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 既に隊長は拘束されていた。遠隔接続装置を無理矢理に開放して、クレマチスの遠隔接続を解除しようとしていたらしいが、その前に文官たちに拘束されていた。


 セクト社会のセクト軍において、武官とはサロゲート操作者を差す。人間に対して暴力を振るうような「職業」はセクト社会には存在しなかった。いかなる理由があろうとも暴力に訴えかけてはいけないというのがセクト社会だからだ。


 その点、この拘束ですらグレーゾーンだった。旧大戦以前であれば、もっとスマートに片付いたのかもしれないが。セクト社会ではそうはいかない。この対応にしたって、事後報告的な書類手続きと査問が待っているに違いない。


「どういうつもりだ、クレマチス二尉」

「私が直接説明するまで、連行しないようお願いしていたんです。協力して頂いた皆さんの責任にも関わりますし」


 組織というのは責任という糸で雁字搦めになった操り人形のようなものだ。その糸を独断で引いて人形が倒れたら指を差される。糸を引いたのが誰かの命令だと言える状況、責任を逃れられなければ周りは誰も話を聞いてくれない。


 それが出来るかできないか。少なくともセクト軍という組織で上に立つのに必要なのは、そうしたある種の蛮勇さである。

 使うべき他者の失敗の責任を取れること、己自信を賭け金として差し出せること。


「そうらしいな、だがこれは不当な逮捕だ。お前は自分のミスを誤魔化す為に……」

 隊長殿の茶番に付き合うつもりはなかった。クレマチスは小脇に抱えていた千枚ほどの書類をテーブルにぶちまける。


「やるなら、もっと上手くやるべきでしたね」

 テーブルにぶちまけられる書類の束。クレマチスは目星をつけて書類を漁り、また人手を使って調べさせた。そしてクレマチスの知り合いの文官が、その中で当たりを引いたのだ。


「貴方がボルシアと通じていた証拠ですよ。広報部間でやり取りされている、ボルシアとの定期通信便」


 建前上ではセクト同士の親交を深め、島における無駄な戦闘行為と浪費を避けるための和睦と交渉、平和的解決を目的としている定期通信便。だがこの定期通信便が生まれた本来の目的は、互いのセクトを牽制し合うための道具であり、そのように使われていたものの、これが今では大した成果を上げることは無く、互いにとってプライオリティは低くなり、とりあえず昔からの風習でやり取りだけはしているという、形骸化した書類の一つだった。


「対外的な書類の割に管理が杜撰ですから、貴方はそこに目を付けた。このページですね。存在しない戦略計画部員の提案。文章にも不自然な点が散見される。日時や通過地点といった情報が暗号文になっているんでしょう。写しは既に情報部に渡して解読を始めています。これ以前にも、四度もやり取りしているようですね」


 定期通信便は月に一度、その控えは最低五年間の保管が義務付けられている。確認は容易だった。

 

「存在しない実働部員のページが入るのは、決まって実働部が関係する話題がある時だけです。実働部が関係しているときは、全ての実働部小隊の9名の小隊長が確認しますが、実働部が関係しない定期通信便では確認するための回覧すら回って来ませんからね、触れる機会がない」


「それがどうした、その存在しない戦略計画部員の提案とやらに、私が関係しているという物証があるのか?」


「一つだけ。回覧した後は小隊長がサインすることが義務付けられています。しかしこの書類は……言っては悪いですが、重要度は低い。代理確認で済ましても良い類の書類です」


 本来は隊長が確認するべきだが、隊長が不在の際には副隊長が確認してもいいことになっている。だが実際には離席しているだけでも副隊長がサインだけして次の隊に回してしまうのが常だった。一応は対外的な書類であるため、流石に平の隊員ではマズいが。


「他の小隊は少なくとも、四度のうち一度は代理確認をしています。だからその書類については見たことも無いはずです。しかし貴方だけは必ず自分で確認していましたよね。不足だというのなら、回覧した原本に付着した指紋を調べればいい。見たことがなければ指紋も付いていないでしょう。他セクトとの内通者がいる可能性があり、こうして実際に爆撃被害を受けそうになったとなれば、軍としても本格的に調べざるを得ない」


 改竄する隙は押印確認のための回覧時のみ、四度のやりとり。その全てで自分がサインをしているというこの上ない物証。

 隊長の顔色がさっと青くなる。ポーカーフェイスは苦手のようだ。


「傍証は他にも。最初の戦闘時、前衛の実体弾ポッドには二発も火線を撃ち込んだのに誘爆しませんでした。しかし後衛の実体弾ポッドには一発だけで誘爆しました……実体弾ポッドに見せかけて、中身は装甲だったんでしょう。最初から貴方に随伴する僚機を嵌めるために仕組んでいた」


 最初から爆撃装備は後衛の二機だけだったのだ。前衛の二機はクレマチスの狙撃を引き受けるための囮、クレマチスの狙撃技能を警戒し、火線を実体弾ポッドに誘導・集中させるための戦術だ。その際に脱落した保護板と装甲板は、現在、別の哨戒機が回収に向かっている。


「囮であるMonorg部隊の前衛を私に狙わせて、四機のMonorgの狙撃で私のGeneadを撃墜する。隊長の命令を無視したうえ攻撃に失敗し、それが原因で自機は撃墜、さらに敵の爆撃を成功させて基地に被害が出れば、私の責任を追及することになるでしょう」


 クレマチスがタカ派と知っているからこそ出来たことだ。タカ派の人間が自軍基地を爆撃しようとする機体を見つけて、

コソコソと逃げるわけもない。上司である自分が明らかに不当な判断をしているなら、猶のことクレマチスは独断専行するだろうと、この隊長は予想したのだ。


 隊長にとって予想外だったのは、クレマチスの回避操作技能と、文官としての能力、そして早期に隊長の裏切りを察したことだった。


「これらの事実を説明し焦点を絞って捜査すれば、おのずと確実な証拠も出るでしょう」

 クレマチスにとってはお笑い種だった。この程度で自分を出し抜こうとしたなんて。


「どこで気づいた?」

 諦めがついたのか、隊長は嘆息する。


「貴方が即座に遠隔接続を切って報告に行った時からですよ。哨戒機では、遠隔接続を断って報告に行くこともある。ですが、私が爆撃機を攻撃しようとしているのを分かっていて、悠長に遠隔接続を切るほど肝が据わっているなら、爆撃機への攻撃に賛同するはずです。では、なぜ遠隔接続を切ったのか、狙われない確信があったからでしょう? ならボルシアと通じている可能性は高い」


 サロゲートを撃墜されたら、それなりの責任を取らされる。それはリスクとして高すぎる筈だ。だというのに敵前に自機を晒して遠隔接続を切って放置するのは、爆撃機への攻撃を避ける言動と矛盾する。クレマチスは最初から隊長の裏切りの可能性に気づいていた。


「最初から見抜かれてたのか、まぁ、そうだよな。お前は俺より優秀だ」

 自白さえ取れたら動機に興味は無いが、行きがけの駄賃だ。クレマチスは一応は付き合ってやることにした。


「クレマチス、俺は怖かったんだ。俺より有能なお前が、いずれ俺の立場を脅かす。そう思ったんだ」


 これが無能の慣れの果てかとクレマチスは哀れんだ。

「それで罠に嵌めようとして失敗したんじゃ、本末転倒でしょう」


「そうだな、だが隊長の座を下ろされたら、俺はどうなる? 俺は構わん。だが家族はどうなる? 隊長の給与が無ければ家庭も維持できん」


 器が無いと自覚している人間は、頃合を見てサッサと席を譲るべきだ。それがクレマチスの考えだった。


 だが人間はそう単純ではない。実入りのために軍人をしている人間もいる、クレマチスはハッとした。そういう人間が軍には多い、知識としては知っていた。だが実感していなかった。その為に、これだけの行動をする人もいる。


 皮肉ではなくクレマチスは感心していた。

 自分が最重要とする軍。それを蔑ろにしてでも、この人には守りたい家族があるのだと。


 隊長と自分は同じだ。家族の為か、タカ派の為か。自分が信じるモノのためにルールを破ってでも行動する。

 隊長と自分の違いは能力だ。能力がある以上、自分は目的のために、この能力を活かさなければいけない。


「最後にお前を撃とうとしたのは、まぁなんだ、自棄になってたんだ。分かってたさ。俺がお前を撃っても水掛け論になるだけ。疑われる状況は好ましくない。あとは人望の問題になる。隊長の俺より、お前の方が信頼されてる、そこの文官とかな」

 

 隊長が文官を顎でしゃくって示す。文官は表情を変えない。


「二回目の出撃……Monorg部隊の迎撃に出た以上、そこでMonorgを撃墜できずに爆撃を許せば隊長は責任を追及されるでしょうが、自分たちが失敗しても、別の小隊が撃墜してくれれば見逃される、あとは私の命令違反だけが残る。そういう算段だったわけですね」


「そんなところだ。結局、お前に見抜かれていたんだから意味は無いがな」


 島の戦争それ自体にルールはない。だがセクト軍の中にはルールがある。裏切り者は裁かれる。

 隊長がどうなるかは明白だった。

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