第45話:案ずるより討つが易し⑤


 急にそんな話題を振られて、あわてて幼体の方を振り仰ぐ。相変わらずふもっふ、と鳴きながら、ご機嫌で食事にいそしんでいる巨体がいた。……心なしか、先ほどよりも大きいような。

 「ええと、崩した殿舎をばりばり食べてます。あとものすごく大きいです、隣の建物と同じくらいかな……」

 『うん、まずいな。蟲神の幼体はな、本来はしか食べないんだ。……そうだな。奏少将みなとのしょうしょう、そこにいるか?』 

 「は、はい! 何でしょう」

 『君は随分と背丈があったと思うんだが。急に伸びた時分は、とにかく腹が減って仕方がなかったんじゃないか? 食べても食べても足りない、というくらいに』

 「……え、ええ、確かにそうでした。滝口のまかないにも呆れられるほどで……お恥ずかしい」

 『いいや。若い者は大いに食べて動いてよく眠って、健やかで居てくれた方が良い。……不平不満にのみ目を向けて、負の感情をため込むばかりでは、此度の黒幕のようになりかねん』

 穏やかに諭してくれる蒼真の声が、不意に凄みを増した。相対する者が皆姿勢を正すような、条件反射で身が引き締まるような、とにかくドスの利いた冷たい声だ。

 卯京に輪をかけて自由で、何かにつけて大らかすぎると評判な陰陽頭だが、こと自分の専門分野に関しては厳しい。特に日々護っている都と、同じく守り育てている己の次世代を害されたときは。

 とにかく、彼の言いたいことはわかった。普段なら口にしないものでもどんどん食べてしまうというのは、そうでもしなければ空腹に堪えられないからだ。玄妙の背丈になぞらえるなら、確かにまずい。

 「あぃ、つまり成長期、ってことさ!? もうすぐ繭になっちゃう!?」

 『いや、元来は長命だから、育つのもゆっくりのはずなんだ。しかし現時点でその図体、とすると……、うん、辺り一帯の家邸いえやしきをあらかた食い尽くした頃、かな? 繭を掛けるのは』

 「ひ、ひえええええっ」

 《ぷきゅーっ》

 必死の形相での質問に、何でもない口調でしれっととんでもないことを言ってくれる蒼真だ。おもち改め月桃を抱きしめて青ざめる悠那が気の毒で、明璃がよしよしと背中をさすってやっていると、再び卯京の声がした。

 『――蒼真殿!! 適当なこと言って若いもんを怖がらせんでください、大人げないッ』

 『別にからかってはいないぞ。そうなる確率は高い、という予測の話だ』

 『それがいかんのです!!! ……えー、ごほん。とにかくだ、その芋虫だか毛虫だかを止めんといかん』

 「形状としては芋虫ですかね……ええっと、どうやって?」

 いつもだったら自分で考えなさい、と叱られる場面だが、さすがにこんな事態は初めてだ。迷わず訊ねたところ、今回ばかりは師匠も試したりする気はなかったと見えて、すぐに応えてくれた。

 『自然に繭になるまで待っておったらまずい。ということは、よう仕向ければいい。

 御上から許可は頂いておる、その辺の霊力が宿っていそうなものを片っ端から持ってきて喰わせてやれ。出来れば木でできたものの方が良いな、食い付きが期待できる。うまいこと羽化したら、また報せてくれ』

 「はい、やってみます! 師匠たちは」

 『うん、ちょっとな。――糸を引いとる者の居場所に心当たりがあるんで、いっちょ乗り込んでくる』

 「え゛っ」


 ぷつっ。


 最後の最後にとんでもない発言を放り投げて、鳥の式からの声が途切れる。あちらが音の送受を一旦止めたのだ。こっちから繋げられなくはないが、一度これと定めた目標に向かって動き出した卯京に水を差すのは至難の業である。もちろん悪い意味で。

 この三年ちょっとにわたる師事で、明璃は嫌というほど卯京の考え方や行動の傾向を見聞きしてきた。ほぼ声にも言葉にも出ていなかったが、間違いない。

 「~~っ、やばいです!! 師匠、ぶっちゃけ蒼真様よりも怒っちゃってますよ!?」

 「そうなの!? さっきのおっかないお兄さんよりも!?」

 「よりもです!! 師匠って何だかんだ、自分の縄張りを荒らされるの大っ嫌いだから!!

 早くここ何とかして追いつかないと、犯人のひとが跡形もなく吹っ飛んじゃうかも……!?」

 「きゃーいやー!!」

 《ぷうー!!》

 「あの、お二人とも! あまり騒いでは蟲が……!!」

 《……、ふも》

 おののく女性陣の背後で、大声が気に障ったのかこちらに向きを変えようとしている蟲神がいる。急いでなだめようとする玄妙の、さっき預かって抱えた袿の中で、もぞりと身じろぎをする気配があった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る