第10話:触らぬ森に祟りなし③
幸い、今回拾ってきた栗たちは扱いやすい方だった。
無心で皮むきに取り組んでいる背後では、真藍が
「市で聞いたのですけれど、今年は果物全般が生り年なのですって。明璃さんのお好きな
「わあ、本当? 楽しみだなぁ。……、あれ」
嬉しい知らせに瞳を輝かせて、そこでふと疑問が浮かんだ。いったん刀子を置いて、取った皮を広げた
昨夜の宴で出くわした、黒い猪のあやかし。とっさに掛けた術がちゃんと発動したおかげで、無事眠らせることに成功した。放っておくわけにもいかないので、邸の主人に許可を得て連れ帰ってきたのが、夜も大分更けた頃のことだった。
(生り年なら、山に食べ物はたくさんあるよね? わざわざ人里に下りてくるかな)
例外はあるが、動物に似たあやかしは姿に沿った習性を持ちやすい。猪は夜に動き回ることが多いから、エサを求めて移動するの自体はおかしくない。てっきり腹を空かせて気が立っていたのだろうと思ったのだが、こうなると話が変わってくる。
(他に何か、山にいられない理由でもあったのかな? ……もうちょっとで玄妙さんまで吹っ飛ばすところだったし)
昨夜知り合った顔を思い浮かべて、改めてほっとする。あの後、卯京が怪我をした者たちをざっと診てくれたし、その上で重傷の者はいないとのことだったので、揃って胸をなで下ろしたのは記憶に新しい。
(猪さんを移動させなきゃいけなかったから、あとの事任せて出て来ちゃったんだけど、良かったのかなあ……いや、ああいうとこにお呼ばれしてるんだから、そこそこ身分のある人だろうし。今時珍しい生真面目な人みたいだし、大丈夫)
宴の席で歌を作って人にあげるなんて、貴族の子弟からしたら日常茶飯事だ。得手不得手は当然あるにしても、あそこまで真剣に返歌で悩む人はめずらしい。昨日初めて会った相手だというのに、ついつい心配と気遣いを向けてしまうのは、ひとえに玄妙の人柄の良さによるものだと思う。
(途中になっちゃったけど、ちゃんとお返事できたかなぁ。あんな状況だったし、遅くなっても文句は言われないだろうから、ゆっくり考えたら良いよね。
ああいう真面目で優しい人なら、お付き合いしてて楽しいよなぁ……)
あれこれ思う内弟子は、すっかり手が止まっている。集中して考えている時はいつもこうだが、今日はちょっと様子が違うようだ。現に眉間のしわがいつしか消えていて、代わりにご機嫌な笑みが浮かんでいるので。
微笑ましい様子をあらあら、とそっと見守っていた真藍が、しばしの後に軽く手を打った。その音でようやく我に返った明璃に、相変わらずにこにこして声をかける。
「はい、そこまで。お仕事熱心なのは良いことですけど、今日は午の刻にお客様がいらっしゃるご予定です。ご主人様と昼餉をご一緒されるそうなので」
「えっそうなの!? もーっ、師匠の予定って急に決まるんだから! お米どのくらい炊こう、何人来るかわかります!?」
「お二人だそうですよ。両方とも殿方ということなので、少し多めに用意いたしましょうか」
「はーい!」
じゃあ先に研いで水も入れて、と、釜を抱えて米を計りに行く明璃。朝からくるくると動き回る姿を、元気でよろしいことだとほのぼの見守る真藍だった。
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