれからの改善に期待、と言ったところかしら」
「あ? なんだお前ぇ、何ぶつぶつ言ってんだ。喧嘩売ってんのか?」
男はかなり短気な性格のようね。
怒りで真っ赤な顔を凄ませながら、おもむろに私の腕を取ってきたわ。
無駄に筋骨隆々とした腕ね。アバターメイクでイジったのでしょう。
はっ。本当に汚らわしい。
「おぉい、なんとか言ってみろよこのクソガキが」
「お、お止めくださいお客様!」
けれど、私も反省するべきかしらね。
気が短いという点において、彼のことをとやかく言えないもの。
「汚らわしい手を離しなさい。――この、クソムシが」
売り言葉に買い言葉。
もう引き返せはしないだろう。
「あ゙? 今なんつった?」
「あら、聞こえなかったの?」
顔をずいっと突き出して、さっきよりも大きな声で言ってやったわ。
「人様に害を与えることでしか自己を保てないクソムシは、クソムシらしくさっさとゴミ箱にでも帰りなさい――って、言ったのよ」
「――お前、ぶっ殺してやろうか?」
「あら、まさかリアルでってことかしら? って、そんなわけ無いわよね――」
本当、なぜかしらね。自分に害をなす相手に贈る罵詈雑言ほど、気持ちいいものは無いのよね。
本当に、悪い癖よね。
悪い癖だ、とは理解しつつ、それでも私は鬱憤を言葉にして吐き出す。
「そんな度胸すら持ち合わせていないから、ここで一生、女相手に、でけえきたねえ声出してたんでしょう? そうよね、クソムシ? それともウジムシ?」
私の性格が終わっているのはもう昔からかしら。
でもね、笑顔には自信があるのよ。
だから最後に、嘲笑ってやった。
丁寧にも、笑顔の礼は拳になって返ってきた。
直後、私の視界が暗くなる。
「なっ……!?」
私の顔面には男の拳が――触れもしなかった。
男は私に触れられること無く、ピシリと静止している。
突如現れた絹肌の手が、甲で私の視界を塞ぎ、掌で男の拳を受け止めたからである。
間一髪ではあったが、不思議と心配はしていなかった。
「あら鳴、遅かったじゃない」
「すみませんお嬢様。リス地のリセマラに時間が掛かってしまったもので」
彼女のことはそれだけ信頼しているもの。
「ところで、状況説明願いたいです」
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