5

 試験を経てクレマチスは一尉に昇格、R基地第5小隊長の座を手に入れた。


 手放したものは一つだけ。貯金から少々の金。大した金額ではなかった。送り先は元隊長殿の家族。大黒柱を失って生活が苦しいはずだ。元隊長殿が戻ってくるまでの間、幾分かの足しにはなるだろう。


 自分は金が欲しいから軍人になったわけではない。そして、それを欲して軍人となり、その人がクレマチス自身の目的のために犠牲になるのなら、多少なら便宜を図ることは吝かでも無い。それでタカ派の勢力拡大が着実に進むなら安いものだ。

 今回の件、クレマチスは巻き込まれただけだが、彼がいなくなったおかげで自分は隊長になれた。なら、少しくらいは気を遣ってもいいだろう。


 あの事件を経てもクレマチス一尉のタカ派としての側面、確信犯としての面は全く変わらなかった。元隊長との確執で、自分をあまり信用していない部下も生まれてしまったが、それも仕方のないことだ。


「そういえば隊長、知っています? 第4小隊に新入りが入ったんですよ」

 事務仕事をしている最中、副隊長が話しかけてきた。若い男で彼も実入りが良いから軍に入った口だが、クレマチスのことは人としてそれなりに信用してくれていた。


「へぇ、じゃあ四番機の操作者、埋まったのね。第4小隊は頭数足りてなかったものね」

「それが養成所から出たての操作者で、女の子なんすよ、身体も小さくて隊長とは正反対」

「女性軍人なんて珍しくも無いでしょう。別に飛び級とかしたわけでもないんでしょ?」

「それが曰く付きの問題児らしいですよ、なんでも養成所時代、サロゲートを初めて操った時に、サロゲートの操作に夢中になって、遠隔操作室に何時間か取り残されてるのに気づかなかったとか」


 なんだその間抜けは、とクレマチスは呆れた。イーゼン軍の人員不足も深刻だ、と半ば本気で心配になる。


「しかも夢中になってた理由、なんだと思います?」

「さぁ?」

「空と大地が綺麗だったから、らしいですよ?」


 馬鹿馬鹿しい。クレマチスは窓から空を仰ぐ。世の中はそれほどシンプルではない。

 ハト派、タカ派、実入りのために軍人になる人間。家族の為に他のセクトと通じるほどに。


 セクト軍は島で争うだけの武官ではいられない。人の思惑の中で生き残らなければいけないのだ。

 そんなことも知らない能天気な人間でも軍人になれるらしい。どうせ碌な奴じゃないだろう。


 無駄なことを考えてもしょうがない。クレマチスは書類仕事に集中し直すことにした。

 数年後、その操作者と対峙することなど露知らず。


 青い空の下、荒廃した大地の上、己の信ずるもののための戦いに。

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