第3話 ちょっとアツアツあなたの思い出

 あたしの、でぶ。

 でぶでぶでぶ。

 お、で、ぶーーーー!


 もうーーーー! なんでーーーー!

 なんでなんでなんでーーー!


 なんで「夏休みにプールに行きましょ!」って自分から誘っちゃったのーーーー!

 なんで「恥ずかしいならお友達も呼びましょー」なんて言っちゃったのーーーー!

 なんでそんなときに限って真希ちゃんの片想いの相手を呼んじゃったのよーーーー!!


 あたしの、ばか。

 問題はそこなんだけど、そこじゃなくて。


 せっかく買った水着が、可愛いんだけどなんかその、あたしのおでぶがハッキリわかっちゃってて、すごくもやもやするぅうう。

 今回に限っては真希ちゃんの助けを借りることもできなくて、ていうか、今回に関してはあたしが真希ちゃんを助けてあげなきゃ、て思ってるんだけど。


「真希ちゃん、大丈夫?」

「ぜんぜんだいじょばない」


 えっと。あの。

 しょーじき、あたしのせいだから、なんにも手伝えることがなくて。


 ほんっっっっとに、ばか!

 今回に関しては、ほんとにあたしのドジがサイアクな方向にずっこけてしまったと言ったっていい。あ、いや。お誕生日ケーキをころんで顔面でつぶしたときとか、家の鍵を失くして来た道ずっと泣きながら歩いて帰ったけどじつはただうちに忘れてただけの冬の日とか、あんがいあるにはあるんだけど、とにかくそれに匹敵するくらいのドジっぷり。


 真希ちゃんにはなんにも言えることもなければ、真希ちゃんに手伝ってもらうことも期待できそうにない。

 そういえば、真希ちゃんって、あたしよりおしゃれで大人びててかっこいいし、かわいいんだけど、彼氏がいたという話はあんまり聞いたことがなかった。いちおう幼稚園の頃からの付き合いなので、あたしとしては、恋愛とかしないタイプなのかなー、て思ったりはしてたんだけども。


『真希ちゃんって好きなひといないの?』

『んー? そうだなあ』

『あ、もしかして、あたし?』

『んなわけあるかい』


 真希ちゃんがぼんやりと見ている男の子がいることに気がついたのは、いつだったか。

 忘れちゃったけど、その人は三宅先輩とも仲が良い、でもあたしたちと同級生の剣道部のエースの子だった。名前は確か野島くん。それを知って、そういえば道理で真希ちゃん、あたしの好きなひとを知ってたんだなあとへんに理解できちゃったのだ。


 いけない。そんなことを考えている場合じゃない。

 あたしはあたしの問題を片付けないと。

 とにかくあたしはダイエットと運動を頑張ることを決めた。ご飯を食べなさすぎるのはダメらしいので、いつも楽しみにしていた毎日のおやつを泣く泣く週一回にした。有酸素運動が大事だと聞いたので、とにかく朝早く起きて走った。何回かころんですぐにやめたけど、あきらめたくないので動画で痩せる運動を片っ端からやってみた。


 それで、もう、怖いけど、毎日体重計に乗った。鏡も見た。相変わらずおでぶでめげそうだった。

 真希ちゃんのことは心配だったけど、結局それが一番よかったのかもしれない。第一真希ちゃんはぜんぶわかってて「行く」って言ってたから、いまさら気分が変わってどうこうというわけでもないはずだった。


 そして、むかえた当日──


 あたしは出発ギリギリまで水着から出たおなかを気にしていたけど、もうここまでやったんだからもういいや、て気持ちになってしまっていた。第一せっかくのプールなんだし、「たのしかったー」て言えればもうなんでもいいや。

 代わりに真希ちゃんも、クールでイカした水着でやってきた。真夏の空の下。アツアツの太陽の下で、スライダーとか流れるプールとか、来てよかった! とさけびたくなるくらいの山盛りの夏休みの一日!


 そんななか、あたしは三宅先輩をうまいことさそって真希ちゃんと野島くんを二人きりにする作戦をやってみた。べつにそんなずるいことを考えたつもりじゃなかったんだけど、なんか真希ちゃんがそわそわしていて、見てらんなかったんだもん。

 あたしはスライダーを並ぶふたりをよそに、三宅先輩を連れて焼きそばとか売ってる屋台に向かった。でもそこで、三宅先輩から思いもよらないことを教えられた。


「野島、あいつ三年の女子生徒と付き合ってるけど」


 えっ……


「い、いつから?」

「ちょうど二ヶ月前かな。なんか、野島の一方的なアタックだったらしいけど」


 なんで。なんで、なんで……


 なんでそんな簡単なことを確認しなかったんだろう。

 なんでそんなこともせずに自分のことばっかりにかかりきりだったんだろう。

 そして、なんで真希ちゃんに気を利かせたつもりが空回りしちゃってるんだろう。


 その後の時間は、なんだか頭がぐるぐるしちゃってて、よくわかんなくなってた。

 でも、焼きそばを持ってスライダーの出口で待っていたら、思ってたよりも深刻そうじゃなくて、野島くんと真希ちゃんが仲良くダブルで降りて来たから、いったん大丈夫なのかな、なんて思ってた。


 でもでも、やっぱりというか、ぜんぶが終わって帰ったとき、あたしは真希ちゃんの暗い顔を見るハメになったのだった。


「真希ちゃん……あの」

「ゆかり──聞いて」

「うん」

「野島、彼女いるんだって」

「うん」

「しかも、年上の」

「うん……」


 それから真希ちゃん、野島くんの彼女さんの特徴をたくさんあげて、それが自分にないことを説明してくれた。それは、さすがに中学生のあたしたちががんばってもどうにもならないようなことばかりだった。


 要するに、真希ちゃんはフラれたのだ。


「あ、あの」

「…………」

「真希ちゃん」

「…………」

「真希ちゃん、あのね、」

「……何」

「その、あの、」


 真希ちゃんの目は何も映してない。

 でも、何か言わなきゃ。


「ケーキ、食べよう。山盛りの、ケーキ!」

「……はあ?」

「だってほら、疲れたときとか、うまくいかなかったときとか、甘いもの山ほど食べれば、ちょっとは、ね?」


 真希ちゃんの目が、ちょっとだけ細くなった。にらんでるのか、そうじゃないのか。ちょっとひやっとした。けれども、何も言わないでそっかあなんて、そんなの友達としてどうかなって思う。

 だから──あたしは精いっぱい言った。


「いこうよ」

「……肥るよ」

「いいよ、もう。プールは終わったんだし。しばらくお腹はだしません」

「ふーん」


 また目が細くなる。

 でも、いつもの真希ちゃんだった。


「ゆかりのくせに、生意気だぞ」


 グーで、軽く当てられたこぶしは、痛かったけど、同時にとても優しくて、ちょっとだけ泣けちゃったのだった。

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ゆかりちゃんの恋愛大作戦! 八雲 辰毘古 @tatsu_yakumo

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