第11話:触らぬ森に祟りなし④



 枕辺に置いてあった薬湯は、煎じ方がちょうど良くて実に美味しかった。さほど悪酔いはしていない卯京だが、心遣いと程よい水分がすぐ摂れるのは有り難い。

 「こういう細やかな気配りが出来るのが、明璃あの子のいいところだな。お前さんもそう思うだろう?」

 独り言ちながら傍らを見る。小柄な弟子でも楽に抱えられそうな、小ぶりの籠が置いてあった。柔らかい布が敷き詰められた中で、ぷうぷうと平和な寝息を立てている生きものがいる。言うまでもなく、昨夜連れ帰ったアヤカシだ。

 「しかしまあ、明璃はよくやったな。萩の異名から術を組み立てた機転は褒めてやらんと」

 秋の七草に数えられ、強い生命力を持つ萩は、魔除けとしても知られていた。さらに『伏猪ふすいとこ』、つまり猪が敷いて寝床にする、という謂れがある。

 昨晩明璃がやってのけたのは、その謂れを呪符で増幅して、猪に似た姿のアヤカシを鎮めるというものだった。言葉にすれば簡単なようだが、誰にでもできる事ではない。特に、危険が目と鼻の先に迫っているような状況では。

 「――さて、そっちはそれで良いとして。これからのことを考えねば」

 閉じた扇で反対の手をぽん、と打って、頭を切り替える。いい加減、同業者や古馴染みに『師匠馬鹿』とからかわれそうだから――では、ない。

 門の外に陣取っていた警護の者に尋ねたところ、猪は暗がりから突如現れて突っ込んできた、という証言で一致していた。ほぼ全員が負傷していたが、いずれも軽傷。報せに走ってきた武士は最初に体当たりを食らったため、受け身が取れずいっとうひどい状態だったらしい。

 しかし、猪はあくまでも壁に向かって突進しただけで、自分から人間を襲うことは一切なかったという。つまり、目的は最初から別のところにあったのだ。それは一体何なのか。

 (そもそも、だ。こやつの正体如何いかんによっては、問題があらぬ方に拡大するやもしれん)

 得意の占術を使うまでもない、確実に何がしかの異変が起こっている。そして卯京の陰陽師としての勘が正しければ、今回の騒ぎは氷山の一角でしかない。

 「……、はあ。仕方ない、客人たちに一応の説明が出来るようにしておかんとな」

 もののけやアヤカシに出くわして対処したら、合法的にサボれる――もとい、その穢れをすすぐ為に物忌みと称して引き籠れるのだが、こればっかりは致し方ない。なんせ先方も当事者だ、出来るだけ詳しい状況を知りたいだろうし。

 時間外労働はしたくないんだがなぁ、とぼやきながら、卯京は料紙と筆を取るために渋々立ち上がった。

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