空蝉 2
医務室の惨状は俺の思考を一瞬であっても砕くことは簡単だった。乱れた毛布、微かなベッドの温もり、ベッドから落ちた枕、多量の血で濡れた床――。
「これは……」
ベッドの側に屈み込み、ペンキみたいに散らばった血に指先を当てた。その感触は滑りとしていて、血というよりも本当にペンキのような感触がする。臭いは……血なのか?
「京堂さん……?」
「……部屋を捜そう」
医務室に隠れられるような場所はない。それでも縋りたい気持ちで桜と一緒に部屋中を走り回った。だが、当然のように綾香のことを思わせるものは何一つ見つからなかった。だから、俺は転がるようにしてサロンへ飛び込み、その場にいた全員に事態を叫んだ。
医務室の惨状を見て、全員が互いの部屋とサロンとトイレと風呂、食器を運ぶエレベーターの上下までも確認したが、綾香の行方を思わせるものは何一つ見当たらなかった。
「何があったんですか……京堂さん……?」
医務室を見渡しながら、拓真は震える声で言ったが、それは俺が叫びたい言葉だ。どうも言えない状況に苛立つ俺のことなどおかまい無しに、車は窓をガチャガチャと言わせた。
「窓は全て内鍵……雪が入り込んだ染みも無し、か」
その言葉通り、俺と桜が調べた時から窓は開いていなかった。その次は乱れた毛布を動かし、何かを弄っている。すると、廊下から絨毯の上を走る音と急かすような声が届き、愛里が医務室に飛び込んで来た。その後を、桜小路、古林、十文字が続いた。
古林は昨夜と同じ服装と顔付きのまま、医務室に集まった俺たちを睨むように見渡してからこう言った。
「まず……先に伺いましょう。これは……皆様が演じるお芝居ではないのですね?」
「冗談じゃない……! どうして人の家で芝居なんか!」
「京さん……!」
「京堂さん、駄目です……!」
詰め寄った俺の身体を瑠偉と拓真が抑え込み、
「そんな言い方ないですよ……こっちは真剣なんです!」
瑠偉も抗議するが、古林は感情が欠落でもしているのか、眉一つ動かさない。
「要領を得ませんでしたが……大まかな状況は鈴谷愛里様から聞きました。ですが……私にはこの騒動があなた方のお芝居だとしか思えませんね」
「あんた……そこまで言うか!」
カチン、その感覚を連れて俺は瑠偉と拓真を退かし、歯を食いしばりながら古林に詰め寄った。これでも殴り合いの場数は踏んでいる。しかし、いくら凄んでも古林は一切顔色を変えず、俺の震える瞳を見据えている。
「そんじゃ……執事さん、このお芝居のメリットはなんすかね?」
「は?」
「メリットっすよ。俺たちがこのお芝居を上演して得することはなんすかね?」
「さぁ。それこそあなた方にしかわかりませんよ」
意地の悪い、蔑むような色を浮かべた隻眼の睨みに対し、俺は大人としての箍が外れてしまい、白くなった右手を感情に任せて振り上げた時――古林は急にイヤホンマイクへ手を当てた。それは両脇の十文字と桜小路も同じで、振り付けでもされているのかと思うほどに統一された動きだったから、その気味の悪さに怒りは弱まった。
いつも誰と会話をしているのか気になるが、まずは自分の心を平静にするのが先決だ。胸を押さえながら深呼吸を繰り返す。すると、古林たちに動きがあった。十文字は医務室から飛び出して行き、桜小路は古林へ頷き、その古林は溜め息の後に俺たちを見据えた。
「皆様、当主様が呼んでおられますので……当主の間に移動していただきます」
そのことが不服なのか、それとも別の理由でもあるのか、古林は不承不承を隠すことなく桜小路と一緒に俺たちを廊下へ促した。
「とにかく言う通りにしましょうや、堂さん」
肩を叩いた車の手を払いながら渋々と頷き、古林に続くように天龍と愛里を促す。瑠偉に促された桜の後ろから続き――桜が急に振り返ったため、彼女とぶつかりそうになった。
「あっ……ごめんなさい」
危うく押し倒しそうになった桜を促し、肩越しに振り返ると――。
「うわっ……堂さん。……何か?」
振り返った瞬間、車は何やら落ち着かない様子でかぶりをふった。
「……何か知ってるのか、車」
胸ぐらを掴む。こいつが自分の不利を道化で切り抜けようとするのはお見通しだ。
「お前のことは幼なじみとして好きだが……この状況で道化は必要ない……!」
「いや……堂さん、暗い状況にこそ道化は光を見出すもんすよ……?」
視線を執拗にそらす姿に苛立ちをおぼえたが、俺はかぶりをふって車を放す。
「すまん……心に余裕がなくてな」
「いえ、この状況ではやむなしですよ」
肩をすくめた車を一瞥し、俺は医務室を出た。
先頭の古林は渡り廊下を抜け、生気のない鎧武者を横目に行灯廊下を進む。俺たちが最初に入って来た両開きのドアを抜け、古林は玄関通路の奥にある角を曲がった。その先には行灯に照らされた階段があって、あの時の奏某はこの階段を上がって行ったようだ。
古林に従って階段を上がると、踊り場に展示ケースがあって、裸体の男型球体関節人形が横たわっている。さらにケースの上には二体の小さな球体関節人形が和服で正座中だ。
その横を抜けた階段の先は一階と同じ位置にドアと引き戸が並んでいるが、玄関に当たる部分は行き止まりで、両開きのドアの左右に球体関節人形が飾られている。
展示ケースに守られていない二体はどちらも両手で剣を構え、その刃を自らの首に沿わせて立っている。紺碧の長髪に包まれた瓜二つの顔立ちや片方でのみ膨らむ胸からして両性具有の人形のようだ。モチーフはインドのアルダナーリーシュヴァラだろうか。
そんな人形の間を抜けた先はまた一階と同じ構造のようだが、俺たちから見て右側に二つのドアが並び、真正面の奥にも一つのドアがある。古林はそのまま廊下を進み、角を曲がる。その先にも一階と同じようにウロボロスの蛇が彫られた重厚な両開きのドアがある。
「ここもウロボロスっすか……よっぽど永遠の命に憧れているようで……」
「その逆ですよ……」
振り返らなかったため、古林がどんな表情をしていたのかはわからない。だが、その声音にはどこか苛立ちのようなものがあった、気がする。だけど、それを確かめる隙なんかなく、古林は把手を握り締めたまま言った。
「皆様、どうぞお続きください」
重厚なドアが開かれ、俺たちが見たのは薄暗くて広い空間だ。
床は全面の畳敷き、右の壁には天井に届く棚が二つとその狭間に両引き戸があり、左手には三体の等身大球体関節人形が踊り子のようなポーズで並び、暖簾の先で行灯が浮かべるのは臥所だ。正面には巨大な屏風が聳え、手前には一段高くされた畳とそれを挟む左右の
そこは俺たちが見て来たどの部屋よりも威厳が漂い、車の猫背すら直立させる緊張感が漂っており、まるで――玉座の間のようだ。
部屋の中には五人の人間がおり、一段高くした畳みの両脇に正座しているのは、初対面となる男と久留米だ。男の方は古林と同じように黒で統一された燕尾服を纏い、年の頃は五十から六十の手前、オールバックにした白髪混じりの黒髪と機械のように整った背筋と逞しい肩幅を持っている。どちらかといえば、執事として似合っているのはこっちだ。
その二人の真ん中、畳の上に――まるで戦国武将のように鎮座している男がいる。陣羽織のような黒いガウンを着た六十近くの男で、銀髪と日本人離れした色白の顔には深い皺や彫りが刻まれ、蒼い瞳の右にはモノクルを付けている。
「どうぞ劇団員さんたち……御平らに」
その男は座ったまま、六人分の座布団を示した。
俺は言葉通り楽にしようとしたが、言葉の意味がわからないのか、桜たちは互いの顔を見合せている。勉強不足かな。俺は「楽にしてくれとさ……」と桜に耳打ちした。そうして俺たちはカバーが外されている座布団に座った。すると、俺たちの後ろから桜小路が珈琲を差し出した。良い香りが鼻に届けられるが、今は飲める状況ではない。
「ふむ、揃われたようだ」
男はそう言うと、古林と桜小路にも座るよう手振りをした。
「ようこそ、機巧人形の皆さん、私がこの家の主、リュシテン・螢です」
それは落ち着いていて、この部屋のように威厳に満ちた声だ。
「これは……双子の娘たち。仮面を付けているのは妹のリュシテン・奏、右腕に包帯を巻いているのが姉のリュシテン・葵。これ、二人とも」
螢の言葉と同時に、彼の左右に座っていた二人の少女は鏡のように揃ったお辞儀をした。
まずその一人は俺たちを屋敷へ入れるように進言してくれた奏。もう一人は初対面の葵で、女袴に羽織、みどりの長い黒髪と優しげな顔立ちだ。それと何故か左目を瞑っており、右目は蒼く輝いている。彼女は俺たちが部屋に入って来た時から桜のことを見ていた。
「驚かれたでしょうが……奏は昔の怪我が原因で顔の半分を人に見せられないのです。外見を奇異な目で見ないでやってください。それと、まだ会っていない使用人がいますね」
螢はちらりと視線を投げ、その初対面の男は俺たちへ向き直った。
「
丁寧な座礼を披露した滝村は、それ以上何も言わずに向きを戻した。
「隆輝には千鶴と同じように私の身の回りと、邸内の管理を頼んでいます。さて、本題に入りましょうか。何でも劇団員さんが一人行方不明になったとか……床に血痕を残して。ところで、どなたか……私たちと面識がある方はいらっしゃいませんか?」
それに対して俺は拓真を見たが、根拠のない既視感は面識とはいわないだろう。だから俺たちの中に口を開く者はおらず、螢は満足げに息を吐いた。
「そうでしょうね。我々は縁もなければ面識も無い。まさか……この行方不明事件に我々が関与している……などと仰らないでしょうね?」
蒼い瞳が睨むように桜を見据えた――その瞬間、桜は奏との初対面時を思わせる震えで俺の影に身体を寄せた。
「人道的な立場から、あなた方を邸内に招き入れた結果……このような事件が起きた。京堂さん、はっきり言わせてもらいますと、私たちは大変に迷惑しています」
螢はそう言うと立ち上がり、両脇に本棚を引き連れた両引き戸へ向かった。その動きは不安定で、誰の目から見ても、脚が不自由だとわかる。
そして、開かれた先に現れたのは、二つの行灯が照らす能の舞台と見間違えるような月見台だ。俺たちが玄関の手前で見た場所のようで、屋根を支える四方の柱同士には一面のガラスが張られており、荒れ狂う雪が叩き付けられている。
「まるで嵐の山荘を模したかのような状況であなた方は現れ、一人が行方不明、あるいは殺された……。これはどういうことですかね?」
突然、螢の声音が変わった。落ち着いてはいるが、声は冷たく、明らかな敵意が滲み出ている。怯んだ俺たちの反応を見ても、彼は表情を変えずに不敵な笑みを浮かべたままだ。
「まだ殺されたとは――」
「当家の使用人、私、娘たちも含めて、あなた方とは一切接点がない。行きずりを攫うような行為をしたところで、私たちにメリットなどないでしょう。金品目当てだとしてもね」
その言葉に俺は抗議しようとしたが、有無を言わさずに螢は話を続けた。
「そこで……あなた方の中にいる代表者――京堂明夫さん。あなたの責任において、行方不明者の捜索、他の方々の監視、このふざけた芝居を演じる三文役者を突き止めてもらいます。無理矢理追い出せない以上、吹雪に感謝することですね」
螢はそこまで言うと満足したのか、座っていた畳に戻り目を閉じた。どうやらあまり体力がないようで、少しの間何も言わずに息を整えていた。
そりゃあ疲れるだろう。何しろ一方的な会話を続けていたんだからな……。
「リュシテンさん……発言を許可していただけますか?」
「どうぞ」
「あの……綾香――綾波は決して、冗談でこのような騒ぎを起こすことも、殺されるような女性でもありません。私たち六人の中に……彼女を怨んでいるような奴は――」
「いないと? あなたは断言出来るんですか?」
待っていたかのように見開かれた螢の瞳は、まるで心の中すらも見透かしているような鋭さがあり、俺は思わず明確にたじろいでしまった。
「他者の心を理解しているような物言いですな。私は……親の心すらわからないのに……」
「いや、断言します……! 私たち六人は一切関与していません……!」
「それは我々も同じです。使用人も、娘達も、私も、客室棟にはいなかったのですからね」
「それは……」
俺は下唇を噛む。どう足掻いても論破は不可能だ。この家の住人が喰人鬼でもなければ、綾香の行方不明は完全にこちら側の問題だ。金目の物は持っていない、人を襲うメリットもない、わざわざ一人だけ攫う理由もない……クソっ!
俺は肩越しに左右を振り返り、皆の顔を見渡した――その時、桜と目が合った。彼女は何か言いたげにそわそわしている。しかし、先を促そうにも彼女は顔を背けてしまった。
無礼とわかりつつも、悔しさから螢を見据えたが、彼が表情を変えることはなかった。しかも人形のように感情の起伏を表さない瞳で見据え返されてしまった。
「芝居ではないと言うのなら、突き止めてください。彼女を殺し、遺体を隠した狂人をあなた方の中から。それがあなたに与えられた役目ですよ。わかりましたか?」
その口調は、俺たちの中に綾香を殺した犯人がいると断言していた。
「……わかりました。私が責任をもって解決します……。監視しろとおっしゃるのなら、そのようにします。客室棟に鍵をかけるなりして行動を制限していただいても構いません」
「当然ですな」
螢は静かな笑みを浮かべ、懐から取り出した布でモノクルを拭いた。
「ただし……それはこの吹雪がおさまり、警察が到着するまでです。残念ながらこの家に外部へ通じる電話はありませんからね」
「わかっています。ただ……事件解決にはあなた方の協力が必要です。我々の誰かがこの事件を仕組んでいたとしたら……この家の情報が何一つない私では、全て後手に回ります」
すると、意外にも螢は「ほう」と反応し、笑みながら考え込んだ。
何が面白い……。こっちは劇団員――家族を疑わなきゃいけないんだぞ……。
「千鶴」
呼ばれると同時に、千鶴は螢に向き直った。
「出来るだけの協力をしてあげなさい」
「承知しました」
座礼し、古林は俺の方へ向き直る。
「京堂様、これより、あなた様に付き添います」
古林の座礼に、俺は一瞬の躊躇い後に返した。年下らしき青年が付き添いという監視に送り込まれたことは苛立たしいが、拒むわけにはいかない。俺は古林の隻眼を見据える。
人の本質は瞳に……。科学的な根拠などないが、妙に気に入っていた。茶化されたことは数多だが、それでも初顔合わせ時には、必ず相手の瞳を見ることにしている。その結果、古林の目から感じたのは、桜と同じような達観か……或は諦観したような虚無的な――。
「それ以外には何か?」
「えっ……ああ、すいません。えっと……お住まいの方は……七人以外にはいませんか?」
「いませんよ。人を襲うような……不届き者もね。他には?」
「それと……私一人ではなく、助手の許可と、屋敷内を自由に歩ける許可をいただきたい。もちろん、それは古林さんを同行させたうえで……」
「ほう、出入りをね……」
「はい。医務室で何かがあって……綾波が逃げ出したのなら、屋敷内のどこかに隠れている可能性もなきにあらずかと……」
そこで螢は深く俯き、しばらくして答えたのは彼ではなかった。
「お父様、もういいじゃないですか」
奏はやれやれと言わんばかりに、螢を見た。その瞬間、古林たちは一斉に彼女を見た。
何だ……? 彼女が口を開けば鶴の一声にでもなるのか?
「私たちもうんざりしているの。この際、余計な疑惑は払拭してもらいましょう?」
その提案に対して他の連中は凍りついたように黙っているが、
「奏……それは――」
「あっ……!」
今まで一言も発しなかった葵が発言しようとした瞬間、桜がそれを遮った。葵の声が俺たちを導いた唄声と同じだったから……で驚いたようには見えない。
「ちょっと……桜?」
「さっきの……」
誰にも聞こえないような小さな声だったが、俺にはハッキリと聞こえた。その言葉の意味を求めて俺は桜へ向き直ろうとしたが、彼女の反応に応えたのは葵ではなく、
「どうしました? 確か……霧島桜、でしたよね? 葵に何か?」
奏は人形の肌から覗く瞳をギョロリと動かし、桜のことを凝視した。その口元も口調も穏やかっぽいが、心なしか視線と声音に敵意のようなものを感じたため、俺は桜を背中で隠しつつその瞳と対峙した。
「奏……さん、それはつまり、許可をいただけるということですか?」
「そういうこと。次が出るまでに……急いで解明することね。機巧人形の探偵さん――」
「あの……」
不意に葵が口を開いた。その調子は明らかにオドオドしていて、周りの視線を気にするかのように身体を震わせている。
「その……あなたたちには別の選択肢もあります……」
「……別の選択肢とは?」
注意していないと聞き逃してしまいそうなほど小さい声。
「それは……今すぐにでもこの家から逃げて――」
「葵、誰もあんたの意見なんて欲してないの。黙ってなさい」
奏の口調に対し、螢と古林と久留米以外が追従するように葵を睨みつけた。
「この間みたいに折檻してあげてもいいのよ? その口を閉じないのなら、ね」
撥ね付けられた自分の言葉を拾うように俯いた葵は、包帯に触れながら黙ってしまった。
虐待のような理不尽を受けているのかもしれないが、何も知らない俺たちがどうこう言える筋合いはない。それに、彼女が発した「逃げて」という意味もわからない。俺たちが家人に殺されるという意味ならば従うが、俺は綾香を置いて逃げるわけにはいかない。
「奏さん……私の提案の許可をいただけたということで……?」
「お父様、いいでしょう? いずれは家人を疑ったことに詫びが入るんだから、ね?」
奏は誘惑するように螢の身体へ指を這わせる。親子なのに気持ち悪い態度を奏は人目も気にせず、螢の耳元へ口を運び「許可してあげていいでしょう?」と言った。そんな光景に対し、浮かぶのは近親相姦という歪な関係――全員が近親婚の果てだったりしてな……。
「わかった……。京堂さん、あなたの提案を受け入れましょう。それで宜しいですね? ただし、客室棟以外の捜索がしたい場合は、家人の監視の下で、ですがね」
「ありがとうございます」
俺が座礼すると、螢は使用人たちに向かって頷いた。古林以外が当主の間を後にし、奏と葵も揃って屏風の背後に消えた。
「……千鶴、そちらのことは任せた。私は少し横になる」
「承知しました。隆輝さんには話してあります。では、皆様はこちらへ」
螢へ恭しく頭を垂れた古林は、俺たちに退出を促す。
「皆様、客室棟のサロンにお集まりください。珈琲をお持ちいたします」
その言葉に従い、俺たちは当主の間を出てサロンへ向かうことになった。重たい足取りで廊下を進み、階段廊下に出ようとした時、背後から罵声のような声が聞こえた。
俺たちは殴られたように振り返り、耳をすませた。罵声の主は奏だが、何を言ってるのかはわからなかった。ただ……罵声に混じる悲鳴が、何をしているのか容易に想像させた。
「あの……奏さんは何を――」
「サロンにお集まりください」
古林は振り返らない。その代わりに車が後ろから小突いてきたが、返事はしない。逃げることが出来ないのは奴もわかっているだろうから……。
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