第44話:案ずるより討つが易し④
「……うわあ」
「う゛っ」
「あいえぇ……」
《ぷきゅー》
四者四様に呻く一同だが、表情はいずれも最大級のしかめっ面だ。その視線の先に居たものを考えれば無理もない。
今やすっかり瓦礫と化している桐蔭舎。その只中で蠢いているのは、どこからどう見ても虫だった。しかも脚や羽根があればマシだが、それすらまだない幼体――つまり地面を這って動く、芋虫の姿をしているのである。
何よりも問題だったのは、その大きさだ。以前暴走したおもちの巨大化姿が可愛らしく見えるほどで、崩れていなければ元の桐蔭舎と同じくらいの目方があった。こんなものが一体どこから湧いて出たというのか。
ばりばりばりばり……
《……ふもっふ》
「げ、鳴いたっ」
「鳴くのか、あれは……」
《きゅうう……》
自分が倒壊させた殿舎の破片を遠慮なく食べつつ、もぐもぐする合間に奇妙な声がしている。鳴く虫なんて鈴虫とかコオロギとかで十分だというのに。
対処せねばならないのは百も承知だが、どうにも気勢が削がれてしまう。ちょっとかなり困っていると、ぱたぱたと翼の鳴る音がした。見上げた空から舞い降りてくるのは、立派な冠羽に長い尾羽を持つ白い鳥、いや、鳥の姿をした式神だ。こんな見事な術を使う人は、都広しといえど限られている。
「師匠!! どうでしたか、陰陽寮の書庫っ」
『――いやあ、それがな? 目当ての書物が禁帯出だったんで、用事のついでに分かりそうな相手に直接聞いてきた。そっちはどうだった? 何か手がかりが掴めたか』
「はい!
『ようし、でかした! それじゃこっちからも情報開示と行こうか』
袿の包みを玄妙に預け、差し出した明璃の手に舞い降りて。嘴を開いた鳥から聞こえたのは、間違いなく卯京の声だ。普段通りの飄々とした調子で、調べてきたことを教えてくれる。
『今回の流れをな、どうもどこかで小耳に挟んだ覚えがあったんだが。うちの
今を遡ること数百年前。日凪を平定しつつあった皇家の祖先は、地形の点でも霊的な点でも護りの堅い場所を見つけて都を築いたのだが、その頃、ここら一帯には別の民族が住まっていた。ごく少数ながら長い歴史を持つ彼らは、
『いたって気の良い連中でな。融和を持ちかけたら快く了解してくれたんで、敬意を表して日凪の方から姫宮を嫁がせたらしい。……そこまではまあ、良かったんだが』
「えっと、何かあった、んですね? その感じだと」
『その通り。結論から言うと、
新たにやって来た勢力と、手を結んで仲良くやっていこう、と考えたのは長周辺の人々だった。しかしながら、なんで元いた自分らが譲ってやらねばならんのだ、と考えた者も当然居た。まずかったのはその反対勢力の多くが、古から独自の神を祀ってきた
『古蝶が祀っていたのは
「霊力、って……じゃああの、悠那さんが攫われたのって、まさか」
『そのまさか、で間違いなかろう。記録では嫁いだ宮はすぐ亡くなって、その直後に山枯れと飢饉、さらには疫病が都を襲ったとある。……書の方は墨で塗り潰されていたが、まあ孵ってしまったんだろうなぁ』
さらに話を聞くに、都側では陰陽師を始めとした術士達の働きあって、どうにか蟲神を下したようだ。巫覡一派は主犯が死罪、その他は
……だんだん寒気がしてきた。もしかしなくても、今回の一連の騒動と恐ろしく似ている。
「ではその、古蝶の巫覡側の子孫、となるのか。それらが黒幕だということに?」
『だろうな。状況からして、偽の書状を
『――卯京、ちょっと代われ。おれも明璃と話したい』
『は!? いや、それどころじゃありませんて!
「あれっ、蒼真様もいらっしゃるんですか!? 寮は!?」
『うんまあ、細かいことは気にするな。うちの者らは優秀だからな』
久しいな、元気だったか? なんて、師匠を押しのけて通信に割り込んだ御仁は、全くいつも通りの口調で話しかけてきた。この人も相変わらずだなぁ、なんて遠い目になりかけた明璃だったが、続いた台詞で再び我に返ることになる。
『それで、今内裏にいるんだな? もしかしなくとも大事になっていると思うが……そこに居る蟲神、どんな様子か教えてくれるか』
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