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 荒廃した赤茶色の大地は、快晴の青空の強い日差しで枯れてひび割れている。

 こんな不毛な大地を求めてセクト社会は戦争をしている、そう考えると馬鹿馬鹿しいかもしれない。

 しかしそれで保たれる平和があるのなら、セクト軍は維持されるべきだ。


 イーゼンR基地第5小隊副隊長、クレマチス二尉は生粋のタカ派思想の持ち主だった。最近の若い者は思想的な根拠が無く、ただ実入りが良いから軍人になるという者も多い。そんな中にあってクレマチス二尉は稀有な存在といえた。


 彼女は二尉というセクト軍において低い立場にありながら、既に数多の実戦を経験していた。それだけではない。文官じみた辣腕を振るい、R基地におけるタカ派の活動において邪魔になるハト派の妨害工作なども何度か経験していた。


 クレマチス二尉を端的に表すなら確信犯という言葉が的確だ。たとえ多少ルールに背くことでも平然とやる。それがタカ派の勢力拡大に通じ、タカ派の台頭と戦争の激化、そして軍拡がセクト社会の平和を保つ。それが正しいことだと考えているからだ。


 そんなクレマチス二尉は、いま僚機と共にサロゲートを走らせている。

 代理戦闘身体。島で争う唯一無二の方法。人間としての身体は大陸にある装置に寝転び、感覚共有により遠隔操作する。内在感覚、聴覚、視覚が共有され、四肢を動かし世界を見渡し、敵機がいれば戦闘を行う。


 サロゲートの技術そのものは、旧大戦以前の技術だという。だから本当の意味で「この目」でサロゲートを見たことのある人間は、今のセクト社会には一人もいない。サロゲートを通してしか、島も、他のサロゲートも見ることは出来ない。


 Genead。イーゼンが誇る第三世代サロゲートだった。背部に二基のK(キネティクル)推進装置を備えておりK巡航性能を持つ。旧世代機よりも人体類似性の高い体形、柔軟な腕部関節。そして火器の使用を前提とした設計。キネティクル火器は第二世代末期から試験が始まり、第三世代で本格化した武装だ。


 それまでのサロゲートは物理的な衝撃や、K塗覆を施した刃物で戦闘を行っており、いわゆる飛び道具は殆どなかった。


 飛び道具の登場、それもキネティクル火器は粒子の軌跡が残留射線として暫く空間に残り、それに接触するだけでもサロゲートは損傷を受ける。サロゲートの戦争の形態は代わっていた。装甲よりも脚力を。防御力より機動力を優先し、残留射線に囲まれないように逃げ切る戦い方だ。


 哨戒巡行。イーゼンR基地から発進した二機のGenead。R基地実働部第5小隊。

 後方のR51は隊長機、前衛のR52は副隊長のクレマチス機だった。本来、この運用は珍しい。サロゲート小隊は四機一個小隊編成が通常だ。そしてツーマンセル・バディ単位での運用の場合、隊長機か副隊長機を指揮官機として後衛に配置し、立場の低い人間を前衛に配するのが通常の運用だからだ。


 いま隊長と副隊長で哨戒任務に当たっている理由は、R54、つまりR基地第5小隊における一番下っ端の人間の機体が、現在技術部において修理中ということにある。

 同じGeneadでも個体ごとに多少の感覚の違いがあり、それが高い即応性を必要とする実戦の場において致命的なリスクとなる、という考えから操作者を変えて運用するべきではないと隊長は断じた。


 クレマチスとしてはヒューマンエラー防止のためにも操作者を交換し、三機を四人で操る方が各員の負担は少ないと考えたが、隊長の意見に逆らう程の必要性も感じなかった。R54の修理が終わるでの辛抱だ。


 それに哨戒任務から実戦に至ることは多くない。技術部の見積もりでは一週間程度で解決するだろうという話だった。

 なら問題ないだろう――そう思った矢先だった。


 「前方に機影有り」

 クレマチスは反射的に口にしていた。網膜の隅に映った影。荒野の先、地平線の先に芥子粒ほどの小さな影が見えた気がした。


「なんだ? R52、確認しろ」

 隊長機から音声が飛ぶ。サロゲート同士の通信方法は発生器による音声か、スタティクル線越しの音声、もしくはハンドサインの三種類で行う。敵に通信内容を悟られたくない時に発生器は使わないが、これだけ距離が離れているなら考慮する必要はない。


 こちらに敵は気づいていない。クレマチス機は比較的キネティクル濃度、K濃度の高い大気が流れている場所に身を隠すようにして主脚徐行。敵機を確認する

「ボルシアのMonorgです。一個小隊規模。ですが左腕装備が通常と違います。懸架シールドじゃない」


 Monorgはボルシアが誇る軽量狙撃機だった。右手にフォールディングロングガン、左手に懸架シールドを持つ。

 ボルシアの広い占領地域に配備できるようコストダウンを図られており、本体のコストはGeneadの三分の二程度しかない。


 通常はフォールディングロングガンによる狙撃と、懸架シールドに搭載した小型多用途弾や高機動多用途弾を一~二発程度発射し、高誘導しての精密爆撃などを行う。軽量機であるため乏しい火力を、射程距離や精密さで補う運用がなされていた。


「実体弾ポッドですね、あのサイズなら一〇発は入る。一個小隊で四〇発。明らかに基地攻撃を想定したものかと」


 Monorgの左手に装備されているのは通常の懸架シールドではなく、ボックスタイプの実体弾ポッド。懸架シールドを捨てて攻撃に徹する理由が哨戒ではないのは明らかだ。この機体は確実にイーゼンR基地を狙ってくる。


 根拠はそれだけではない。イーゼン軍であろうとボルシア軍であろうと、サロゲートを撃墜されたら、操作者は相応の責任を問われる。防御力を捨てて爆撃能力に振るというのは、手柄欲しさの作戦であれば相当な無茶の筈なのだ。そのリスクを負っている人間が退く訳もない。


 いくらなんでも、この状況なら交戦するだろうとクレマチスは踏んでいた。懸架シールドを装備せず実体弾ポッドを装備しているため、実体弾ポッドを攻撃すれば内部の多用途弾に 誘爆する可能性も高く、撃墜できる公算は高い。


 だが隊長の下した結論はクレマチスとは違っていた。

「いや、一度この情報を基地上層部に報告する。それからでも遅くない」


 クレマチスは信じられなかった。ここからR基地まで大して離れていないのだ。呑気に話し合いなどしている場合ではない。


「Monorgの主脚巡航能力を考えれば、ここで撃墜するべきです。会議を開く前にMonorgは爆撃射程圏内に入っています」


「そういうワケにはいかない。爆撃機の撃墜に失敗した場合、誰が責任を取るつもりだ」


 この無能上司は、失敗した場合に責任を追及されたくないからという理由で、基地を攻撃する機会を敵に与えるのか。


 普段から不満が無いわけではなかった。この上司は無駄を好み過ぎる。責任の所在を徹底的に気にしたがるタイプなのだ。たとえば敵セクトであるボルシアとの定期通信便。形骸化した書類であり重要性は低い。他の小隊では内容の確認を副隊長に丸投げすることも多かった。だがこの隊長は万が一を考えて、どうでもいい書類でも自分で確認しないと気が済まなかった。


 それだけなら我慢できるだろう。だがこのように、肝心の判断が必要な仕事は出来ない。責任が要求される判断の際は一度上にお伺いと確認を立てないと気が済まない。そのうえで失敗した場合は自分の責任ではないから追及を免れることが出来る……そういう人間だった。


 絶対に間違いだとは言わない。時に高度な判断は現場レベルでやってはいけないことがある。だが逆に現場で即断しなければ、会議を開く頃には手遅れ、ということだってある。他者が自分たちに銃を向けているのに、反撃していいかを確認するため悠長に書類を回すようなものだ。そんな暇は無い。

 ここにいる二人の人間の首と、R基地全て。どちらの方が重要か、クレマチスには明らかだった。


「分かりました。では私一人で対応します。失敗した場合は全て私の責任にして頂いて構いません」

「待てクレマチス二尉、上司は私だ、命令に従え。お前のやっていることは明確な命令違反だぞ」


 無能上司を放っておきクレマチス機は前進する。

 隊長機はその場で跪く。おそらく遠隔接続を切断して上層部に報告に行ったのだろう。呑気なことだ。

 ふと、違和感に囚われた。思考を巡る懸念点。何故このタイミングなのか。跪く上司の機体。脳裏で繋がり至る、一つの可能性。


 確信を得るためクレマチスは警戒して徐行。カタログスペック上の射程距離は、クレマチスが操るGeneadの主兵装・二連式ロングガンより、敵側のサロゲート・Monorgのフォールディングロングガンの方が上だ。慎重に距離を詰める必要がある。


 突然Monorgがこちらを向いた。四機全てによる狙撃がクレマチス機を襲う。


 クレマチス機は回避運動。だが距離だけは離させない。敵の方が射程は長いのだ。退いても一方的に攻撃される時間が長引くだけである。


 キネティクル火器によるサロゲートへの攻撃とは、過剰なキネティクルを与える、ということだ。

 サロゲートを構成する部品同士はスタティクルという粒子で接続されているが、キネティクルを与えることでK飽和率が増し、K飽和すると部品同士を接続するS(スタティクル)接続が負けて部品の接続が解除・分解する。火器による攻撃は、この現象を意図的に引き起こして、敵機を部品単位でバラバラにするのが狙いだ。


 キネティクル火器の火線は残留射線として空間に残り、これに触れるだけでもサロゲートはK飽和率が高まりダメージを受ける。

 よって火線と残留射線の両方を避けつつ、クレマチス機は敵部隊を射程距離圏内に収める。フォールディングロングガンは速射性の低い火器だが、四機からの攻撃は回避し切れるものではない。左手の白兵戦用ブレードを楯代わりにして凌ぐが、それも限界が来た。


 ブレード越しにK飽和を起こしたクレマチス機の左手首が飛ぶ。サロゲートに内在感覚は合っても痛覚は無い。「ここに腕がある」という感覚はあるが、腕を喪失したからといって痛みが発生するわけではない。よって問題なく戦闘を続行することが出来る。


 クレマチス機はカウンタースナイプ。二連式ロングガンによる、二発立て続けの射撃、その両方が前衛の実体弾ポッドに突き刺さる。だが誘爆しない。なんとなく事態を察しつつ、鼻で笑って後衛を狙う。


 前衛よりも離れている後衛を狙うのは困難で、通常なら有り得ない選択だ。だがクレマチスは狙撃技能が高かった。


 大気中のK濃度の低い隙間を縫うようにして火線を放つ。キネティクルの火器は大気中のキネティクルに衝突することで減衰するが、K濃度の低い場所を通過する際は減衰を抑えられる。無論、それには高い技能を必要とする。


 クレマチス機の放った二発の火線、うち一発が後衛の実体弾ポッドに突き刺さる。今度は一発で誘爆し、巻き込まれた機体の左半身を構成する部品がバラバラになる。


 やはりかと得心しつつも確信を得るため、更に前衛の実体弾ポッドに射撃を加える。

 その間にもクレマチス機を狙う火線は周囲を飛び続けるが、一機を撃墜したことで火力は減じている。クレマチスは射線を予想して残留射線に囲まれるのを回避する。


 三発目のクレマチス機の火線が前衛の実体弾ポッドに突き刺さる。ようやく火線を受けてK飽和を起こし、前衛の実体弾ポッドの保護板が弾け飛ぶ。クレマチスは中身を凝視する。中身は多用途弾ではなく装甲板だった。保護板と装甲板がその場に落ちるだけに留まり、誘爆などは一切しない。


 なるほどな、とクレマチスは思う。こういうことなら色々と納得がいく。


 クレマチス機の技能を察してか、Monorg部隊は退却の姿勢を示す。

 クレマチスは警戒待機に入るが、Monorgが転じてくる様子は無い。長居は無用だ。クレマチス機は基地に撤退する。

 敵機が基地爆撃に来るかどうか、それは賭けになるだろう。

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