第20話 あの日の真実

 僕の名前を呼ぶ、女子の声が背後から聞こえた。聞き覚えのない声だった。だけれど、それは違った。完全に忘却していた。


「はい?」


 返事をして、振り返る。そこには、今まで見たこともない程に美しく、可愛い女子がいた。控えめなダークブラウンの美しいセミロングの髪。整った顔立ち。まるでお手本のようなモードカジュアルな服装。


 全てが完璧で、だけれど全く嫌味を感じない美少女。

 僕がしばし見惚れてしまう程。


「あ、もしかして違いましたか? でしたら申し訳ないです」


「い、いえ、合ってます。但木です。但木勇気です」


 女性恐怖症である僕だけれど、どうしてなのか、普通に喋ることができた。確かに、少し緊張はしている。だけれど、彼女からは恐怖を一切感じない。むしろ、逆だ。自分でも驚いた。安心感を抱いていることに。


「あの、あなたは一体……」


 彼女から感じる雰囲気。誰かに似ている。少し頭の中を整理してみた。そうだ、心野さんだ。彼女から感じるこの雰囲気は、心野さんに近いんだ。


 チラリと心野さんを見やる。どうしてなのか、警戒心のようなものを感じる。これは彼女に対してのものなのだろうか。少なくとも、今まで感じたことのない心野さんの感情。それが僕に流れ込んでくる。


「あ、ごめんなさい、名前まだ言ってませんでしたね。凜花です。早乙女凜花さおとめりんかと言います。中学時代に同じクラスになったことはないですけど」


「り、凜花さん!!?」


 覚えていないわけがない。むしろ、一生忘れることはないだろう。僕が女性恐怖症になった原因の人。近因の人。


 その名を聞いて、知って、身構える。そして思い出す。『あの日の出来事』について。そして、僕は無意識的に険しい顔になる。


「……そうですよね、そうなっちゃいますよね」


「う、うん……まあ……」


「あの時は、本当にごめんなさい。いえ、許してもらえるなんて思ってません。私は一生、十字架を背負って生きていく、そう決めています。だけど、どうしても但木くんに伝えたいことがありまして。それで声をかけさせてもらいました」


 十字架を、背負って? 少し、頭の中が混乱してきた。『あの日の出来事』をできるだけ詳細に思い出す。あの時の凜花さんの顔。曇っていて、とても辛そうな顔を。


「あ、ごめんなさい。但木くん、今デート中ですよね。……ご迷惑ですよね」


 僕は心野さんの様子を伺う。横に首を振っている。大丈夫、という意味だろう。そう、僕は捉えた。だけれど、それは間違いだった。いや、正確に言えば間違いではない。だけれど、僕は凜花さんに断るべきだったんだ。


「と、とりあえず、話を続けてもらっていいかな?」


「は、はい……ありがとうございます。但木くんにはずっと謝りたくて、伝えたいことがあったんです。罰ゲームとはいえ、私は最低なことをしてしまいました。それが原因で、但木くんが女性恐怖症になってしまった。させてしまった。ずっと、ずっと、悩んでいました。泣いていました。でも、全ては私の弱さが原因です」


 僕はあえて言葉を発しなかった。凜花さんの言葉の続きを待った。その間に、僕は頭の中を整理する。弱さが、原因――?


「罰ゲームをさせられた理由は、言い訳にしかならないので言いません。ただ――ただ! どうしても伝えたかったんです」


「伝えたかった……」


「こんな所で言うことではないかもしれません。それは分かっています。だけど、あの時の告白。但木くんに言った、私の言葉。あれは私の本音でした」


「……ほ、本音?」


「私は、但木くんのことが好きでした!! 一目惚れでした!! 入学式の時に但木くんのことを見てから、ずっと、ずっと、ずーっと好きだったんです!! 私の初恋でした。なのに、私……」


「僕のことが、好きだった……?」


 彼女の目を見れば分かる。この言葉が嘘ではないことが。


「だけど――」


 凜花さんが続けて言葉を紡ごうとした時、心野さんが僕の袖を引っ張った。心野さんはさっきの景品のぬいぐるみをギュッと力強く抱き締めて。


「た、但木くん、ごめんなさい……。ちょっと、具合が悪くて。帰ります……」


 深く俯きながら、小さな声で心野さんは僕にそう伝えた。


「だ、大丈夫!? いや、心配だから家まで送るよ!」


「いえ、大丈夫です。今は一人でいたくて」


「で、でも――!!」


 首を横に振り、心野さんはもう一度、力強くぬいぐるみを抱き締めながら店外へと向かった。そして、心野さんの背中を見て、不思議と分かった。


 彼女は今、泣いている。



 第三章 章末


【作者より】

 だいぶ更新が滞ってしまいました。この物語は僕にとって、とても思い入れのある作品です。物語を書けるようになって、三年のブランクを埋めるために、魂を込めて書いてきました。だから余計に、なかなか書けなくて。


 次話から終章に入ります。一気に畳み掛けます。この物語のテーマは『克服』です。僕も病気を克服するため、鏡のような感じでプロットを作りました。この物語を完結させたら、次は僕の番です。絶対に克服してみせます。


 普通のラブコメや恋愛ものではない理由も、あとがきに書こうと思います。重い感じで第三章を終えましたが、僕はハッピーエンドしか書きません。最後は必ず皆さんに笑顔になってもらえる、そんなラストにしていきます。どうか、これからも『心野さんのココロノさん』をよろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る