第1話

「……本当によろしいのですか?」

 恐らく公的機関の人間は決断を迫られる人間に、このように機械的に聞くよう教育されているのだろう。

 この問いに退けば仕事が減る。進めば狂人扱い。俺は仕事のある人間には、ちゃんと仕事をしてほしい質だった。

「ええ、お願いします」

 後悔は恐らく無かった。恐らくというのは、後悔という感情を最後に覚えたのが、もう随分昔になってしまったから、だろう。

 機械的に書類にサインをする。自らの死刑宣告書に自らサインをできる時代になったのだ。特に感慨は湧かない。

「それでは明日……」

「今日分の空きは無いものですかね?」

「え、今日、ですか?」

 役所の係員は困惑しながら、少々お待ち下さいと奥に回った。良心的類の係員だった。大方困惑しただけだろうが。

 しばらくして戻ってくると、どうやら空きがあったらしい。俺は了承した。


 まあ、その手の小説にありがち、らしいのだが、異世界転生というやつは、トラックによる衝突事故によるものが圧倒的に多いそうだ。

 この世界は人間が大いに衰退したが、それに科学技術は反比例した。つまり、量子力学だかなんだか知らんが、そのおかげで俗に言う異世界転生というやつを、同じようなやり方で再現できる、らしい。

 ちなみにここまでの事は、政府からの発表資料にあったことだ。


 白い立方体の部屋は、病院の治療室を思わせた。俺は部屋の隅に立つ。今の今まで眉唾物だと思っていたので、少々感心する。

 その反対側に、トラック……が居るはずなのだが、何故か姿が見えない。

「あの、すみません。トラックは?」

「申し訳ございません!只今調達に戸惑っていまして……」

「はあ」

 お役所仕事も大変なのだろう。とっとと転生したいのは山々だが、じたばたしても仕方がない。そのまま大人しく待つことにした。


 体感、一時間ほど待っただろうか。

「すみません、お待たせしました!」

「ああ、いえい……え?」

 一瞬目を疑ったが、それは紛う事無きトラックだった。 

 やたらと角張ったボディ、貧相なシャシー、そして何よりクラシック……いや、骨董品以上の何か。

「すみません、ご希望が『不平等な世界』でしたので、レプリカにはなりますが……」

「ああ、はあ……」

 何度前の戦争時の代物だろう。恐らく量産自動車、その黎明期の代物だと思うのだが。

 そんなことを考えていると、何やら両腕を掴まれた男が、まるで連行されるかのように部屋に入ってきた。

「い、嫌だあ!こんなの嫌だあ!」

「貴方に拒否権はありません。恨むなら罪を犯した貴方自身を恨んでください」

「ひ、人の心とかねえのかよ!」

 どうやら実際に連行されてきたらしい。ついでに犯罪者でもあるらしいが。

「貴方にはこれに乗ってもらいます」

「ま、まさか、あのおっさんを轢けって言うのか?」

「そうですが」

「ふざけやがって!俺を何だと思ってやがる!」

「無期懲役の大罪人です。やらないと評価が下がりますよ?」

「こんな刑務作業があるかよ!」

 それはこちらの台詞だ。

「あああああ!」

 元々繊細な性格だったのだろう。可哀想に発狂した。

「あああああ!」

 絶叫しながらトラックに飛び乗り、猛スピードで走らせ始めた。普通に上手い。

「あああああ!」

 さて、異世界とは如何様か。らしくもなく、ほんの少し、神に祈ることにした。

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トラックで異世界へ 猫町大五 @zack0913

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