第33話 前日譚 ─令和─
あれから速水家を継ぐ女は「京子」の名を襲名する決まりを作り、私は肉体の代替わりをし続けた。
しかも嬉しいことに、あるルートで入手した魔道書から若い肉体を維持し続ける方法が見つかったのだ。面倒な手間はかかるがその分効果は強力で、魔力を込めた袋の作成に費やした日数分加齢が遅くなるのだ。例えば作成に三日かかったなら三年で一歳年を取るといったふうに。
これでわざわざ裏社会の人身売買の組織から吸魂に使う人間を買わずに済むようになった。向こうは得意先が一つ減ったからかアプローチの手紙をちょくちょく送ってくるが。
手間は減ったもののいつまでも若いままだと流石に周囲に不審がられてしまう。住みづらくなったら困るので戸籍上の年齢と外見年齢がかけ離れてきたら代替わりの時期と定めた。その時期が迫ると金を積んで偽造戸籍を作りその戸籍と養子縁組をする。そしてクローンの中から一番出来の良い肉体を選んで乗り換えるのだ。
それも最近は良い時代になったもので、未婚でも精子バンクを使って子どもを産んだという言い訳がしやすくなった。今は時期を見て正式に出生届を出すという手段に切り替えている。金で動く人間はいくらでも居るが、疑われる要素は少ない方が良い。
あれからクローンの調整に身を費やしてきたが理想通りの完璧な身体を作り出すにはまだ程遠い。しかし今の自分にはその時間がたっぷりとある。
だが私の計画を邪魔する者が現れた。
いつものように死んだクラスメイトの血縁を攫ってクローンの調整を行っていると、取り戻そうと盛り込んで来た人間が居たのだ。しかもやりたい放題暴れまわってくれたお陰で研究室は散々な有様だ。
なぜ邪魔をする?終わったら帰してやるのに。それに「そいつらの血縁は過去に罪を犯したことがある!本人が死んだ以上血縁が代わりに罪を償うのが当然よ!」と叫んだ私にあの女は、「みそのありさ」は何と言ったと思う?
「罪は犯した本人だけのものよ!たとえ血縁だとしても罪を償う義務も道理も無いわ!」
そう反論してきたのだ。よりにもよって被害者本人の前で。一応加害者本人ではないから死以外の贖罪をさせる慈悲を見せているというのに、私の事情を知りもせずにそう宣ったのだ。
なんという偽善者だろう。しかもアイツ等がクローン作成装置を破壊した所為で起きた爆発で研究室が崩壊した。
落ちて来た天井の下敷きとなりグシャリと私の下半身が潰れる音がした。明確な死の気配にドッと冷や汗が流れる。
いけない、ここで死んだら全てが水の泡だ。捕まえていた血縁達も続々と逃げ出そうとしている。私は意識が薄れかける中、急いで呪文を唱え一番近くに居た中年の男の身体を乗っ取った。
何とか死の淵から逃げおおせた私は瓦礫の中から使える身体を必死で探した。非常事態だから仕方なかったが、こんな頭頂部ハゲのだらしない生活習慣が如実に腹に表れた中年男の身体なんて一分でも一秒でも居たくない。
しかし元の身体は言わずもがな、クローンも損傷が激しく四肢などが欠損していた。これでは転移したところで意味がない。
「私の身体……!わたしの、からだぁぁああああああああっっ!!」
声すらも今までの小鳥の鳴き声のような美声から、野太くてだらしない悍ましいものに変わっていた。こんな声を出さなきゃいけないだなんてイヤよ!イヤ!
無事はクローンは一体も無く、気が狂いそうになる。許さない……許さない!許さないっ!あの女侮辱しただけでなく可愛いクローンまでメチャクチャにしやがった!
かくなるうえはこれしかない。私はクローンの各パーツをかき集めてどうにか一人分を揃えると、呪文を唱えながらクローンを口に入れる。二、三日かけて全て食べ終えればクローンの肉体を再現することは可能だ。
だがこの魔術は転移とは違ってあくまで食べた人間の姿の真似をするだけ。影だけは中年男の形になるし、ちょっとでも怪我をすれば直ぐに中年男の姿に戻ってしまう。戻ってもまたクローンの姿になるのは可能だが、その場合は数時間待たなければならない。つまり万能ではないのだ。
憎い。悔しい。私をこんな姿に貶めたあの女が、「みそのありさ」が。施設が破壊された今、クローンの細胞も保存できない。
どうせ復讐するならアイツの細胞でクローンを作ってやる。そして肉体を傷つけない方法でありとあらゆる苦痛を与えていたぶり尽くし、最後に精神が崩壊したあかつきにはあの女の身体を乗っ取ってやる。
米田・T・ラルフの名状しがたき奇譚 ─執着の果て編─ 葉月猫斗 @kinako_mochimochi
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