第21話:去る神は日日に疎し⑥
突如ふっ、と影が差した。
えっと思ったのと、玄妙が思いきり引き寄せるのがほぼ同時。勢い余って胸に飛び込む形になった明璃の、頭のすぐ後ろでばくんっ、と大きな音がする。あわてて振り返って、
「……ひえっ」
《ぷ!?》
おもち共々、思わずそうこぼしてしまった。
黎安京は三方を山に、一方を街道と巨大な池に囲まれた場所にある。守りが堅牢なのは有り難いが、内陸の都では魚をはじめとした海産物になかなかお目にかかれない。例外は干した鰯などの青魚、これまた木切れみたいになるまで乾燥させた
だというのに今、目の前にいるのは、どう見ても生の魚だった。というか、魚の頭に人の手足を無理矢理生やしたような物体だった。瞼のないでろん、とした眼球に見つめられて、ぞわっと全身に鳥肌が立つ。特に魚が苦手ではないはずなのに。
謎の寒気に襲われる明璃の目の前で、ぬぼーっと突っ立っていた魚頭が動いた。すぐそこの路肩に生えていた、そこそこ大きな柳の幹に勢いよく齧りついたかと思うと、
ばりっ、ばきばきばきばき……!!!
そのまま咥えて引っこ抜き、あっという間にかみ砕いて呑み込んでいく。その際、口元から鋸のような鋭い歯が覗いたのも恐ろしかったが、もっと凄まじいのは背後の光景だ。
(か、壁! 塀とかお邸の壁、でっかい穴が空いてる……!!)
身動きしたおかげで露わになったのは、通りの反対側にある邸の塀と、その真ん中に空いている大穴だ。明らかに魚頭と同じくらいはある。叩いたり押したりして崩したのではないことは、その縁がギザギザになっているのを見ても間違いない。さらに嫌なことに、向こう側にある邸の壁にも、似たような穴がぽっかり空いているのが分かった。こいつ、進路上にあるものを全部食い千切って進んできたのか!?
「明璃殿、こいつもあやかしか!? 彼らは夜行性のはずでは!?」
「き、基本的にそのはずです! けど、絶対そうってわけではなくて……おもちも今、平気で外に出てるから」
《ぷきゅー!!》
ひそひそ声で必死に意見交換をしているところへ、切羽詰まったおもちの鳴き声がした。はっとして目を戻すと、柳の大半を食べ尽くして満足したのか、魚頭のあやかしがふらりと立ち上がるところだった。いつの間にか静まり返り、固唾をのんで見守っている市の人々目掛けて、意外と素早い動きで突っ込んでいこうとする。方々から至極当然の悲鳴が上がった。まずい!
「っ、待て化け物!!」
咄嗟に屈んだ玄妙が、露店の筵に広げられていた壷型の
過たず、狙った相手の後頭部(?)を直撃した瞬間砕け散り、中から白っぽい液体が飛び出した。さすがに痛かったのか、その場でふらふらして立ち止まった魚頭の周りから、独特の匂いが立ち上る。これは酒気だ、入っていたのは濁り酒だったか。
「よしっ、やった!! 大抵のやつはお酒と塩に弱いんです、玄妙さんすごいっ」
「や、足元にあったのを適当に放っただけなんだが……効いてるのか、これは」
「全然だめってことはないはずです! 現に脚? ヒレ? が止まって」
《ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!!!》
「ってきゃー!!! 怒ったあああああ!!!」
《ぷっきゅーっっ》
ほぼ行動停止していたところから一転、地鳴りのような呻き声を上げたあやかしが反転した。どんよりしてどこを見ているか分からない目が、明らかに真っ赤に染まっているのが分かる。単に攻撃された事実を把握するのに時間がかかっただけか!
こんなことになるなら、玄妙に馬を連れてきてもらうんだった。今更どうしようもないことを思うも、立ち止まっているわけにもいかない。とにかく人がいるところから遠ざけるべく、二人と一匹は決死の形相で走り出した。
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