第2話 ギンピギンピ――、食べることはできない。ただし、現地のワラビーなどの有袋類や、哺乳類ヒト科の、パク・ソユンを除く――



          ■■ 2 ■■





 ――ジュワ、ワァ……


 と、小気味よい鉄板の音とともに、屋台の、食欲を誘う匂いがただよった。

 キンパやチジミに、トッポギはもちろん、エビや貝などの海鮮もの、それからオデンと。

 そんな、夜の、ソウル市内の屋台街のこと。



「ーー何? 島へ、行ってくるだと?」


 と、チジミを焼く姿が板についた屋台のオッサンこと、キム・テヤンが、パク・ソユンに聞いた。

「うん」

 パク・ソユンが答える。

 頭にでかでかとしたパールつきのカチューシャをつけたエレガントなファッションで、焼酎の入ったグラスに淡々と口をつけるという絵面が、少しシュールだが。

 また、キム・テヤンが、ドン・ヨンファを指して、

「しかも、この、軟弱野郎とか?」

「軟弱野郎って、ひどい言い方するなぁ、テヤン」

「けっ、何が『ひどい言い方するなぁ~』だ」

 と、ネチネチとつっつく。


 そんな二人をよそにして、今度は、

「それで? その島は、何ていう島なのかい?」

 と、丸型のサングラスに、スーツに蝶ネクタイ姿の小太りの男、カン・ロウンが聞いてきた。

 なお、このカン・ロウンだが、四人のリーダーでもある。

 それで、このグループは何の集まりかというと、SPY探偵団という、それぞれサイボーグ的な異能力を持ったメンバーによる、兼業探偵サークルというか、同好会のようなものだった。

 ちなみに、パク・ソユンは『ソウ』との芸名でモデルやDJ活動をしていたり、ドン・ヨンファは貴族の実業家、キム・テヤンは元諜報関係で働いていたというプロフィールをもつ。


 またさらに、メンバーのそれぞれにコードネーム的なものがある。

 リーダのカン・ロウンが“スタイル”、パク・ソユンが、芸名と某グロ映画に由来して“ジグソウプリンセス”。

 ドン・ヨンファが“フラワーマン”で、最後に、この屋台でチジミを焼いているキム・テヤンが“チジミ屋のオッサン”と、そのまんまだった。

 そして、このコードネームというのは、たぶん特に意味はない。

 何か、一応それっぽい雰囲気を出すためのもの程度のもの、と思えばよろしいかと。


 さて、ここで話を戻す。

 島のことを尋ねたカン・ロウンの問いに、

「――うん。何か、島の名前は知らないんだけど、『Ⅹパラダイス』ってとこに、招待されて」


「「Ⅹ、パラダイス――?」」


 と、パク・ソユンの答えに、カン・ロウンとキム・テヤンの二人が声をそろえた。

「何か、新しくできた、カジノ、エンターテインメント複合リゾートみたいだけど」

 と、パク・ソユンが、スマホ画面を開いて資料を見せる。

 QRコードに、その、『Ⅹパラダイス』なる複合リゾートとイベントの内容。

 それから、バックの画像だが、何ゆえか、レオナルド・ダビンチの作品や素描――、

 そして、竹でできた螺旋のCGが、ゆるり……と回転していた。


「何だ? こりゃ?」

 キム・テヤンが、顔をしかめた。

 その、パク・ソユンとドン・ヨンファの二人が、招待状を“貰った”のは、つい今日のことだった。

 ここで、すこし時間を戻して、振り返るーー

 先日、パク・ソユンはモデル活動と、そのあとは高層ビルにあるガラス張の背景が映えるスタジオにて、DJ動画の配信を終えていた。

 そこへ、事務所の人間から声がかかる。

「ねえねえ、ソウ? 何か? こんなものが、届いたんだけど?」

 と、まるで水泳のゴーグルのようなサングラスをかけた短髪の男が、タブレットの画面を見せてきた。

「へ? 何? これ?」 

 パク・ソユンが、ジトッとした目のまま、キョトンとする。

 そこへ、事務所のスタッフの女が言う。

「何か、前も、変な招待状届いてたよね」

「そうそう。“君たち”が、解決に一役買ったみたいだけど」

「あ、あ……? 確か、“そんなこと”もあったね」

 と、パク・ソユンはここで、二人の言葉によって、“あること”を思い出した。

 それは、さしづめ毒茶会とでもいうべきか?

 狂人的な財閥令嬢の主催者が招待を――、いや、その実は、拉致によって強引に客人を招き、茶会と称して劇物や、ギンピギンピなど激痛をもたらす植物を用いた“茶”を振る舞うなど、凶悪な犯罪行為を行っていたのだ。

 そして、その事件の解決に奔走したのが、このパク・ソユンとSPY探偵団だった。


 なお、調査の中で、パク・ソユンは友人を人質に取られてしまい、それによって犯人の令嬢に捕らえられてしまった。

 拘束されたあとに待っていたの、手首を切り落とされたり、ギンピギンピやら硫酸を飲まされたりするなどと、散々な目に遭っていた。

 ただ、そのような目にあいながらも、SPY探偵団とは協力関係にあった妖狐の力を借りることができ、最終的には事件の解決までに至ったわけである。

「ちなみに、その、茶会事件を解決したときに、ギンピギンピを喰える体質になったんだって? ソウ? 

「うん。家(うち)に、漬物、あるし」

「「漬物――!?」」

 と、ケロッと答えたパク・ソユンに、二人は驚愕した。

 まあ、話のとおり、これは異能力者による部分もあるのだが、毒劇物や猛毒植物に対する耐性を、このパク・ソユンは身につけたわけだ。

「つまり、ギンピギンピ――、食べることはできない。ただし、現地のワラビーなどの有袋類や、哺乳類ヒト科の、パク・ソユンを除く――、ってワケか」

「何、その『※』印の注意書き」

 と、パク・ソユンが、ゴーグルサングラス男につっこんだ。

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トランス島奇譚 石田ヨネ @taco46

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