第3話:文触れ合うも他生の縁③
こうした貴族の邸は、多くが寝殿造りと呼ばれるものだ。通路である簀子から母屋まで、扉や壁を設けず一続きになっている。その間を
その、いちばん通路側にある一角。俗に
「どうしたもんか……」
灯明の光に照らされて、ずいぶんと難しい顔つきで呻吟しているのは、まだ若い男性だ。
(……
さすがに内容までは読み取れないが、文机に広げられた料紙が見える。具合が悪いわけではなさそうでほっとしていると、ふいに巨大なため息が聞こえた。吐いたのはもちろん、くだんの青年だ。
「どうすんだ俺、早々に手札が尽きたぞ……遅い上に下手って最悪だろ……くっそうこれだから雅やかなのはダメだとあれほど……!」
がっくりと肩を落として、ついでにぐんにゃりと猫背になって脱力しつつ、漏れ聞こえてきたのは実に情けない声だった。先程までは話しかけるのもためらわれるほど険しい表情だっただけに、その落差が大変おかしい。というか、実際に思わず吹き出してしまった。
突然聞こえた声に、青年が勢いよく振り返った。彼が目を丸くしているのを見て、再び笑いの発作が起きそうになるがぐっとこらえる。面と向かってやるのはさすがに失礼だ。たとえそれが微笑ましいとか、この人真面目だなぁという好ましい気持ちから出たものであっても。
「……ごほん。すみません、失礼しました。唸り声が聞こえたので、ご気分が優れないのかと思いまして」
「え、そんなに大きかったか!? こちらこそ驚かせて申し訳ない! その、こちらの邸に仕える方だろうか」
「いえ、とんでもない。わたしもお呼ばれしている身です。もっと正確に言うと、その付き添いなんですけど」
良かった、どうやら気に障ってはいないらしい。逆に気遣って謝ってくる辺りに人柄の良さを感じて、明璃はさらに笑みを深くした。そうだ、と思いついて通路を取って返し、置いてあった
「はい、これどうぞ。お酒飲むとのどが乾きますよね」
「良いのか? 君がもらったものだろう」
「さすがに全部は食べきれませんから。どうしようかなって思ってたので、手伝っていただけると嬉しいです」
「……じゃあ、遠慮なく」
重ねて勧めると、ようやく持っていた筆を置いてくれた。山盛りの梨を口にして『ん、美味い』と目を細めているので、やっぱり水が入り用だったのだろう。果実なら糖分も同時に摂れるから、悩んで考え疲れしたときにはちょうどいい。
ほっとして見守る明璃の前、灯明が照らす文机の上には、相変わらず広げられた紙がある。特に読もうという気はなかったが、そこだけ光が灯っているのでどうしても目が行ってしまう。
書かれているのはどうやら、文章ではなく歌。ついでに、その内容は――
「……、あの、お兄さん。これもしかして恋文? とか」
ついつい言及してしまった明璃の言葉に、青年が思いっきりむせ返った。
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