憂鬱少女、屋上にてスナイパーに出会う。

首領・アリマジュタローネ

憂鬱少女、屋上にてスナイパーに出会う。



 飛び降りてしまおうと思った。

 こんな世の中に嫌気がさしてしまったから。


 だから屋上に向かったんだけど

 そこには──狙撃手スナイパーがいた。


 ※ ※ ※



「……なにしてるんですか?」



 私がそう聞くと、スナイパーさんはビクッと震えて、ライフルから目を離し、こっちを見た。

 黒のニット帽を被った全身黒ずくめの男。

 明らかな不審者である。



「……見ればわかるだろ。仕事中だ」


「ここ学校なんですけど」


「黙れ。とっとと消えろ。集中できん」


「言われなくてもすぐ消えます」



 ガチャ、という音とともに銃口がこちらに向けられた。

 脅しのつもりだろうか。



「いいですよ、本望です。そのために来たんですし」



 両手をヒラヒラと振って、可愛らしく踊ると、男は「はぁ……」と頭を掻き、ライフルを下ろした



「……とりあえず、仕事の邪魔だから。あっち行け」


「あっち逝きます」


「あっちって、そういう意味じゃない……」



 スナイパーさんが呆れている。



「あなたのほうこそ邪魔です。一人で死なせてくれませんか」


「先にいたほうが優先だ。お前の予定はオレの予定が済んでからにしろ」


「ここは私たちの学校です。私は生徒です。外部の人よりも、内部の人間のほうが優先されるべきです」


「……お前が飛び降りたら、その音に反応して人が集まってくるだろ。そうすればオレの今回の計画が破綻したも当然だ」


「あなたが撃ってもその銃声で人が集まってくるじゃないですか」


「サイレンサー付きの銃だ。チャイムと同時に撃てばほとんど聞こえない」


「そうですか」



 レディーファーストという考え方はないようだ。



「誰か殺すんですか」


「殺す以外の目的がないとわざわざ来ない」


「誰を狙うんですか?」


「……迷惑だ、来るな」


「飛び降ります」


「はあ……わかった。誰にも言うんじゃないぞ」


「はい。墓場まで持っていきます」



 しーっと人差し指を立てられる。

 スナイパーさんを真似て、私も屋上で寝そべることにした。制服のまま、隣に並ぶ。



「……見えるか?」


「なにがです」


「事務所」



 見えない。



「あそこに政治家の事務所があるんだ。今日の12時ちょうどに選挙演説が開かれる。そこをズドン、だ」


「なるほど」



 すごく視力がいいのだろうか。

 本当に何も見えない。



「どうして殺すんですか」


「仕事だから」


「社畜ですね」


「大金を積まれたらやるしかない」


「その人は悪い人なんですか」


「さあな」



 好奇心で聞いてみたものの、大した答えは返ってこなかった。



「可哀想だと思うか?」


「別に。うつの、うまいんですか」


「当たり前だ。かつては自衛隊にも所属していたし、猟師の資格だってある」


「ふーーん」



 足をバタバタさせながら、両手を地面につき、頭を支えた。

 ここからだと何も見えないので退屈である。



 あくびをしそうになったとき、スナイパーさんが時計を見た。



「……クソっ、もう時間だというのに全然出てこないな。作戦は失敗か」


「あらら、残念ですね」


「……生徒にも見つかるし、今日は厄日だ」


「そんな憂鬱な日は死にたくなりますね」



 言えてる、とスナイパーさんは笑った。

 

 ガチャガチャとライフルを分解して、片付けに入り始めた。



「じゃ」


「もう行くんですか」


「当たり前だ。なんでお前と屋上で語り合わねばならんのだ」


「食堂ありますよ」


「さっきサンドウィッチを食った」



 片付けを終えた黒ずくめの男は立ち上がった。

 私も同じように立ち上がる。



「死ぬなら今だぞ。もうすぐ昼休み開始のチャイムが鳴る」


「詳しいですね。でも、飛び降りるのはやめます」


「なぜ」


「スナイパーになりたくなったから」


「……」



 またスナイパーさんが呆れている。

 思ったより、身長が高かった。



「私に、銃の撃ち方を教えてください」


「いやだ」


「殺したいやつがいます」


「絶対にいやだ」


「そこをなんとか」


「……ガキは勉強でもしてろ」


「いやです」


「彼氏でも作れ」


「いやです」



 スナイパーさんは無造作に生えているアゴ髭を触りながら、カバンを肩にかけた。

 そのまま、階段まで向かってゆく。



「今度はいつ来るんですか」


「二度と来るか。じゃあな」



 扉を乱暴に閉めて、階段を降りてゆく。

 振り返らなかった背中の残滓を、いつまでも追っていた。



 ×××



 屋上の縁に座る。風が気持ちいい。スカートが揺れている。足をぶらんぶらんと振る。


 やはりどれだけ目を凝らしても政治家の事務所なんて見えやしなかった。

 山々と家々が並んでいるだけ。

 やまやまといえいえー。


 階段を降りると、手洗い場があった。

 濡らした手をスカートで拭いていると、鏡越しに私と目が合った。私が、私を見つめている。


「ばぁんっ!」


 片手で銃を撃つと、彼女は笑った。

 同時に、正午のチャイムが校舎中に響いた。


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こちらは『余命3千億5千万字』

https://kakuyomu.jp/works/16818093079103844129

という短編集にも掲載しております。

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