第5話:文触れ合うも他生の縁⑤


 師である卯京の邸には、陰陽師としての名声を聞き及んだ貴族たちがひっきりなしに訪れる。その相談事の大半は、人間関係のもつれに端を発している。

 中でも多いのが色恋沙汰――前の恋人や奥方が、嫉妬の末に生き霊を飛ばしていたり、はたまた浮気相手に呪詛をかけていたりという、どろどろに煮詰まった愛憎劇だったりする。悪いのは八割方男性側じゃないか、よそでやってくれ! と、見聞きする方としては思ってしまう。

 だからこうして、真剣に相手を心配できるひとに出会うと、心が洗われるようだ。なんだかほっこりした気持ちになって、自然と明璃の表情がゆるんだ。

 「じゃあ、お返事は早いほうが良いですね。せっかくだし、頂いたものに引っかけた歌にしましょう! 月とか萩とか」

 「……え、手伝ってくれるのか?」

 「はい、乗りかかった船って言いますし! 梨もいっぱい食べて下さいねー」

 「ありがたい……!!」

 恩に着る! と、床にあぐらをかいた状態で目いっぱい頭を下げてくる青年だ。そんな仕草にも人柄の良さが垣間見えて、明璃はもう一度心からにっこりした。



 ――いろいろ細工をして同行させた弟子が、梨を抱えて奥に引っ込んでいったのは、宴もたけなわの頃だった。お偉方の会話に適当な相づちを打ちながら、目の端でそちらを見やった卯京がくすりとする。

 (お、また世話焼きを発揮しとるな。連れ出してきて正解だった)

 古瀬こせの卯京うきょうは陰陽師だ。自慢ではないが当代随一、と言われて久しい己の元には、自力で解決することが難しい悩みを抱えた人々が訪れてくる。つい今し方、文机の前でへたっていた若い公達もそのひとりだ。

 (彼の場合、いますぐ根本的な解決にはならんだろうが。……人のご縁は一人先にあり、と言うからな)

 人間同士の諍いが原因で起こる悲劇は数多ある。切り抜けるのに必要なのは、これもまた人同士の繋がりだ。卯京がかの人に示した解決策もまた、そのための布石となるものだった。あとは本人がどうしたいか、どれほど力を注げるかに掛かっている。

 (上手くいくに決まっている、と言ってやれたら良いんだがな。何せ不確定要素が多すぎる)

 本人にはさっぱり自覚がないものの、わりとさんざん苦労して来ている性質だ。余計なお世話というのは分かっている、ただ今後に幸多かれと祈るくらいは許されたい。ことに、自分の可愛い弟子が関わっていくだろうことであれば。

 つい埒もないことを考えて、扇の陰でそっと息をつく。自分らしくもない、月が美しい季節は感傷的になるというし、そのせいか。……いや、単に巻き込まれている会話が楽しくないだけだな、うん。

 いい加減解放してもらうべく、こっそり人払いの呪を唱えようとして、


 ――どん!!


 唐突に降って湧いた轟音に、庭の池に映る月影が震えた。




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