(終 幕) うたかたの恋

「いやいや、源馬君の手腕には惚れ惚れしたよ」

 その日、警視総監室では、逆瀬川総監が晴れやかな笑顔で源馬剣翔を出迎えていた。

 手にした新聞には「情熱のサンバでエンディング! 雨の公園抗争情熱トリック」という大見出しと共に、カミーラに源馬が手錠をかけるシーンがバッチリと撮られていた。

「サンバではなく、タンゴなんですが、日本でのラテン音楽の認知はまだまだですね」

 源馬は照れながら、すすめられたソファーに深々と座った。

「日刊、スポニチ、サンケイ、報知、トウチュー、一紙を除く全紙で源馬様の大手柄が一面です。芸能面と社会面双方に渡る内容に各デスクも大受けでしたわ」

 広報が本業の薫子が各新聞の一面をデスクに並べて「キャッキャッ」と騒いでいる。

「聞いてなかったよ。君が呼んだんだろう」

 密かに記者と通じて呼び込んだのは、薫子の仕業に違いないと源馬は睨んでいた。

「スポーツ紙グランドスラムを逃したのは残念ですけど」

「デイリースポーツが阪神トップをするのはやむを得ないだろう」 

 記事を見ながら総監が興奮する薫子をたしなめる。

 新聞だけではなく、朝からワイドショーも昨日のショースタイルの公開現場検証のことで持ちきりだった。賛否両論あるものの、開かれた警視庁、登場人物本位でコーナーが作りやすいと概ね評判だった。

 また、総監室には大手柄を祝して、またしても贔屓筋からの胡蝶蘭やアレンジ花が次々と運び込まれていた。今回は贔屓筋だけでなく、内閣総理大臣、アルゼンチン大使、警察庁長官、日本タンゴ協会、シェラスコ普及協会などまで及び、さらに源馬の知名度が広がっていることを思わせた。


「それにしても最初フェルナンドが犯人だと言ったのは驚いたよ」

「ハハハ、まぁ彼さえ日本に来なければこの悲劇が無かったわけで、そういう意味では最大の犯人ですけどね」

「最後の大舞台で真犯人をしっかり改心させた上に、知らず知らずのうちに自白までさせてしまうなんて、全く恐れ入ったよ」

 総監は上機嫌で、とりよせた神谷町の老舗岡埜榮泉の大福を源馬にすすめた。

「いや、彼女が罪を認めるかどうか、本当のところを言うと私も一か八かの掛けでした。途中でカミーラが台本にない演技を始めた時から後は全部アドリブですよ。さすがにドキドキしました」

 源馬が額の汗を拭う芝居をする。

「源馬様はトラブルにお強いですもんね」

 薫子は過去の舞台のトラブルを思い出しニコニコしている。

「それと総監、事件があったあの日カミーラがフェルナンドと会っていたのは、イベント終了後こっそりと二人で出国するつもりだったようです。そこに伊丹が待ち伏せしていたのが運命のいたずらですね。二人が無事出国していたら、裏にあった三人の哀しい愛の物語は永遠に闇に葬られるところでした」

 感動の物語に思いを馳せる源馬。

「いいお話でしたわ。久々に私も涙が止まりませんでした」薫子がハンカチを目に当てる。

「まぁ、その場合殺人事件は起きなかったけどね。早速だが、警視総監賞を渡したいんだが、受け取ってくれるね源馬くん」

 総監は自分で用意した申請書を見せた。

「お断りします」源馬は即答した。

「なんで」意外な返事に総監は悲しそうな表情をした。

「源馬様、入庁最短新記録ですよ。追いパブの一環としてお受けなされてはいかがでしょうか? 各新聞社デスクに紙面用意させていますから」

 薫子も積極的に受賞を源馬に勧める。

 しかし、源馬は乗り気にならず。ソファから立ち上がった。

「今日はそんな気分じゃないんです。ちょっと疲れてますので、これで失礼いたします」

 そう言ってさっさと総監室を出てしまった。

「困ったわ、せっかく紙面を空けてもらっているのにどうしようかしら。お父様、芸能人のドラッグネタとかリークしてもらえませんか?」 

 薫子はちゃっかり、特ダネを記者に渡す画策をしていた。

「そんなことできるわけないだろう! いつまでもそんなんじゃ、いい旦那様は見つからないぞ!」

「そんなぁヒドイ! でも私には源馬様がいますから」

「ハッハッハッハ! 源馬剣翔。総監賞すら『気分じゃない』か、さすが大物だな」


 父娘二人が総監室で笑い合っているころ、遠く離れた世田谷区の深沢署所長室では安藤巡査に驚愕の人事が告げられていた。

「警視庁捜査一課特別捜査係を任ずる。岡本一課長がこの間の君の活躍を見て、是非にとの要請だ。光栄な話なので私の方で承諾しておいたよ」

「全く活躍出来てないんですが変な話ですね。あと、特別捜査係というのは聞いたことないんですがどういう係何ですか?」

 安藤は恐る恐る署長に聞いた。

「なんでも警視総監肝いりの部署で、係長はあの源馬警部補だそうだ。良かったな君の将来は明るいぞ」

「そんなぁ、闇しか見えませんが」

 安藤はまた胃の底から真っ黒な不安が喉まで上がってくるような気がした。


 そのころ、源馬を乗せた純白のトヨタアルファードロイヤルラウンジVIP仕様は内堀通りを走っていた。 

 源馬は額に指を添えながら見慣れた皇居の石垣を車窓から眺めていた。脳裏には退団からの慌ただしかった数日間が浮かんできた。


(果たして私がやったことは意味があったのか、多くの人に理解されるだろうか)


「源馬様どうされました? ご気分がお悪いように見受けられますが」 

 助手席に座る赤城が声をかけた。

「さすが、ファン歴の長い君たちはお見通しだね」

「深いメランコリーがハンドルから伝わってきます」

 運転する加賀も同意した。

「私は歌劇団に入って以来、二十年近く純粋なもの正しいものを追い求めてきた。ただ幾ら舞台の上で『それ』を創り出せたとしても、少しも実際の世界は良くならない。外の世界には邪悪で汚いものが溢れていることを思うと、我慢できない不快な気持ちはいつも消えることはなかった。だから法を司る警察官となり、世の中にある悪を粉々にすりつぶして、『美しいもの、正しいもの、秩序だったもの』を増やしていきたいと思ったんだ。それがたとえ儚く夢うつつのものであっても、多くの人に理解されなくても、その努力を諦めたらこの世界は光を失ってやがて闇に覆われるだけだ。そんな事をふと思うんだよ」

 源馬の心を聞いた二人のお付きは思わず目頭を熱くした。

「千パーセントその通りだと思います。源馬様の心労を見ると私たちも心が締め付けられます」 加賀が即答する。

「わたしは二億パーセント同意です。バラバラでいい加減な世界に秩序をもたらすことそれは大変なことです。一朝一夕で出来ることではありませんわ」 赤城も答える。

「ワハハハ、さすがは生粋の僕のファンだ。君たちだけでもわかってくれてうれしいよ」

「どうされます? いつものシャンソンカフェに行かれてクールダウンされますか?」

 加賀がこの後の源馬の行動を聞いた。

「今日は色々ありすぎて、もう疲れたよ。家まで頼む」

 そういうと源馬はリクライニングを深く倒し静かに目を閉じた。


                     (「歌劇警察キャリア組武闘専科」完)             

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歌劇警察キャリア組武闘専科 遊良カフカ @takehiro

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