第1話:文触れ合うも他生の縁①
どうぞ、と差し出された枝には、満開に咲く花とよく似た色合いの料紙が結わえてあった。
(……またか)
心の内だけでつぶやいて、密かに息をついた。もちろんため息である。控え目に吸い込んだ夜気に、秋を彩る草花の香を感じつつ首を垂れる。
「拝領いたします。しばしの暇を」
陰になっている御簾の向こうで、渡してきた相手がほっとした様子でうなずいた。花を散らさないように受け取り、静かに踵を返してその場から下がる。
(つくづく難儀だな、要らん文を押し付けられるというのは……)
こういうのは、自分の得意な分野ではないというのに。
「――まああ、可愛い! 浅葱の
「坊や、こっちにいらっしゃい。ようく熟れた梨があってよ」
「
「え、えーっと、その」
御簾やら几帳やらが並んだ向こう側から、しきりに華やかな声がかかる。それと同時進行で、さっきまで空だった両手にどんどん菓子の類を盛られてしまい、構われている方は必死で表情を取り繕った。全力でご好意からやってくれているのが分かるだけに、非常に居たたまれない。
まあ、あれだ。こういう夜の宴は大人の社交場なので、若い――というか、まだ幼いものが混ざっていればそれだけで目立つのだ。それこそ今、水干に
「あ、ありがとう、ございます……」
「あらあら、まあ」
「緊張なさってるのも可愛いわぁ」
どうにか笑みに見えなくもないものをひねり出して、そそくさとその場を去る。不躾だったかと若干不安になったが、背中を追いかけてきた声はどれも好意的なままだった。良かったような悪かったような。
「おや、また女房方から貰い物か? 隅に置けんなぁ」
「ほっといてください~……」
「ははは、まあそういじけるな。こうした場で顔を売っておいて損はない、どこでどんな縁がつながるかわからんぞ? あとあと役に立つかもしれん」
「……うう、精進します」
両手いっぱいに土産を持たされて引き上げてきた連れを、保護者はからかい半分にねぎらってくれた。早くも酒盃をいただいており、平時よりもご機嫌な様子だ。不要かとは思ったが、
「
「分かっておるとも、お前さんの作るのは絶品だからなぁ。陰陽師としての務めもある、適度に済ませるさ」
「なら良いんですけど……」
「――でだ、そっちも油断はせんようにな。その格好と呪符の効果でまずバレんとは思うが、目端の利く奴がいないとも限らん。
出来るな?
「はあい。了解です」
広げた扇の陰で告げてきた内容に、言われた方はこっくりうなずいた。素直でよろしい、と破顔した卯京が、頭を撫でてくるのがくすぐったい。少々面白がりで過保護なところはあるが、これで面倒見の良い御仁なのである。
(そうじゃなきゃ、わたしみたいなめんどくさい弟子は取ってくれなかっただろうなぁ)
――
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