第23話 物語の本当の始まり

 僕は今、公園にいた。時刻は22時を回ろうとしている。いち高校生が出歩いていい時間ではない。しかし、来るしかなかった。何かしらの理由や意図があるはずなんだ、僕宛に届いたそれは。


 何の意図もないものなんて、この世に存在しないのだから。


「でも、このメッセージ、本当になんなんだよ」


 僕は『奇妙なメッセージ』だと言った。でも、その内容は別にそこまでおかしなものではない。僕が奇妙だと思った原因。


 それは、差出人の部分が空っぽだったことだ。


「差出人が書かれていないだなんて、こんなことあり得るのか? 今までこんなことはなかったし、そんな仕様ではなかったはずなんだけど……」


 そう、それが奇妙なのだ。通常であれば差出人の名前なり、電話番号が表示されるはず。いや、そうでなければいけないんだ。


 だけど、その部分が空っぽ。言うなれば、名無し。


 メッセージの内容はこうだった。


『今日の22時に、森林公園まで来てください』


 そう、記されていた。だから来た、この公園に。幸い、ここは僕の家からさほど離れてはいなかった。もちろん無視することもできた。あまりに怪しげなのだから。


 だけれど、不思議と恐怖心を感じなかった。警戒心すらも。そういう意味では、奇妙なのはメッセージだけではなく、僕もそうだということだ。


 そして、公園に設置されていた大時計。それが22時を示した直後だった。


「あー! 良かったー、ちゃんと来てくれたんだ!」


 僕の背後から、その声は聞こえた。明らかに女子の声だ。しかも、聞き覚えがある。だけれど、振り返って声の主を見た瞬間、全ての思考を持っていかれた。


 僕の背後に立つ、その女の子。


 あまりにも、可愛すぎた。可愛すぎる程に、可愛すぎた。


「んー? どうしたの? すっごくビックリした顔をしちゃってるよ? あ、もしかして驚かせちゃった? ごめんね、急に声をかけちゃって」


 その女の子は前髪を眉の上で切りそろえたボブヘアー。いわゆる『前髪パッツン』という髪型だった。そして、街灯が彼女の顔をハッキリとさせていた。


 まるで、スポットライトのように。


「ねえねえ、そんなに固まってないでさ。あっちのベンチにでも行かない?」


 そう言う彼女だったけれど、そりゃ固まるって。可愛すぎるんだよ、君が。どう可愛いのか、上手く形容できない程に。全てのパーツが整っていて、魅力に満ち溢れている。これ、絶対に女性恐怖症が発動するな。


「はいはい、動けないなら無理やり連れてっちゃうんだからねー」


「ちょ! ちょっと待ってください!」


 そんな僕の言葉を無視して、彼女――パッツンさんは僕の手をギュッと握りしめ、そのままベンチまで引っ張っていった。街灯から外れても、パッツンさんは月の光で、その美貌をより幻想的に映し出していた。


 これ、ヤバいな。女性恐怖症とか関係なく、手を握られてからずっと心臓がバクバクしている。絶対に喋ることすらできないと思う。僕の緊張のメーター、その針が完全に振り切れてしまっているし。


「うん、じゃあ座ろうか、但木くん」


「え? な、なんで僕の名前を……。あ、あの、アナタの名前を教えてもらってもいいですか? ちょっと頭の中が混乱しちゃってて」


「まあいいじゃん、名前なんて。でも最後にはちゃんと教えてあげるからさ。とりあえず、今はパッツンさんって呼んでいいよー」


「わ、分かりました。パッツンさ――」


 おかしい。この人に直接『パッツンさん』なんて言ったっけ? まあ、言ったのかな。じゃないと、そんなこと言うはずもないし。


「それにしてもさ。確か、但木くんって女性恐怖症じゃなかったっけ? 私には普通に話してるように見えるんだけど。もしかして克服したの?」


「い、いえ、まだ克服はしていない、はずなんですけど……」


 克服はしていない、はずだ。でもどうしてだろう。僕は今、パッツンさんに対して恐怖心を抱いていない。感じていない。むしろ、安心しているくらいだ。


 今の僕の状況――心境を、パッツンさんにそのまま伝えた。


「そうなんだー。へー、驚き。そんなこともあるんだねぇ」


「そう、ですね……。ところで、あの、パッツンさん。どうして僕の連絡先を知っていたんですか? それが不思議で」


「連絡先なんてすぐに分かるよん。誰かに教えてもらえばいいだけだもんねー」


 教えるって、友野か? それ以外はいないはずだ、僕の連絡先を知っている奴なんて。いや、父さんに母さん、それと妹も知っているか。


「……それで、パッツンさん。何のために僕をここに呼んだんですか? 何かしらの用事だとか理由があったからだと思うんですけど」


「うん、そうだよね。普通はそう考えるよね。でもね但木くん、特にそこまで重要な理由があったわけじゃないの。今日はご挨拶というか、ちょっとしたジャブかな」


「ちょっとした、ジャブ?」


「そうそう。きっとこれから、但木くんとは長い付き合いになりそうだからね。まずはしっかりとご挨拶をと思って。ありがとうね、但木くん」


 言って、パッツンさんはペコリと僕に頭を下げた。でも、『ありがとう』って……? お礼を言われるようなことはしてないんだけれど。


 そしてゆっくりと、パッツンさんはベンチから腰を上げた。そして「これからよろしくお願いします」と、また一礼。僕に背を向けて帰ろうとした。


 再び、街灯がパッツンさんの姿を浮き上がらせる。


「ちょ、ちょっと待ってください! 最後に名前を教えてくれるって言ったじゃないですか! 約束が違いますよ!」


「あはは! いやー、すっかり忘れてたよ。ごめんね但木くん」


 くるりと僕に向かって振り返る。そして、にまりと笑顔を作った。この時、僕は妙な違和感を覚えた。記憶の残滓が、僕の頭の中で何かを思い出させようとしている。


 しかし、その記憶の残滓が僕に何かを思い出させることはできなかった。あまりにも驚いて、あまりにも驚愕してしまったから。


 彼女の名前を聞いて。


「私の名前はね、心野。心野雫だよーん」



『第23話 物語の本当の始まり』

 終わり

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

心野さんのココロノさん 〜ボッチな女子高生は妄想で世界を創る〜 十色 @toiro_8879

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ