第4話
「アーベルさん」
薄青い顔がへにょりと笑う。
『ここのお屋敷にも磁場があるんだ。結構強い』
『誰だあ?』
黒い影が向かって来る。広がって、うんと広がって薄青いアーベルを巻き込もうとする。ユディスは黒い影に手をかけた。思いっきり掴んで引っ張った。
「止めてえ」
『貴様ー!』
黒い影が膨らんでユディスを押しやる。押されて膨らんだ所を掴んで引っ張った。押し合いへし合いになった。
騒いでいたらここの主人のメルハイム将軍がドアをノックして入って来た。
「これはどうしたんだ」
「将軍閣下には沢山のオバケが憑いています」
ユディスは黒いオバケを掴みながら叫んだ。
「こいつは一番大きな黒い奴です」
黒いオバケを将軍に突き出す。
「怖い顔をしています」
『小娘ーーー!』
『ユディス』
黒いオバケがユディスに襲い掛かって来るのを蒼いアーベルが遮る。二つの影が絡まる。
「アーベルさんを助けて、将軍閣下!」
ユディスは絡まる影の間に割って入って、アーベルに襲い掛かっている黒いオバケを両手で引っ張った。黒いオバケがぐんと膨らんでユディスの手を払いのける。
弾みでユディスが後ろに倒れてアーベルが側に行く。
「見えたぞ、貴様が私に取り憑いていたのだな」
将軍の一刀で黒いオバケの身体は引き裂かれ消滅していった。
『ぎゃああぁぁぁーーー……!』
「将軍閣下、すごいです。でもアーベルさんは殺さないで」
ユディスはアーベルの前に立って庇う。
「そこに居るのか」
「はい。青いオバケさんです。私をたくさん助けてくれました、恩人です」
「そうか」
やっとユディスはメルハイム将軍の顔を見ることができた。背が高くて髭の立派な素敵な黒髪の男だ。
「おお、スッキリしたぞ」
「将軍閣下のお顔が見えます」
「そうか」
将軍が追い払った黒いオバケは同盟国のオーモンド公爵家に戻った。敵国に寝返ろうとした同盟国のオーモンド公爵は、武勇の誉れ高いメルハイム将軍を邪魔に思った。彼がいると折角敵国と手を結んで同盟国を裏切っても上手くいかないのではないか。権力も失ってしまう。術師に頼み、呪い殺してしまおうとしたのだ。
黒いオバケは呪いの塊だった。お化けは将軍に倒されて呪いは弾き返されオーモンド公爵に呪いが返った。将軍に憑いていた沢山のオバケも公爵に返った。
「ぐわああああーーー!!」
公爵は跡形もなく食い散らかされて消え去った。
あの黒いオバケがいなくなって、メルハイム将軍に憑いていた沢山のオバケは居なくなった。こんな素敵な将軍閣下なら、ユディスでなくともお嫁に来るという方は沢山いるだろう。
「何と身体が軽い。羽根でも生えたようだ。今までの重苦しさは何だったのか」
「よかったです。私はもう御用済みですね」
「君には世話になった。私も君の為に何でもしてあげよう」
「え、でも」
「実は私には秘密の恋人がいるから結婚できないんだ。適当に断っていたら酷い噂をたてられてね。君のことは噂で聞いていたから知っているよ。君のご両親と親しかった方が心配していた。私が何とかしてあげよう」
将軍は衛兵を引き連れてユディスの家を乗っ取ろうとした叔父一家を拘束して罪状と共に辺境行きを命じたのだ。そこはまだ開拓途中の荒れた大地であった。
見張りは厳しく逃げることはできない。叔父一家はそこで改心するまで働くことになったのだ。
「君に結婚相手を世話してあげよう」
メルハイム将軍はユディスにそう言ってくれたが断った。
「いいえ、私は結婚したくありません。アーベルさんがいてくれるかぎり、いなくなっても彼を弔って生きて行きたいと思います」
「そうなのか、寂しくないかい」
「はい。みんながいてくれるから寂しくありません」
ユディスの屈託のない笑顔に将軍は折れた。
「そうか」
そうしてユディスは自分の家に戻って来た。領地は国に返還して国からの年金でオバケの居る屋敷に住んだ。昔、雇っていた召使や知り合いから紹介された人を雇って、慎ましく暮らしている。
時々メルハイム将軍と夜会に行く。怪しい人物がいると、将軍はユディスを連れて行って、オバケが憑いているかどうか教えて貰うのだ。
将軍が対処できるときはしてもらう。できない時は将軍の屋敷にその人物を招き、アーベルと一緒に行ってオバケと話して、メルハイム将軍に事情を説明して解決する。無事解決したら、ユディスに対価を払ってくれるのだ。
ユディスはいつものベッドでアーベルと一緒に休む。他のオバケたちものんびり部屋のあちこちで過ごしている。
「アーベル様、私幸せですわ」
『そうかい、ユディス。私も幸せだ。死んでからこんなに幸せになれるなんて』
「先に逝かれては嫌ですよ」
『ああ、一緒に逝こう』
おしまい
虐げられた令嬢と悪霊憑きの旦那様 綾南みか @398Konohana
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