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 クレマチス二尉に対する査問はひとまず保留、爆撃機への対応が優先された。

 クレマチス二尉は白けた気分で隊長からの叱責を聞き流しながらも、表情だけは生真面目に取り繕う。


 上層部の集まりは鈍かった。平時とはいえ一機二機程度による基地爆撃は現場で対応しろ、というのが態度から如実に見て取れた。これが半世紀ほど前――サロゲートの戦争が激化していた頃なら、もっと別の対応がされていただろう。


 こうなると現場で独自に判断するしかない。それも失敗してはいけない。責任を取らされるのは下にいる人間なのだから。 


「爆撃の第一波が成功する前に、R基地から本格的な戦力を出撃させるべきだろう?」

「そんなことをして徒にカリウスを刺激して、本格的な戦闘になったらどうする? ボルシアの狙いはそれかもしれん」

「では基地が被害を受けた時は、戦略計画部はどう責任を取るつもりですか?」

「ならカリウスが出張ってきたときの責任は実働部が取ってくれるのですかね?」


 責任のなすりつけ合い。みな自分の責任によらず、自分に都合の良い流れに持っていこうと必死だった。

 各部署同士の責任問題だけでなく、その中でタカ派ハト派の意図も入り乱れ、会議は混沌の様相を呈していた。


「南のW基地に援軍を要請していますが、その前にボルシアは攻撃してくると予想されます」

 とにかく時間の勝負だった。クレマチスが後退したとき、敵も一度引いていた。再度爆撃してくるとしたら、最低でも撃墜された一機分を補充してから来るに違いない。Monorg部隊が再度出撃し、哨戒機を撃墜して基地周辺まで迫ってくるのに、どれだけの時間がかかるかは分からない。


「上層部の方では、哨戒機以外の戦力を出すことについてアレコレ議論しているらしい」

「ハト派は渋っているんだろう。現場に汚点を着せれば後々の政争で有利に立ち回れる」


 他人の失敗を誘発するために、自セクトの基地が被害を受ける事態を黙殺する。有り得ない話ではなかった。

 タカ派にとっての敵は、他セクト軍のタカ派と自セクト軍のハト派である。


「クレマチス二尉がMonorgを一機を撃墜している。爆撃能力も減しているはずだ、通常戦力の哨戒機のみで十分ではないかね?」

「再度爆撃部隊を編成し直すに決まっているだろう、そうでなければこんな会議はしていない」


 最初から議題が決まっている会議と違って、この手の会議で結論は出ない。誰かが勇み足で責任を取ると言い出さない限り、ずるずると話は引きずられて終わるだろう。もしくは話題が杞憂だった場合だ。どちらにしても時間をかけるぶんだけ無駄である。


 沈黙を破ったのは、実働部の部長だった。

「では、R基地第5小隊の三機でMonorg部隊を迎撃してもらいましょう。一個小隊規模であればカリウスも難癖をつけてこないでしょうし、R基地の隊長・副隊長は爆撃部隊の特徴を把握しています。それで問題ありませんか?」


 ここまで具体的に提案されると、他の人間は言い返さなかった。言い出しっぺの法則というが、まさにそれだった。ここで失敗すれば実働部長は相応の責任を取られることになる。クレマチスと隊長は失敗しても行動に瑕疵さえなければ、部長の命令に精一杯に従っただけ、ということで最悪の処分は避けられるだろう。


 会議が終わるとクレマチスは即座に事務手続きを始める。自機の左手首の応急補修を技術部に申請する。白兵戦ブレードは最悪なくても困らないだろうが、備えておくに越したことは無い。


 そのためには書類が必要だった。手続きと書類がなければ島は動かない。セクト軍の常識だ。

 セクト社会は武官よりも文官の方が出世する。書類を捌けない人間は上に立てない。立てたところでそれは神輿であり、使われるだけに過ぎない。

 自機左手首欠損の経緯、急に割り込み作業が発生する理由、その他諸々の記述事項を不備なく記載後、隊長、技術部員、技術部長に割り込み作業が入る旨の書類に押印してもらいに回る。


 その際、技術部員には書類の押印は事後承諾させるので、作業だけは先にやってもらうように頼む。本来は書類の押印が全て終わってから作業に取り掛かるが、それでは時間的に間に合わない。形式的に従うべきか、多少は横車を押せるか、そういう手続きの塩梅を見極めるのも必要な技能だ。


 実働部が最も仲良くすべきは、自機の面倒を見てくれる技術部だ。彼らと関係を構築しておかなければ、こういった時に融通を利かせてもらえない。


 申請と依頼を手早く済ませると、クレマチスは別の調査に乗り出した。同じ隊の人間への根回し、文官への手回し、全て一人でやってのける。

 R基地に爆撃機小隊が来たのは、それから三時間後のことである。

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