愛が灯る

@maru_rin

第1話

 結婚したら変わるのだと思っていた。

 

 ケーニヒは家族を大切にしている、だから新しい家族となるであろう自分とも、柔らかな関係を築けるだろう、と。

 ディアナはケーニヒのことがとても好きだ。

 初めて出会った6歳の頃からずっと。

 彼の夜を染め上げた黒髪も、新緑色の瞳も、ケーニヒを象る全てのものに夢中になった。

 許嫁だと、婚約者だと知らされた時の喜びを彼は知らないだろう。自分といる時の彼はいつもどこかつまらなさそうにしていた。それでも目が合うと微笑みかけてくれるから、同じ熱量ではなくとも時分を思ってくれるのだと。

 

 ーーそれは大きな間違いだったのだが。

 

 いわゆる政略的な、家同士の結びつきを強固にするためのものだった知らされ、彼は腹違いの妹をこの上なく大事にしていた。

 

 家族を大切にしているのだと無理やり思い込み、ならば家族となれば自分も大切に思ってくれるのかもしれない、時間をかけて関係を結んでいけば、きっと、きっと。

 

 そうなればどんなにかよかっただろう。

 ケーニヒは結局のところ妹のミリアムを優先し、ディアナのことはないものとして扱った。

 いまだに夜を一緒に過ごしたことがないのに、結婚して3年になるのに子どもができないとディアナを叱責する。

 

 だって。

 だってあなたが好きなのよ。

 あなたが触れてくれないのならばどうして子どもを宿せると言うの。

 

 涙すると、これだから結婚なんてしたくなかったのだと吐き捨てられた。

 

 意味がわからなかった。

 

 彼は。

 ミリアムを大切にしている。

 それはいい、妹だ。

 しかしながら、彼女に向ける視線は熱を含んだものだと気づいた時に、思い切り吐き戻した。

 

 彼が、好きだった。

 どんなに責められても、無碍にされても、いつかは自分見てくれるかもしれない、そう思ってーー馬鹿げたことを夢見ていた。

 ので。

 

 ーーわたしは怒ってもいいんだわ。

 

 耐える必要はもうどこにもないのだ。

 

 

 

 

 

 社交界というのはとても残酷なものだ。

 自分が意識しようとしなかったが、ケーニヒとミリアムのことは盛り上がる話題となっており、自分はそんな2人に献身している滑稽な妻としてうわさされていたらしい。

 

「ようやく目が覚めてくれたのね」

 

 手をとって泣いてくれたのは幼い頃からの友人である、エリスだった。

 

「あなたは頑なになってしまっていたし、あなたのお家の方もも気づかぬふりをなさっていたし……なによりあなたの笑顔が消えてしまったのが一番心配だったのよ」

 

「エリス……本当にごめんなさい」

 

 本当に自分のことを思ってくれていたの家族ではなかったことを知り、胸は痛んだが微笑むことができた。味方がいるのはありがたい、でも、自分が今から告げることで親友を失ってしまうかもしれないが。

 

「エリス、わたし子どもを産もうと思うの」

 

「ディアナ?」

 

「夫の子どもじゃない子を宿そうと思って。

 何もしてくれないのにわたしを責めるということは、違う男の子を孕めということよね?」

 

「ーーあの男、そんなことをしていたの?」

 

「だから、良い人を紹介してもらえないかしら」

 

 エリスは一瞬唇を噛み締めるた。

 自分は淑女に相応しくないことをしようとしている。不貞をすると宣言したのだ。

 しかしながら、夫は腹違いの妹に夢中だ。

 しかも、社交界でいい話題になっている。

 そこに自分がもし妊ったらどうなるかーー後ろ指を刺されてもいい、我慢の限界だった。

 

 子どもを産めないと笑われるのはごめんだ。

 子どもがなくても仲良く過ごしている夫婦がいることも知っているが、責任を果たそうもせずに自分ばかりを責め立てる夫も家族も、それを陰で嗤っているミリアムも、すべてをぶちのめしたい。

 

 しかし、エリスに頼るのは間違ってもしれない、と「やっぱりいいわ」と口を開くより早く彼女が「直接の接点はないのだけれども」と切り出した。

 

「ルースさまをご存知? ハイアット卿」

 

「お名前なら」

 

「その……お相手を問わずにそういうことをなさっていると聞くわ」

 

 ハイアット卿は王弟という立場だ。

 閣下と呼ばれ第一騎士団を率いり、歴戦の大将としても名高い。実力主義であり、貴族以外配属を許さなかった騎士団の規約を馬鹿げていると、力があれば誰でも試験を受けるようにした改革者でもある。

 荒々しいような印象を抱かれやすいが、国の中でいちばんの紳士であるとも言われ、そして、来る者を拒まない、とも。

 何もかもが噂でしかないが、自分の夫と妹も噂になるのだ、真実もそこにあるだろう。

 

「ルースさまとわたしが?」

 

「伝手になるなら招待状を渡すわ。その……いかがわしい仮面舞踏会があるのよ」

 

「エリス、あなた!」

 

「違うわ、私じゃないの!」

 

 顔を真っ赤にする彼女が嘘をついているようには思えない。

 

「ドロレスさまよ! 叔母さま!」

 

「ああ……なるほど」

 

 エリスの叔母のドロレスは未亡人になる以前から奔放なひとであった。どういうわけかエリスを可愛がり、何かと世話を焼いてくれらしいのだが、方向性が変わっているのだと以前知らされていたのを思い出す。

 

「ねえ、どうせならしばらく私の家で過ごすといいわ」

 

「え?」

 

「辛い場所にいる必要はないわ。私も話し相手がいてくれて楽しいし」

 

「ーーありがとう」

 

 しばらくエリスの家に滞在する、と手紙を認め届けさせたが夫からの返事はなかった。

 つまりは、そういうことだ。

 

 

 

 

 

 エリスのドレスを手直ししたのだと渡されたのは、肩を出すタイプのものだった。

 白地を基調とし、ところどころを黒に近い青で染め上げ、金糸で刺繍が施され、レースの花が飾られている。

 

 こんな豪華なドレスを見ることすら久々だった。

 婚家ではミリアムにはドレスを新調していたが、ディアナに渡されるものはほとんどなかった。

 

「あなたは首が細いからきっと似合うわ。大ぶりなネックレスがいいわね」

 

 まるで着せ替え人形前にした少女のようにエリスは笑う。

 首にずしりと重いネックレスは、金と銀をふんだんに使ったものだった。ちらりと光る濃い青の宝石がアクセントとなっている。

 

「エリス、わたし」

 

「やっぱり、は無しよ。楽しむだけでもいいじゃない」

 

「ーーありがとう」

 

 ネックレスと対になっているのだというマスクは、ドロレスからとのことだった。

 彼女はエリスから話を聞いてからディアナのことを気にかけてくれ、何だったらこのまま離婚してもいいのだと言ってくれた。

 

 離婚、は正直考えてなかった。

 思考停止してしまったディアナにドロレスは「選択肢として考えてもいいのよ」と手を握ってくれた。

 2人の優しさが嬉しい。

 それと同時に、ケーニヒはどうして自分に心を許してくれないのかと悲しくなる。

 好意に好意は必ずしも返ってくるものではないのだと、ドロレスから教えてもらったが、やはり思いの分だけ返してもらいたいと願ってしまう。

 

「せめて楽しみましょう?」

 

「そうねーーええ、そうね」

 

 エリスもまた悩んだようだが、仮面舞踏会に参加することを決めた。

 多少ドレスのデザインは違うが、ディアナが白と青ならばエリスは淡い黄色と緑だった。

 髪型も同じようにアップにし、目を覆い隠すと2人で小さく微笑んだ。

 

「あなたが親友で心強いわ」

 

「私もよ」

 

 そうして始まる仮面舞踏会に胸を振るわせたのは、きっと不安だけではなかっただろう。

 

 

 

 

 

 いかがわしい、というのは雰囲気でわかる。

 甘ったるい花の匂い、香水、酒と燻る煙草。

 数えるほどしか参加しなかった「普通」の舞踏会とはまるで違う。

 溢れるほどに飾られた花は、人目を隠すためにも使われるらしく、赤くなった唇を隠そうともしない仮面の人々に圧倒された。

 

 ーーそういう意味のものだとは聞いていたけど。

 

 頬が熱くなる。

 白い結婚と言っても差し支えのない自分にとっては、かなり刺激が強すぎて、思わずエリスの手を気にってしまった。

 彼女もまた頬を赤くしていたが「大丈夫よ」と囁いてくれた。

 

 そうだ。

 たかが口付けぐらいで動揺してどうする。

 自分は、ここで相手を見つけるのだ。

 子どもを授けてもらうためにきたのだ。

 

「多分一緒じゃない方が声をかけられやすいと思うの」

 

「でも心細いわ」

 

 決意したところで、不安は別だ。

 しかしながらエリスは善意でここまで来てくれたのだし、彼女のいうことにも一理あるーーと、思う。

 

「ルースさまは遅れていらっしゃると思うわ」

 

「そうね……金髪でいらっしゃるのよね?」

 

「王家の方々はみんなそうらしいわ。ごめんなさいね、私も詳しくならないのよ」

 

「ううん、わたしだってそうだもの」

 

 高位貴族や有力者ではない限り、王族に近づくことなどない。自分やエリスはかろうじて伯爵位に属しているが、社交界に疎すぎた。

 

「ルースさまに限らなくてもいいの。良いお方がおらっしゃったらお願いするわ」

 

「ディアナ、自棄になってはいけないわ」

 

「ここに来た時点で自棄なようなものよ」

 

 そらもそうかもしれないわね、と笑って互いに背を向けた。

 ここから先は、自己責任というものだろう。

 大人なのだし、これでも人妻だ。

 そういう「遊び」を経験しても良いだろう。

 夫だって好きにしている。自分もそうするだけだ。

 

 給仕から差し出されたグラスを受け取り、壁と柱の間を通り過ぎる。悩まし気な声や触れ合うひとたちを目にして、自由なひとたちなのだと思う。

 ここにいるということは、それなりに名の知れているひともいるどろうし、自分のように取るに足らない存在もいるかもしれない。

 それでも、ここでは許されるものがあるのだ。

 

 ーーわたしも許されるのだわ。

 

 子どもを宿せないのは自分のせいではないのに。

 どうしてわたしばかりが責められなくてはならないのかしら。

 

 だから、自分がここにいるのは責任を果たせと言いながら何もしない夫と、その異母妹と、全てを知っているくせに目を背け続けている全員のせいだ。

 子を成せ、というのであればその通りにしてやる。

 

 沸々と湧いてくる怒りと不安は、全部切り捨てることにした。

 

 ーーわたしは悪くないもの。

 

 それを免罪符にするわけではいがーーいや、する。

 自分だけを責めるのだから、責めてくる彼らのいうことを聞いてやろうじゃないか、と。

 もし子どもができたら、自分は大事にする。

 それだけの覚悟があった。

 

 グラスを飲み干し、ふう、と息を吐く。

 

 ここまで来たら、もうどうにでもなれだ。

 

 給仕にグラスを戻しフロアに向かおうとした、その時だ。

 腕を掴まれたのだと気づいたのは、唇を奪われてからだった。

 

 ーーえ?

 

 唇を喰まれる。

 貪られているというのか、頬へのキスさえもなかったディアナには激しすぎた。

 く、く、喉の奥まで舐められているような感覚に感触と背筋が震え、自力で立っているのが難しい。咄嗟に相手にしがみつけば舌をさらに嬲られた。

 

「苦しい?」

 

 柔らかな、声だった。

 

 荒々しい仕草にとはかけ離れた声音に、息を漏らしながら頷く。しがみついた指が白くなっていることに気づいたのか、男がディアナの膝裏から抱き上げると、慣れた様子でフロアを出て扉の空いている部屋へ向かう。

 

 口付けの余韻に頭がぼうっとしたが、ここから先に進むには伝えなければならないことがある。

 ちゅ、ちゅ、と男が頬やこめかみに口付けを落としていく中「あの」と息も絶え絶えに言葉を紡いだ。

 

「なに?」

 

 薄茶色の髪色に、王弟閣下ではないことを知るが、そんなことはどうでも良かった。むしろ、王弟閣下の相手をするのは恐れ多いというかーー自分は選ばれないと思っていたから。

 

「どうしたの?」

 

 ディアナのなにが気に入ったのか男は今度は指先に口付けを落としながら、言葉の続きを待ってくれている。

 

「あのーーあの、わたし、初めてで」

 

「うん?」

 

「こういった場所もそうなのですけど、その……」

 

 ぎゅっと目を瞑る。

 

「わたし、したことないんです!」

 

 ヤケクソのように叫ぶと、男は一瞬言葉を失ったようにも見えた。

 画面の奥の美しい青い瞳が自分を見つめている。

 顔が真っ赤になるし、涙も浮かんできた。

 ひかれた?

 でも、このひとがいい。

 何がそう思わせるのか分からないが、自分の全てをこのひとに捧げたいーー以前までは夫に抱いていた熱情が、一気に男へと向かっていく。

 

「そう」

 

 男はそう言い、ディアナの結い上げられた髪を解いた。

 

「なら、素敵な夜にしましょう」

 

 仮面を外した男の指が顎に這わされ、青い瞳に溶かされてしまう気がした。

 

 

 

 

 

 男の指はとても器用だった。

 一見、武骨そうに思えた指はとても長く美しいものだと気づいた時には、すでに自分の中を探っていた。

 ドレスを慣れた様子で脱がされ、薄手の肌着とコルセットだけにされてしまった。手慣れていることになんとなく安堵する。これからどうされてしまうのだろうという期待と、男の言った「素敵な夜」がどんなものになるのだろう、と。

 

 丁寧に触れてくれているのだとわかる。

 先ほどの荒々しさはどこへ鳴りを潜めたのか、ディアナが怖がるようなことはせず、「あなたに触れるよ」と声をかけてくれる。

 面倒くさいのだとしたら申し訳なさ感じてしまうが、見上げる男は楽しそうでーー何がそんなに嬉しいのか分からず尋ねれば「あなたの最初の男になるのが僕なのでしょう? 良い気持ちになってもらわねば。あなたの初めてをいただけるのだから」と答えられた。

 僕、という一人称が意外だった。

 自分よりもずっとも立派な大人が「僕」、たくましい体で優しく語りかけてくれるのだから、思わずときめいた。

 

 ーー好きだわ。

 

 こんな場所で出会わなかったら、きっとこの方に恋をしたわ。

 

 でも出会った場所はいかがわしい仮面舞踏会で。

 彼もまたきっと何かしら発散したいことがあってここに来たのだろう。

 せめて彼の楽しみになれば良いのだけど。

 

 そして、あれよあれよとされているうちに、指だ。

 短く切り揃えられた爪、男性の指というものをじっくり見たことはなかったが、とても大きく、皮膚が硬いのだと知った。

 

 舐めて、と口の中に入れられた時は驚いた。

 自分の指とはまるで違う。

 指を舐めるという行為になんの意味があるのか分からないが、一生懸命舌を絡めた。

 時折、喉の奥に入っていきそうでえづいてしまいそうになるが、男が「良い子」と頬を撫でてくれるから頑張った。

 唾液がまとわりついたころ、ありがとう、と口の中から指を出させた。

 は、は、と息を炊くのが精一杯だったが、自分の唾液で揺れてらてらとした指は、それだけで何というかーー卑猥でドキドキしてしまった。

 

「足を、そう。うん、とても良い子だね」

 

 フルフルと震える足を立ててひらけば、そこに触れられた。

 

「あっ」

 

「閉じてはいけないよ」

 

「あ、あ……あ、ぅ、あ」

 

 あなたが濡らしてくれたから、とてもよく入っていく、と。

 男が耳元で囁く。

 触れていくだけだと思っていたが、戯れに敏感なところをいじられ、頭を頭を横に振りながら息も絶え絶えに「おやめになって」とシーツを握った。

 

 自分で、そこ慰めたことはある。

 夫が触れてくれたらどんな風だろう、と想像しながら。ただひたすら虚しかったが。

 それがどうだ。

 男の長く美しい指がそこをいじり、中を探っている。

 自分ではしたこともない部分抉られ、甲高い声が上がった。

 

「あなたは可愛らしいね」

 

「あ、あ、ううっ、うん、んっ」

 

 指が増やされ、抜き差しされるともうダメだった。

 ぬちぬちといういやらしい音すら興奮させる材料となり、腰が動いてしまう。

 はしたないと思うのに、やめられない。

 男といえば、ディアナの反応を楽しむように首筋から鎖骨を舐め、それからつんと立った乳首を甚振りはじめた。

 

「ひっ、ぃ、あ、あっあっ、ああっ」

 

 同時に攻められるとどうしたら良いのか分からなかった。

 片方の乳房は男の大きな手で弄られ、もう片方は舌で育てられている。

 

 気持ちいいとか、怖いとか、そう言ったものが全部ないまぜになって、足のつま先が丸まっていく。

 

「あ、あっあっ、い、あぁっ、やぁっ」

 

 目の前に星が散ったような気がした。

 乳首を吸い上げられ、指がゆっくり抜かれていく。

 その喪失感に寂しさを覚えながら、短い呼吸を繰り返した。

 

「あなたは本当に可愛らしい」

 

 鼻の上を啄まれ、男は起き上がると徐に服をはだけていく。

 急くように上着、ベスト、シャツを脱ぎ捨て、そしてもどかしそうにズボンの後前を開いていく。

 

 まだ現実味のないディアナは、男の体がたくましく、そして引き締まっているのをぼんやりと仰向けで眺めていた。

 代 大小の傷もあったが、それも男によく似合っていた。

 

「怖い?」

 

「いいえ」

 

「良かった」

 

 ふふ、と笑う男を呼ぼうとして、言葉に詰まる、

 名を尋ねてもいいものかわからない。

 だってここは、そういう出会いの仮面舞踏会だ。もうとっくに仮面は外してしまっているけど。

 

「リリと呼んで」

 

「リリ?」

 

「幼い頃、そう呼ばれていたんだ」

 

「とても可愛らしいのね」

 

 本来であれば女児につけられるものだ。

 

「僕の話は後で。あなたにもっと触らせて」

 

 立てていた足を男のーーリリの肩に足を乗せられ腰が高くなる。

 

 ーーああ、わたし、いまから抱かれるのね。

 

 怖いような逃げ出したいような、期待にあるれているような感覚の中、リリの屹立したものが目に入った。

 

 ーーえ?

 

「あの、リリ」

 

「なに?」

 

「わたし、その……それは、無理ではないかしら?」

 

「どうして? ちゃんと挿れてあげるよ?」

 

「待って、違うのーー本当にそんな大きいのに」

 

「ふふ、ありがとう。見ていてごらん、ちゃんと入るよ」

 

「え? あ、や、や、や、あ、あっ」

 

 位置を定めるように、弄ぶようにディアナの秘所を上下したと思っていたら、それはぐぷりと入ってきた。

 

「リリ、リリ、いっ、うぁっ、あっ」

 

「力抜いて、ほら、半分入った」

 

「あっ、あっ、あっ、あぅ」

 

 指どころではない。

 指は所詮指なのだ。

 比べられない大きさのものが胎のなかに潜り込んできているのだ。

 

「あっ、い、ぁ、あ、あっ、あっ」

 

「大丈夫。とても上手だよ」

 

 痛みのために内腿に力が入る。それが自然とリリを受け入れる体制となり、ぐうっと腰を押し付けられリリの恥毛が触れたのを感じた。

 

「あ……」

 

「ふ、う。ほら、入ったでしょう?」

 

 青い瞳が弧を描いている。

 キラキラと輝く色は宝石めいて、シーツを掴んでいた手をリリの首へ自然と回された。

 密着している感が強くなり安心できた。

 

「ふふ、可愛い良い子」

 

 ぱちゅ、と音がする。

 腰が引かれ、そして戻ってくる。

 いつしかそれは痛みだけではなくなった。

 苦しいのはもちろんある、浮かぶ涙に気づいたリリが短い口付けを何度も落としていく。

 舌を絡め、そして蕩けていく感覚に、うっとりとした。

 

 ふう、とリリが食いしばるような息を吐く。

 終わりが近いのだろう。

 

 ーーこのひとの子どもができたら、わたし、ぜったい大切にするわ。

 

 ちかちかとした星がまた降りてくる。

 激しく腰を使われ、ディアナは何度もリリと呼んだ。

 

「あっあ、あ、ああ、あっ」

 

 ブルブルと震える体をキツく抱きしめられ、リリが達したのを感じた。自分もまた。

 

 は、は、と震えながら降りてきたリリの口付けを受け止める。

 一度だけで満足するはずがなかった。

 

 

 

 

 

 仮面舞踏会は終わったが、リリとの逢瀬は続いた。

 子どもが欲しいんでしょう? と囁かれれば胎が疼き、拒めるはずがなかった。

 

 気づけば夫とは離縁していて、なぜかドロレスの養女となっていた。

 

 ーー何がどうなっているの?

 

 ニコニコとしたドロレスはディアナに「淑女としての振る舞い」を徹底的に教え込んできた。

 それなりにマナーは身についていると思っていたが、ドロレスが教えてくれるものは、確かに「淑女」になるもので、それを教えられたところでどうするのかと悩んでいた時だ。

 

 リリとの逢瀬で、彼が笑顔で「そろそろ宿ったと思うんだ」とディアナの薄い腹を撫でた。

 

「ここにたくさん注いだからね。医師に診てもらおう。もちろん、女医だよ」

 

「え?」

 

 そして告げられたのは、懐妊しているとのこと。

 

 ーー待って?

 

 確かに子どもは欲しかった。

 元夫への復讐したくて。

 でも、今は本当にリリの子どもが欲しいと願って。

 

 腹の中の子は、確かにリリの子どもだ。

 果たして彼はそれを喜んでくれるのか。

 

 ーーどうしよう、泣きそうだわ。

 

 歪な出会いだった。今も会ってくれているということは自分のことは憎からず思ってくれているかもしれないが、単に都合のいいものとして扱っているだけかもしれない。

 

 どうしよう。

 生みたいけど、リリに迷惑かけちゃうかもーー嫌われるかも。

 

「ディアナ?」

 

「わたし、どうしたらいいの?」

 

 リリのタウンハウスでお茶を出され、もういろいろ限界だった。次から次へと涙溢れて止まらない。

 そんな自分を膝に乗せるリリの真意がわからず、ずずっと鼻を啜った。

 

「あなたの子が生みたい」

 

「うん。産んで」

 

「でも、未婚の母では子どもがかわいそうだわ」

 

「なぜそうなるの? 僕の子でしょう?」

 

「あなたはわたしに何も言ってくれないもの!」

 

「え? ああ!」

 

 言ってなかったね、と心の底から申し訳なさそうに抱きしめてくれた。

 

「明日まで待って? ちゃんと言うよ」

 

「信じていいの?」

 

 ぎゅうっと抱きしめられたことで不安の半分はかき消された。

 

 そして、翌日。

 

「ディアナ、支度をするわよ」

 

「え?」

 

 朝起きてからが大変だった。

 風呂に入れられること3回、髪を洗われること2回、丁寧に丹念に磨き上げられたかと思うと、こんどはメイクと着付けが待っていた。

 ドロレスに妊娠したことをリリが告げていたこともあり、コルセットをつけられることはなかったことがありがたかった。

 

 結い上げられた髪にパールが散りばめられ、真珠色のドレスにもやはりパールがぬいつけられており、ネックレスとピアスまで真珠だ。

 真珠は高価なものであるから、こんなに飾られることに慣れていないと震えていると「あなたの夫となる方からの贈り物なのよ」とドロレスが笑う。

 

 ーーリリ?

 

「さあ、行きましょう」

 

 6頭立ての馬車なんて、初めて見た。

 呆然とするディアナに、ドロレスは「さぁさぁ」と急がせる、

 ちょっと待って?

 待って、本当に。

 

 ドロレスに何がどうなっているのか尋ねても、行けばわかる、としか答えてくれない。

 

「わたくしは、あなたに立派な淑女としてのマナーを教え込みましたのよ」

 

 だから、どこへ出ても大丈夫。

 

 微笑まれてしまえば、もう、どうにでもなれと言う気持ちになった。

 

 そして着いたのは、やはりというか6頭立ての馬車なんて王城にしかない。少なくとも、ディアナの知識としては。

 

 お待ちしておりましたと丁寧に迎え入れられ、案内された場所は玉座の前でないことに安心した。

 ドロレスは緊張した様子もなくあっさりとソファに座り、ディアナにも勧める。

 

 そして。

 

「ディアナ!」

 

 現れたのは。

 

「リリ?」

 

 その男は確かにリリだ。愛しているひとだ。

 しかしながら、リリは薄茶の髪をしているはずなのに、金髪をきらめかせている。

 

 ーー本当に、ちょっと待って?

 

 ディアナ、と頬に口付けを落とす男はリリだ。なのに、髪の色がちがうだけでどうしてこんなに印象がちがうのか。

 

 リリはディアナの手を取ると、そのまま片膝をつく。

 

「僕は、ラリディアス。ラリディアス・ドートリッヒ=ハイアット。ハイアット卿と呼ばれることが多いかな」

 

「ーーもう、頭がいっぱいすぎて」

 

「可愛いひと。さあ、これを捧げよう。僕と結婚してください」

 

 眩しく輝くの指輪を通され、気絶しなかったことを褒めてもらいたい。

 

「リリ」

 

「なに?」

 

「わたし、あの……何だか泣きそうよ」

 

「あなたは本当に可愛らしい。泣きすぎてはお腹の子に悪いかもしれないから、気をつけようね」

 

 手を取られ抱きしめられた。

 

 幸せになろうね、と耳元で囁かれいろいろ聞きたいことはあるし自分がどれほど頑張れるかわからないことばかりだけど。

 

 幸せになれることだけは分かった。

 

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