第32話:虎穴に入らずんば姫を得ず①



 ――呪いが発現したとき、家族は誰一人として自分を責めなかった。

 ただこの世の終わりを見たような、これ以上ないほど絶望した表情をしていて。無茶したことを叱られるよりよほど辛かったのを、今でもはっきり覚えている。

 都からひと月ほどのところにある、葛利くずりさと。ここに居を構える霧生きりゅう家は、代々術師や巫覡を生業としている。朝廷で務める陰陽寮の面々とは違って、主に名もなき平民からの依頼で動き、在野の専門家として民草を守る役目を担っているのだ。こうした家系は日凪に多く存在するが、わけても霧生の血族には優れたものが多いのだと聞いて、幼心に誇らしかったのを覚えている。

 ……その活躍の陰で、恐ろしい代償を支払うことを余儀なくされていたのだと、後になって思い知った。例えでも何でもなく、言葉どおりに身をもって。

 (だったら、今度はわたしの番だ。わたしが必ず呪いを解いて、自分と霧生の皆を助ける!!)

 そう決めてからの行動は早かった。以前から行き来があった卯京に直談判し、彼の助けを得て陰陽師として修業を始めてから、もう数年になる。元々黎安京随一、と言われる卯京の方も多忙で、なかなかまとまった時間は取れないが、それでも少しずつ実力が着いていると感じていた。

 いまだ呪いを解く術は見つかっていないけれど、いろいろな事件に携わっては走り回って。無事に解決した時に、皆が心底安堵した顔を見るたび、ここに来た意味はあるのだと思う。

 (……特に最近、玄妙さんと協力するようになってからは。何だか楽しいんだよね、うん)

 縁あって知り合った武官殿は、まだまだ半人前で年下で、ついでに都ではめずらしいだろう女性の術師である自分の意見に、きちんと耳を傾けてくれる。こうしてほしいという指示もすぐ呑み込んでくれるし、困った時や危ない時に素早く助けに入ってくれるのも有り難い。何より彼を皮切りに、おもちや八角王、さらに北の異国の神様や怪魚という面白い出逢いにも恵まれた。当人がどう思っているかは置いておくとして、感謝してもし切れないくらいだ。

 (だからもし、また玄妙さんが困っていることがあれば、力になりたい。最初に会った時、いっしょに返歌を作ったみたいに)

 まあ、彼は勇猛果敢と名高いあずま武士もののふだ。自力でどうにかできないような修羅場に巻き込まれる事態というのは、自分にはいまいち想像できないのだが……

 《ぷきゅっ》

 「ん? ああ、ごめんねおもち。ちょっと考え事してた。――よし、行こう!」

 大人しく待ってくれていた黒猪が、可愛らしく鼻を鳴らしたのを撫でてやって。準備万端整えた明璃は、威勢よく席を立った。


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