【改稿済】第22話 緊急会議【2】

 僕は教室に掛けてある時計を見やる。18時まであと五分強。そろそろ下校のチャイムが鳴る頃だ。緊急会議もそろそろお開きだな。


「なあ友野。それと音無さん。ちょっと訊きたいんだけど、二人ってどういう経緯で付き合うことになったの?」


「う……」


 やたらと答え辛そうに、音無さんは黙りになってしまった。まあ、友野を押し倒したりしたみたいだから当然か。


「ああ、経緯か。この前の土曜日にさ、委員長が俺を無理やりカラオケ店まで連れていって。その後だな。二人で公園に行ったんだけど、そこで人目も憚らずに俺のことを押し倒して――って、痛ってーーーー!!!!」


 本日二度目の、友野の悲鳴。音無さんは先程と同様、友野の足を思い切り踏みつけた。どうやら『仁王様ver.』は続いているようだ。


「友野くん? 後で話があるから」


「は、話って。ここで言えばいいだろ」


「駄目です。キチンと話す必要があるので」


 うん、やっぱりまだ仁王様ver.だ。って言うか顔が怖いって!


「お、俺に拒否権は……」


「あるわけないでしょ。私を舐めないでほしいわね」


「は、はい……」


 いや、この二人ってお似合いなのは確かなんだけれどさ。でも、友野の精神力やら体力やらがどんどん削られていっているような。


「あ、あのー、音無さん? コイツ、これでもバスケ部のエースだから、足の指を骨折したりしたら大変なことになると思うんですけど……」


 僕の言葉を聞き、音無さんは仁王様ver.を解除。聖女様にお戻りになられたようだ。椅子にしっかり座り直して、僕に微笑みを返す。


「あらいやだ、私ったら。はしたない。じゃあ、足の指はやめておくね」


 足の指『は』というのが、すっごく気になるんですけど……。


 そして、ちょうど下校のチャイムが鳴り響く。タイミングを見計らったかのように。そんなわけで、ここで緊急会議はお開きとなった。


 *   *   *


「なあ友野、いいのか? 音無さんを先に帰しちゃったりして」


 緊急会議が終わって廊下に出る際、友野は音無さんに何かを言ったらしい。そして今、僕と友野は二人きりで廊下を歩いている。


「ああ、大丈夫大丈夫。後でちゃんと合流することになってるから。それよりもさ、俺は但木に訊きたいことがあってな」


「訊きたいこと?」


「そう。あのさ、但木。率直なところ、お前って心野さんのことが好きだったりするのか? 恋人同士になりたいとか」


 友野からの、突然の質問。それは、とても真面目なトーンだった。だから僕も考える。そして自分の胸中を探ってみる。しかし、答えが見つからなかった。


「――正直なところ、僕自身にも分からないんだ。これまでずっと女性恐怖症だったから、誰かに恋愛感情を抱いたりしたことがないから」


 そう、これが僕の嘘偽りのない心の内。おかしな話しだ。僕自身の気持ちなのに、僕自身では分からない。理解ができない。


 そんな自分が、少しだけ、気持ちの悪い奴に思えてしまった。


「なるほどね。まあ、無理もないか。でもな、但木。お前、そこはちゃんと整理しておけよ。心野さんのためにも」


「心野さんの、ため?」


「こんなことになった原因はお前にあるってことだ。だからこそ、そこをしっかり整理して、認識しておけ。さっきは委員長が言う『嫉妬』ということで、俺は納得した振りをした。でもな、俺からしてみたらそれは違う」


 これから友野に突きつけられる、現実。


 それはまさに正論であり、至論であり、当たり前のことだった。


「どんな形であれ、お前は心野さんを傷付けた。だったらどうするか。彼女の気持ちに寄り添ってやれ。そして謝れ。凜花さんだよな、お前が女性恐怖症になった原因を作ったのは。これは推論でしかないけどさ、彼女はずっと十字架を背負ってきたはずだ。お前に対してしでかした行為について」


 十字架を、背負う――。


「でも、彼女は謝った。逃げることもできたはずなのに、お前に対して心から謝罪をした。偉いじゃないか、ちゃんと現実と向き合ったんだ。逃げることなくな。凜花さんは筋を通した。ケジメをつけた。だから但木、お前もそうしろってわけだ」


 友野の言う通りだ。反論の余地もない。


 凜花さんは僕と向き合い、心の底から謝った。過去を償うために。そして、今まで背負ってきた十字架を、きっと外すことができたはずだ。


「今度はお前の番だぜ、但木。逃げたりするんじゃないぞ。そんなことをしたら、俺はお前のことを軽蔑するからな」


「……逃げたりなんかしないよ」


「ああ、分かってるよ。但木がそんな男じゃないってことは。だからこそ、今言ったんだ。念の為な。だから、謝れ。俺をがっかりさせないでくれよ?」


 そうか、だから音無さんを先に帰す――否、一度別れて再度落ち合うことにしたんだ。男と男で、腹を割って話すために。


「友野、最後にちょっと訊いていいか? どうして音無さんと付き合うことにしたんだ? 今まで恋とかそういうこととは無縁だった僕に、それを教えてくれないか?」


「ん? ああ、いいぜ」


 一度、足を止めた僕に振り返り、そして教えてくれた。


 今まで見たことのない、友野の真剣な目で。


「委員長はな、俺の外見なんてどうでもいいんだってさ。あの人はな」


 ――あの人は、俺の内面を好きだと言ってくれたんだ。


 友野はそう、答えてくれた。 


 *   *   *


「ふうー。今日はちょっと疲れたな」


 自宅に帰ってきた僕は、真っ先にベッド向かい、仰向けで寝転がった。天井を見上げながら。友野の言葉を思い出しながら。


「友野の言う通りだ。僕は心野さんにしっかりと謝らなきゃいけないな」


 逃げ出したりはしない。心野さんとしっかり向き合い、しっかりと謝ろう。そしてまた、今まで通りの日常を取り戻すんだ。


 でも、僕の考えは甘かった。


 今の状況はそんな簡単で単純なことではなかったのだ。


「ん? スマホ?」


 テーブルの上で、スマートフォンが振動している。そして、僕はそれを手に取った。そこに表示されていた、一通のメッセージ。


 それは、とても奇妙なメッセージだった。


「な、なんだよ、これ……」


 甘くない状況。甘くない現実。これはその始まりの合図だった。


 心野さんは、創ってしまったんだ。

 彼女の妄想が、もうひとつの世界を。



 第22話 緊急会議【2】

 終わり

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