プラネタリウムを盗まれても。

豆ははこ

盗まれたけれど、でも。

「解説の声、すっごいイケボ!」

「ね。小さいけど、意外といいんだよ、このプラネタリウム」


 明らかに、デートのお邪魔。

 ドラマの悪役みたいに、二人の前に立つ。

「楽しめたみたいで、なにより。解説を褒めてくれるなんて、嬉しい」

 あたしと別れたあとでなら、いいお客様になってもらえたのにな。


「……え」

 一応、付き合ってるはずの男。

 隣には、投影終了で明るくなったプラネタリウムみたいにきらきらなワンピース姿の子。

 

「今日はここ、プラネタリウムだから会えないよってメッセージ、入れてたけど? 既読付いてるのにね。それよりさ、このプラネタリウムだけは盗まないで、って言ったよね? 一人で来るのはいいけど、誰かを連れてくるのはやめてって。付き合ってくださいって言うから付き合ったけど、もうおしまい、さよなら。次からはどうぞ、ご自由に」


 メッセージアプリのブロック、メアドやら何やら、抹消。

 我ながら、なかなかの早業。


「ちょっと待って。このとは、デートしかしてないから! これくらいで連絡先消すとか、別れるとか、あり得なくない?」

「デートしか、って! 彼女とはもう別れたからって言ってたくせに!」


 修羅場でもなんでも、どうぞご自由に、ただし、ここからは出てね、と言わずに済むのは楽でいい。

 自分で言うのも……だけど、あたしは見た目はいいほう。だから、それなりに自分に自信がある奴が声を掛けてくることが多い。

 だから、あいつもプラネタリウムから出て、人目に付かないところで修羅場を展開してくれるのだろう。


 付き合ってほしいと言われて、あたしがすることは、一つだけ。

 プラネタリウムに連れてきて、一緒に星を観る。

 楽しく星を観られたら、お付き合い。観られなかったら、何も始まらない。


 お付き合いをすることになったら、あたしが守ってほしいことを伝える。


 このプラネタリウムを、盗まないで。

 それだけ。そう、一つだけ。


 一人で観に来るのは、かまわない。ただ、誰かとなら、あたしと来て。

 それだけなのに、かなえてくれた人はまだいない。


 そんなこと、簡単だよ。

 決まってそう言うのに。


「相変わらずだねえ」

 売店から、解説と同じ、素敵な声が聞こえてきた。


「すみません、征爾せいじさん。他のお客様は退出されてますので」

「大丈夫。私が連絡したこともあるじゃないか。彼氏がほかの女の子と来てるよ、って。ああ、ごめん、元彼だ。君は、私たちの孫みたいなものだからね」

「ありがとうございます」

 征爾さん、祖父の親友。

 50歳差の、あたしの初恋の人。


 奥様と、祖父母と。四人で始めたこの小さなプラネタリウム。

 征爾さんたちの宝物。

 あたしにとっても、大切な場所。



「三人が空からみててくれてるからね。まだまだこっちにいなきゃ」

 三人目のお星さま、奥様の葬儀のあと、休館していたプラネタリウムを再開したその日の征爾さん。

 涙の乾いた目尻と、声。泣きたくなるくらいに、素敵だった。



「次のプログラム、妻が大好きなやつなんだよ。観ていく?」

「ありがとうございます」


 奥様はお星さま。征爾さんの永遠。

 お星さまに、かなうわけがない。

 だから、あたしの恋は、かなわない。



彼氏たちにこのプラネタリウムを大切にしてほしいって条件を出すくらいに、祖父のことがお好きなんですよね」

 この子は、征爾さんのお孫さん。

 有名私立小学校の制服と、指定鞄。

 星みたいにきらきらした目の、美少年。

 元、っていうところに圧があるのが不思議。

 割と顔なじみ。友達、って言えなくもないかも。


「征……おじい様には、ばれてないよね」

「ご安心ください。祖父は、おばあちゃん命ですから」

「嬉しいけど、ちょっと……辛いかな」

「賛同はいたしかねます」

「あ、ごめん。よく分からないよね」

「いいえ、分かります。祖父は素敵な大人の男性ですが、僕には将来性があります。ですから、僕に、あなたを一生、大切にさせてください」


 あれ。

 ……まさか。


 告白、されてるの?

「あ……わたし、27歳ですよ?」

「失礼をいたしました。江島征爾えじませいじの孫で、江島えじま征一郎せいいちろうと申します。先月、12歳になりました」


「幼稚園の時に君に一目惚れしてね。君のその、このプラネタリウムへの思いを真似て、誰も誘わずに一人で来てるの。なかなか健気なんだよ」

「小学校の郊外学習は、ご容赦ください。クラスの誰に誘われても、案内はしますけれど、一緒には観ていませんので」

 征爾さんの、援護射撃だ。


「年齢差とか、最初から分かってるんだから、気にしないでやって? ちなみにこの子の両親も了承済だよ」


「本気ですよ?」

 分かってる。あたしの、征爾さんへの気持ちも、本気だった。


「……このプラネタリウムについてだけは、重い女の自覚あるんだけど」

「むしろ、かわいらしいくらいです」


 困ったな、とは思うのに。


 どうしよう。


 あたしは何故か、想像してしまっている。 

 盗まれた、プラネタリウム。

 

 いつか、この子……じゃない、この人が、盗み返してくれるのかも知れないな、なんて、ね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

プラネタリウムを盗まれても。 豆ははこ @mahako

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ