第7話:文触れ合うも他生の縁⑦


 ぶわ……っ!!


 強いて言葉にするならそんなところか。灯った光は消えることなくぐんぐん大きくなり、それにつれて萩そのものが伸び始める。その場にしっかりと根を下ろし、するすると枝葉を伸ばし、枝先に次々と花を咲かせていった。まるで育っていく様子を、倍以上に時間を早めて見ているようだ。

 逃げることも忘れて見守るうち、一本の萩はあっという間に一叢ほどの大きさになった。相変わらずきらきらと輝きながら、繊細な花枝が四方から猪に枝垂れかかる。いきなりのことにあちらも驚いているのか、足を止めてきょろきょろと周りを見渡していた。図体に似合わず可愛らしい仕草だな、と、場違いなことを思ったとき、

 「――おお、なかなか上手く行ったなぁ。大分板に付いとるじゃないか」

 「あっ師匠! 持たせてもらった呪符を使いました、何とか足止めくらいは出来たと思いますっ」

 「うんうん、お手柄だぞ。……さて、そちらもご苦労だったな。大分男前になっとるが、大丈夫か? 玄妙くろたえ殿」

 「……え? ああ、いや、何とか」

 「えっ、お知り合いなんですか!?」

 「まあ、それなりにな。以前世話になったことがあって……古瀬殿のお弟子だったか、どうりで落ち着いているわけだ」

 一体いつからいたのやら、突如母屋の暗がりから現れた卯京に明璃が飛びついた。ほぼ同時に、実は顔見知りだったらしい二人の会話に仰天して、それぞれの間で忙しく視線を行き来させる。何となく先程の猪を思わせる仕草に、気絶した武士ともども土だらけの青年、改め玄妙は思わず苦笑してしまった。

 一方のお師匠はといえば、まるで全てを把握していたかのように落ち着き払っている。どころか、ちょっとばかり楽しそうだ。光る萩に囲まれてふごふご、としきりに鼻を鳴らしている猪を眺めていたが、すぐにうなずいて軽く請け合う。

 「この分なら問題なかろう。先程に比べれば大分落ち着いておるし」

 「? このまま放っておくんですか? お邸のひとに迷惑なんじゃ」

 「はは、そこまで時間はかからんよ。……ほら、言っておる間に」

 《……、くあぁ》

 閉じた扇でそっと示した先で、ふいに猪があくびを漏らした。爛々としていた瞳から光が消えた、と思ったとたん、萩の枝葉を下敷きにしてぼふんと横倒しになる。そのまま実に平和ないびきを立てて眠り始めた巨体から、徐々に煙のようなものが漂い始めた。

 夜闇に紛れて見にくいが、黒っぽく濁った色合いをしているのが分かる。それが立ち上るにつれて、猪の身体が徐々に小さくなっていくのが分かった。そして、

 「……わあ、すっかり小さくなりましたねぇ」

 「随分と要らんものを溜め込んでおったようだな。術の効果であらかた抜けたようだし、このまま連れて帰って様子を見るとしよう」

 「はあーい。ちょっとごめんね、よいしょっと」

 完全に煙が消えたところで、師匠の言を受けた明璃がきざはしを降りてきた。丸くなって眠っている猪――今やすっかり縮んで、瓜坊どころか蹴鞠に使う毬くらいの大きさになっているのをひょい、と抱え上げる。その拍子にもぞもぞ動いたが、起きる気配はなかった。大分深く寝入っているな、これは。

 「可愛いなぁ……お兄さ、じゃなくて玄妙さん。怪我はなかったですか? 簡単だけど手当てしますよ」

 「地面で擦った程度だ、大したことはないさ。俺こそ助けてもらってばかりだったな、礼を言う」

 「いえいえ、そんなことは……あっ、そうだ!」

 「うん?」

 しきりに謙遜していた明璃が、何ごとか思い付いた顔になった。首を傾げる玄妙を手招きするので、言われるがままに寄っていくと、耳元でひっそり打ち明けられる。

 「あの、わたしの名前を言ってなかったので。明璃と言います、師匠のところで内弟子をしています。どうぞよしなに」

 「ああ、こちらこそ。良い名だ…………って、え!?」

 それはもう、ものの見事に声がひっくり返った。本日一番の驚きぶりで、こちらを見て口をぱくぱくさせている玄妙に、明璃は声を立てて軽やかに笑った。


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