第24話:去る神は日日に疎し⑨
《ぷう!!》
「おもち、熱いだろう。お前は明璃殿のところへ」
《ぷきゅ、ぷうっ!!》
歯を食いしばって押し返しつつ気遣う玄妙に、肩にしがみ付いていたおもちがもげるほどの勢いで首を振った。気合いもろともに飛び降りると、刀に食らいついて動きの止まった魚頭目掛けて、猛然と突っ走っていく。
《きゅー!!!》
ずしゃあ――――!!
景気の良い土煙を上げて、脚に当たるヒレの間を駆け抜けた、と思った瞬間、ぐぎゃっと潰れた悲鳴が上がった。見れば魚頭、鋸歯が並ぶ大口をはくはく、としきりに動かしながらよろめいている。先ほどまでの怪力が噓のように萎びて、今にもその場にへたり込みそうだ。一体何が起こったというのか。
「え、ええ……お前、いま何やったんだ……?」
《ぷきゅっ》
いきなりすぎる展開に、思わず目を点にして訊いた玄妙に、おもちはえっへんと言わんばかりに胸を張ってみせた。人間であれば渾身のどや顔、といったところだろう。そんなやり取りをしていたら、事態はさらに大きく動きを見せた。
「――よしっ、あった!! 玄妙さん、あとの事よろしくお願いします!!」
石像のように動かなかったところから一転、快哉を叫んだ明璃が池から駆け上がってきた。懐に何か、ぼんやりと輝くものを抱えているのが分かる。それを大事に片方の袖で包んだまま、器用に懐から呪符を引き抜いて、
「『いさなとり うみやしにする やまやしにする しぬれこそ うみはしほひて やまはかれすれ』!!」
――ドッッッ!!!!
《ヴヴッ、……――――!!!》
池の水面が大きく波打ち、伸び上がって打ち寄せる。殺到する水の帯に、逃げる隙も与えられず取り囲まれて、四方から包み込まれた魚頭の断末魔が長く尾を引き――
完全に水が引いた後、ごとん、と鈍い音と共に降ってきたものがあった。駆け寄った玄妙が用心して、狩衣の袖で包んだ上で拾い上げてみると、どうやら干物のようだ。細長い姿をした魚で、頭がやたらと大きくて不格好だった。尾鰭も胸鰭も長く、口先を上にして壁などに立てかければ、立っているように見えなくもない。
「……これが、さっきの魚頭の正体、か?」
《ぷ?》
「多分そうですね……何でああなったかは、ちょっと聞いて、みない、と」
「明璃殿!?」
答えながらまずい、と思った。意識が急速に遠ざかっていくのが分かる。無茶は承知の上だったが、やっぱり相当に力を削られていたか――
《――お疲れ様。ありがとう、声を聴いてくれて》
立ったままで寝入ってしまった明璃が、顔から倒れ込みそうになったのを支えたのは玄妙、ではなかった。いつの間に現れたのか、池の側に佇んでいる人影がある。
年の頃なら二十歳を少し越えた程度の、不思議な出で立ちをした青年だ。頭を覆った布と、纏っている衣の要所に、細密な刺繍と染め模様がびっしり施されている。整った穏やかな顔立ちだが、真横に横切るように大きな傷跡が残っていた。火傷か何かなのか、そこだけ皮膚の質感が異なるのが分かる。
「い、いったいどこから!? こちらの池におわす主か何かか……!?」
《残念だけど、僕はただの居候だよ。こんなに遠くまで流れてこれるとは思わなかったけれど。
君はこの子の仲間、ということで良いかい? 出来たら、彼女のお師匠のところまで案内してほしい》
急いで話さなければいけないことがあるから。そう言い切った青年の瞳には、穏やかな声音とは裏腹に切迫した光があった。
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