第10話 ヤマル族

「リカ・ヴァトゥ!」

 タムナとイシナが両手を挙げて、ジャガーの面の門番に声を掛ける。私たちも真似をして両手を挙げて、敵意がないことを示す。


 しばらくすると門が開いた。


「この部族はシラフス族と仲が良いのかな?」

「あっさり通してくれたね」


 集落の中へ入ると、大柄な男性が戦士たちを引き連れて、私たちの方へ向かってくる。


「カナ・ヴォリク・イッタ」

 ジャガーの面の下からそう聞こえた。タムナたちは額に拳を当てて挨拶をしている。


 その後はイシナが話を切り出したようで、二つの部族間での会話が行われていた。レリクトの言語を理解できない私たちは、手持ち無沙汰だ。

 しかし、ここで私たちが旧言語で会話すると厄介なことになりそうなので、みんな黙っていた。


 タムナとイシナが膝をつく。慌てて私たちも同じポーズをとって、相手の族長の出方を伺う。


「トゥリ・エマス」

 面の下からそう聞こえて、タムナたちは喜んでいる。滞在を許可されたのだろうか。イシナが振り返って何かを伝えようとするが、よくわからない。


 そこでイオがスケッチブックを取り出して、簡単な絵を描いた。ジャガーの面とフクロウの面と、棒人間。ジャガーの面を囲む円と、そこに私たちが入ることを意味する矢印を描いた。

 イシナは大きく頷いている。簡単な絵なのに伝わるんだ、と感心した。




 *



 食事を分けてもらって食べていたところで、アレンシャとシラフス族の戦士たちが門の向こうからやってきた。


「アレンシャ!」

「良かった。無事だったのだな」

「上手くみんなを説得出来たんだね」

 アレンシャは頷く。


「それより、ヤマル族には旧言語を扱えるものがいなくて大変だったんじゃないか?」

 この部族はヤマル族というらしい。


「イオが絵を描いてなんとか意思疎通してるよ。伝わらないことも多いけど……」

 シエルが言う。


「意思疎通が図れないままでは不便だろう。君たちもレリクトの言葉を覚えると良い」

「難しそう……」

「なに。簡単な挨拶から始めると良いさ」

 レリクトはいきなり襲いかかってきたが、一度仲間と認識すると友好的なのかもしれない。今回私たちがヤマル族に歓迎されたのも、シラフス族の仲間として扱われたからだろう。

 挨拶だけでも覚えていれば、どこかで他の部族と出会っても敵意がないことを示すことが出来るはず。


「タムナやイシナたちに旧言語を教えても良いか?」

 ヨハネが壁にもたれ掛かりながらそう言った。


「そうだな……。代々族長にだけ伝わってきた旧言語だが、もはやそのような掟を守っていられない状況にある」

 アレンシャはそう言って、シラフス族のみんなを集めた。言語の習得について話し合うのだろう。


 ドン族という共通の敵の襲撃に備えるには、少しでも会話できるようになったほうが良いと私も思う。


 奥から出て来たヤマル族の族長が、アレンシャに声を掛ける。遅れてきたアレンシャと仲間たちは挨拶をしてから、何かを話し始めた。


「彼らも旧言語を学びたいそうだ」

「ヤマル族のみなさんも?」

 シエルが驚く。


「いちいち誰かを介するより、直接コミュニケーションが取れるほうが良いだろうからな」

 ヨハネが言った。それはそうなんだけど……。


「教えるのに苦労しそうだな」

 クロードが頭を掻く。


「イオさんに簡単な絵を描いてもらって、目と耳で覚えていただくのはどうでしょうか?」

 クレアの提案に私たちは賛同する。とても良い案だと思う。


「言語の習得には時間がかかるものだ。必要そうな言葉をピックアップして優先的に教えよう」

「アレンシャにも頼んで辞書みたいなものを作れないかな?」

 ヨハネとマヤがあれこれ提案し始めた。私の出る幕は無さそうだ。

 アレンシャが再びこちらを見る。


「ヤマル族は、旧言語を学ぶ代わりに戦い方を教えたいと言っている。戦士が不足しているとのことだ」


「戦い方……」

 表面上は争いの無いコロニーで暮らしていたため、私たちは戦い方など知らない。警備隊に所属していたことのあるヨハネは別だが……。私やシエルは精々硬いもので殴ったり、石を投げたりが精一杯だ。戦い方を教えてもらえるというのならありがたい。地上では血を見るような争いが絶えないようだから。


 暫くはヤマルの集落で言語の習得と特訓に明け暮れることになりそうだ。



「俺が無くしたビーコンの行方が気になる」

 身体に巻いた布を取り替えながら、ヨハネが言った。傷は深く、痛々しい。


「うん。ドン族が拾ってなければ良いけど……」

「こういう時は大抵嫌な予感が当たるものだよねぇ」

 ヴィヴィアンが不吉なことを言う。相変わらず余計な事を言うなぁと思ったけれど、その通りだとも思った。


「ドン族って頭悪そうだしよ。ビーコンの使い方なんて分からねえと思うけどな」

 ドン族もあんたにだけは言われたくないと思うけど。クロードに言ってやろうとしたけど、疲れるのでやめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

DEVENIR PAPILLON 幽世とこよ @kakuriyo_tokoyo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ