第43話:案ずるより討つが易し③


 《きゅーっっ》

 「明璃殿!? おい、大事ないか!!」

 「――はいっ、呼びましたかー!?」

 必死で呼びかけたら、思いのほかすぐに返事があった。見れば傾いた桐蔭舎の向こうから、とっとこと軽い足音を引き連れて走ってくる人影がある。水干に括り袴の男装姿は、いうまでもなく明璃だ。袿で包んだものを胸元に抱えていて、背後には同い年くらいの少女が付いて来ていた。こちらは初めて見る顔だ。

 「いやあ、日凪のお酒がよっぽど効いたらしくて。叩いてもつねってもくすぐっても全っっっっ然起きないんですよ、困りました」

 「……ああ、銀嶺殿だったか。しかし、うちの清酒がそんなにきついとは」

 「あー。あのね、瑠玖も普段は濁り酒中心だからちょっとわかるよー。あれ口当たりと香りはバツグンに良いんだけど、うっかりどんどん飲んじゃってへなへなのぷー、てこと、よくあるもんねえ」

 「へなへな……うん、確かに。ところでその、貴女は」

 「あっはい、瑠玖のひ……っごほん! えっと、姫様に仕えてる侍女さんだそうです! ご主人を探して宮中に来てて!!」

 「はいさーい、悠那ユウナでーす。どうぞよろしく~」

 玄妙の後ろに集まった人々に気付いて、大急ぎで言い直した明璃である。その横で何ごともなかったかのように自己紹介する悠那、なかなかに素晴らしい度胸をお持ちだと再確認してしまった。さすがは囚われた状態から、諦めることなく自力で脱出を試みていただけある。

 そんな妙に平和な会話の背後で、傾きがどんどんひどくなっていく殿舎があった。自重に負けた柱が折れているのか、あちこちでばきばきと凄まじい音がしている。この分では屋根そのものが落ちてくるのも時間の問題だ。

 「とにかく無事で良かった。――おもち、糸は全部切れたか?」

 《きゅ!》

 「よし、でかした! 隼元、後宮の皆を避難させてくれ! 見ての通りだ、もしかしたら桐蔭舎だけでは済まんかもしれん!!」

 「心得た!! 不要かもしれんが古瀬邸にも連絡しておく、気をつけてな!!」

 「い、いや、我々は避難するわけには……!」

 「いいから早く!!」

 何やら言いたそうにしている一応専門家たちを、有無を言わせず連行していく隼元ら滝口の面々である。この行動の速さと的確さは久々に見たな、と密かに嬉しく思っていると、

 「おもち? ……えっ、月桃サネン!?」

 《きゅっ? うきゅ!》

 「わーっやっぱり月桃さ!! 会いたかった~~~~!!!」

 《ぷっきゅ~~~!!》

 「あ、やっぱり知り合いだったんですか。おもちと悠那さん」

 「うん、そう!! はぐれてからずーっと探してた!!」

 お互いに名前を呼び合って(多分)、ひしっとしがみ付いたおもちを抱えてその場でくるくる回っている姫様だ。状況証拠的に関係者の線が濃かったが、卯京の推理は間違っていなかったらしい。しかし、本名はサネンというのか。知らなかったとはいえ、ずいぶん印象が違う呼び名を付けてしまったな、これは。

 「あの、適当な名前を付けてしまって、大変申し訳……」

 「ううん、おもちも可愛いよ! 全然関係ないわけじゃないし。瑠玖ではね、節句の鬼餅ムーチーを蒸す時には、必ず月桃の葉っぱに包むの。魔除けと防腐の効果があるから。

 それにこの子、かなり食いしん坊がちまやーだしねぇ。年々おもちみたいに丸ーくなってきてたから、間違ってはないさ~」

 《ぷ!? ぷうぷう!》

 それ言わないで!! とばかりに訴えてくるおもち、改め月桃である。ようやっと見知った相手に出会えたからだろう、今までよりもぐっと自然体になったというか、気を遣っていない感じがする。それにほっとするような、ちょっとだけ寂しいような……


 ――ごっ! がッ!! ぐしゃあっっ!!!


 「あっそうだ、忘れてた! 桐蔭舎!!」

 怖ろしい破壊音が響き渡って、うっかり感傷に浸りかけていた意識が現実に引き戻される。大急ぎで距離を取った明璃達の前に、もはや瓦礫と化した殿舎の残骸の中から、何かがのっそりと這い出してきた。

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