終章
第21話 緊急会議【1】
あの日――凜花さんと話した内容については、途中からあまりよく覚えていない。覚えているのは、デートの途中で、心野さんが帰ってしまったこと。それと、彼女がその帰り際に泣いていたこと。僕がその時に見たのは彼女の背中だったのだけれど、しかし、それでも不思議と分かった。
凜花さんが『あの日の出来事』について謝ってくれたのは、僕にとってとても大きく、そして大きく意味のあることだった。真実を知ることが出来たのだから。
しかし、僕は悔いる。
凜花さんとの話の途中だったとはいえ、僕は心野さんのことを追いかけるべきだったんだ。どんなに断られようが。拒否されようが。
そうすれば、『あんな事』にはならなかっただろう。
* * *
いつも通りの時間に自宅を出て、いつも通りの景色を見ながら登校する。ふと、空を見上げた。僕の視界いっぱいに青空が広がった。
いつも通りの朝。いつも通りの景色。
だから僕は、今日もいつもと変わらない日常を送ることができる。
そう、思っていた。何の疑いも、疑問も、感じることなく。
しかし、それは違った。
痛感させられる。僕はなんて短絡的な人間なのだろうか、と。
* * *
教室のドアをがらがらと音を立てて開け、そして自分の席へと向かう。そして視界に入る、隣の席の心野さんの姿が。
いつもと変わらない日常が始まる。でもそれは、僕の大きな勘違いであり、あまりにも身勝手な思考だった。心野さんを見て分かった。これは、僕にとってのここ最近の日常ではないということに。
日常のバランスは、もう崩れていた。
「こ、心野さん、おはよう」
いつもと変わらない朝の挨拶を投げかけたけれど、彼女からの返事がない。心野さんは、まるでカタツムリのように体を丸め、机に突っ伏していたのだ。
だから僕は、もう一度彼女に声をかけた。
「こ、心野さん。この前はごめんね。あれから大丈夫だった?」
すると、心野さんは机に突っ伏したまま、小さな声で、囁くようにして応えてくれた。それは今までとは全く違う、僕の知らない心野さんのものではなかった。
力も元気もない、心野さんの声。
「――ごめんなさい、但木くん。今は、話しかけないでください」
* * *
「そっか……ココちゃん、また心を閉ざしちゃったんだ……」
放課後、僕は緊急会議を開いた。メンバーは僕、友野、そして学級委員長である音無さんの三人。『三人寄れば文殊の知恵』というわけだ。
友野は僕の話を聞いてから、ずっと眉間に皺を寄せていた。見たことがなかった。友野がここまで考えている――否、困ったような顔をするところを。
「但木。それさ、完全にお前が原因だろ」
ぐうの音も出なかった。友野の言う通りだ。僕はデートの途中で、心野さんを帰してしまったのだから。あれは、絶対に止めるべきだったんだ。
が、どうしてだろう。聖女様である音無さんは違った。僕が詳しく話すたびに、彼女は自身の中でひとつの推論を立てていた。そして、最後には何かを納得するように、確信したように、笑顔を浮かべる余裕まで見せた。
「ねえ、但木くん? それってあまり深刻に考えすぎないでいいのかもよ? なんとなくだけど、今回のケースは中学の頃とは状況がちょっと違うように感じるの」
「状況が……違う? すみません音無さん、詳しく話してもらっていいですか?」
「うん、いいよ? 女の勘なんだけどね」
女の勘、か。確かにそれもあるのかもしれない。でも一番大きな理由。それは音無さんが心野さんの幼馴染だからこそなのだろう。
そして僕は驚き、困惑した。感情が混線するかのような、そんな感覚だった。
「たぶんココちゃん、その人の嫉妬しているだけだと思うの」
考えたことがなかった。嫉妬だって? 心野さんが?
「あ、あの、音無さん? どうして嫉妬だと思ったんですか?」
「うん。だってさ、ココちゃんが言ってたんでしょ? 『今は』って。それって、ココちゃんは今、自分の感情を整理しているんだと思うの」
「ああー、そういうことか。俺も委員長の話を聞いて納得した。十分にあり得ることだと思うよ? 心野さんは、その、なんだっけ? そうそう、凜花さん。凜花さんと話しているところを見てしまったり、過去形とはいえ『好きだっだ』という言葉を聞いてしまったり。それで嫉妬してしまったのかもな」
よほど納得したんだろうな。さっきまで眉間に皺を寄せていた友野に、いつもの飄々とした表情に戻っていた。
「あのさ、友野くん? 委員長って呼び方、もう止めてって言ったよね?」
「悪い悪い。ついクセでね。それでさ、委員長?」
「ぜーんぜん分かってないじゃないの!」
唐突にやってきた、二人への疑惑。な、何? この二人の会話? 距離感がやけに近い。しかも、よく見ると各々が椅子に腰掛けているわけだけれど、友野と音無さん、近付きすぎ。
この二人、もしかして……。
「あ、その目、分かっちゃった? 但木は鈍いのか鋭いのか、未だに分からないんだよな、俺。でもさ、それで正解。俺と委員長、付き合うことになってさ」
な、何ぃーー!!?
いや、今までずっと友野と一緒にいたから、奴がモテモテで告白されまくりで、そして恋人ができることなんかもう慣れているんだけれど。でも、その相手が聖女である音無さんということにビックリしてしまった。
「え、あのー。友野と音無さんが付き合ってるって、いつから?」
「あの日は土曜日だったから、二日前か」
「ふ、二日前……」
いやいや、確かに僕自身も、友野と音無さんが付き合っちゃえばいいのにとは思っていたけどさ。でも、展開が急すぎない?
「……友野くん。それ以上話したらどうなるか分かっているでしょうね?」
音無さん、怖っ!! 言葉もそう。雰囲気もそう。怒りのオーラが見えるようだ。しかも顔はまるで仁王様の如くだし。どこに行ってしまったんだい、聖女様よ。
「何ビックリした顔してんだよ、但木。委員長のことを聖人君子とでも思ってたのかよ。この前告られたんだよ。いや、ちょっと違うか。押し倒されて無理やりって感じだったな、確か。って、ぐわああーー!!」
音無さん、もとい聖女様、もとい仁王様。そんな彼女が友野の小指を狙って、上履きの上から思い切り踏みつけた。状況が良く分からないよ!!
「それ、絶対に誰にも言わないでって、私、言ったよね?」
「は、はい。い、言ってました……」
友野が、音無さん(仁王様ver.)に勢いで負けてる。というか、イニシアチブを完全に取られている。なんだか目新しい。
でも、僕の思った通りだ。
友野と音無さんは、絶対に相性が良い。
「但木くんも。今のこと、絶対に誰にも言わないように」
「は、はい……絶対に他言にしません……はい……」
言って、音無(仁王様ver.)さんは僕をギロリと睨みつけた。だから怖いって!!
人は誰しもが二面性を持ち合わせている。いるんだけれど……。
そして音無さんはひとつ深呼吸をしてから椅子に座ったまま姿勢を正した。そして、「それじゃ、緊急会議を続けましょうか」と、さも当たり前のように言った。天使のような笑顔を浮かべながら。
僕が、絶対に音無さんを敵に回すまいと心に誓った瞬間だった。
第21話 緊急会議【1】
終わり
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