ケ・セラ・セラ
桜百合
ケ・セラ・セラ
その夢はとても壮大で、私には彼女がいた。
でもその彼女は何故か妊娠していて
「誰の子?」
そう訪ねたところ、走って逃げてしまった。
私は慌てて彼女を追いかけたのだけど、どうにも見失ってしまったみたいだ。
この学校の地図は頭に入っている。
渡り廊下から校内に入り、突き当りを右に曲がると理科室があるんだ。
私は理科室に着いた。
窓には暗幕がかかっており、中の様子を確認することは出来ない。
それなのに、扉の向こうから何者かの気配を感じた。
私はバトル漫画の主人公だ。
彼女はこの中に逃げたに違いない
そう確信を持った。
私はそれを裏付けるかのような勢いで、思いっきり扉を引いた。
「はァ?!」
結論から言うと、そこに彼女はいなかった。
代わりと言ってはなんだけだ、そこには左足を切り落とされたモ○スターズ・○ンクのサ○ーがいた。
私は目を疑った。
私はサリ○が大好きなのだ。
こうしちゃいられない。
私は苦悶の表情を浮かべる○リーへ駆け寄った。
「一緒に写真撮ってくれませんか!?」
ハイチーズ。
満面の笑みの私と、苦笑いのサリ○が写真フォルダに加わった。
私は工場のアルバイトになった。
バイト先は、アイスクリームの製造工場。
そのアイスクリームはただ今モン○ターズ・イン○とコラボ中。
工場ではサ○ーの左足が何本もベルトコンベアを流れていた。
私はその内の一本を手に取った。
「これ食べてもいいんですか?」
足元に転がるオリコンに語りかけた。
「いいよ!」
オリコンは言った。
私はサリ○の左足をつまみにウィスキーを飲んだ。
勿論ストレートで。
これがなかなかいけた。
○リーの左足は、軽く炙ることでとろみが増すようで、とろとろだった。
チョコレートにディップするのも悪くはないけど、甘さがくどくなるなぁと思った。
サリ○の左足には種類がたくさんあって、私はソーダとチョコミントが気に入った。
早く発売されないかなと思った。
どれほど飲んだだろう。
いつの間にか、私は野球場にいた。
いや、野球場に行った記憶なんて私にはないんだけど、なんとなくここは野球場だと思ったんだ。
だって、夏にテレビでよく見る野球場と似ていたし、薄暗い通路で私はメガホンを持ったポニテの女の子とキスをしていたから。
じくじくと痛む日差しに焼かれた肌が、ゆっくりと冷やされていくのを感じた。
私は大学生になった。
この子は私のことを知っているふうだったので
「あなたは私のことを知っていますか?」
そう聞いてみた。
すると、
「知ってるよ。
今日も知ってるよ」
そう返ってきた。
夏がもうすぐ終わると感じた。
私は中学生になった。
春が来た。
中庭の池を泳ぐ鯉が木に生っていたのだけど、まだ小さいと思った。
綺麗な先生が
「知りたいの?」
そう声をかけてきた。
あぁ、帰るのか。
そう思った。
春の手すりは氷より冷たかった。
小学生になった私は、様式美として茹だるような暑さに苛立ちを覚えようとしていたのだけど、寒いまま。
一向に寒いまま。
「体温って移せないんだっけ?」
「知らない」
「なんで?可哀想だよ」
「可哀想だよ。
でも仕方ないの」
「「ママはもう、寒いままなんだよ」」
私は夢を見ていた。
教室の天井が視界いっぱいに広がるなか、そんなことを思いながら身体を起こした。
私は高校生になった。
今日は快晴だ。
春の陽気が、優しく肌に溶けていくのを感じた。
チャイムが鳴る。
耳鳴りだ。
相変わらず埃は凄いけど、この教室が私は好きだった。
ダンボールに太いマジックで書かれた文字が褪せてるのとか、
窓から差し込む陽を受けて煌々とする埃とか、
少し動いただけで舞う埃とか、
そうゆうのが特に好きだった。
当時の私は「ケ・セラ・セラ」という言葉が大好きだった。
意味は「なるようになる」だったかな。
「なるようになれ」って思って使ってた。
そんな自分が大好きだった。
今思うと、
褪せた文字も、
埃も、
ケ・セラ・セラも、
大して好きではなかった気がする。
でも、私が、そうゆうのを好きな私が好きだったから、そうゆうものが好きだった気がした。
私は酷い人なのかな。
何者かになりたかったとは思うんだけど、酷い人にはなりたくないな。
最高な人になりたかったな。
最低な人はどんな人かな。
彼女かな。
ケ・セラ・セラ。
社会人になった私は、今日も配達をしていた。
中身は知らない。深夜の小包。
片手で持ち運べるんだ。
バイクの免許なんていつ取ったっけ。
でも大人だし、持ってても変じゃないよね。
今日は環状七号。環七。
荻窪から中野に行って、新宿を歩くよ。
多摩の山のゴール。
紅葉を見る。
彼女はまだ、見つからない。
私は教師になった。
女の子が鯉の成る木を見つめていた。
その子は池に落ちようとしていた。
鯉はお前だ。
私はその子に
「死にたいの?」
と聞いた。
笑って頷いたその子は、校舎の中に戻っていったが、戻ってこなかった。
彼女はまだ、見つからない。
私は丸ノ内のかっこいい人になっていた。
かっこいい人には憧れがないから、可愛くなりたかった。
私は私がわからなくなった。
スーツを着ていた。
スカートではなくパンツだった。
冬だからコートも着ていた。
マフラーは風に飛ばされた。
私だった。
高いところから街を見下ろすと、くじらが空を泳いでいた。
私だった。
オフィスを窓から覗いてみた。
誰もいなかった。
私は私が私じゃなくなっていくと思ったけど、私だった。
私は彼女になりたかった。
夕暮れに滲む。暮れなずむ。
朝じゃなかったんだなと思った。
雨上がりの横浜に、くじらは沈んでいった。
マフラーは私の首に巻かれていた。
彼女はまだ、見つからない。
色々なところを旅した。
最初こそサ○ーが出てきたけど、愉快なものはそれっきりだった。
今でも私の写真フォルダには、満面の笑みの私と、苦笑いのサリ○が残っている。
彼女はまだ、見つからない。
私は涙で何も見えなくなっていた。
正確には、何かは見えているけど、涙でかすむから、それが何かを認識できなくなっていた。
つまり、何も見えなくなっていた。
ヒールのせいで靴擦れが酷くなっていた。
涙が沁みて痛かった。
袖で目元をぬぐうと、涙はなくなった。
私は理解した。
私は、幸せの青い鳥のことを思い出した。
あれの結末は、確か……
私は高校生になった。
私の学校は、校長がアニヲタだったから、屋上への出入りが自由だった。
もしかしたらと思いノブを捻って外へ出た。
しかしやはり、誰もいなかった。
私は彼女を見つけないといけないのに。
頭の引き出しを次々と開けていく。
体育館、
校舎裏、
中庭、
部室、
トイレ、
下駄箱
荻窪、
中野、
新宿、
多摩
私はどこで何をしていたのだろう。
私は大学生になった。
ポニテの女の子が、薄暗い通路に一人で立っていた。
私たちはキスをした。
貪るようなキスだった。
それ以外のコミュニケーションを失ってしまったかのように、一心不乱に互いの舌を絡め合った。
どちらも、何かを確かめているようだった。
違った。
彼女だけど、彼女じゃなかった。
何も無い。
もうそろそろお手上げだ。
私は膝から出血していたことに気づいた。
いつの間にか擦りむいていたらしい。
彼女じゃない彼女がそれを舐めてくれた。
でも彼女じゃないなら違うと思った。
彼女は彼女のことを知っているふうだったので
「あなたは彼女のことを知っていますか?」
そう聞いてみた。
すると
「知ってるよ。
今日も知ってるよ。
でも は知らないよ」
そう返ってきた。
良く聞こえなかった。
思わせぶりな人だなと思った。
彼女じゃないならいいやと思った。
私は彼女とキスをした。
彼女じゃないけどキスをした。
ふいに彼女の顔が溶けた。
アイスクリームだったので、私はウィスキーを飲んだ。
勿論ストレートで。
私は泣いていた。
この涙に意味はあるのかと思った。
でも、意味のある涙が何かは、私にはわからなかった。
酷く鬱々と、
鬱屈と、
憂鬱。
顔を上げる気になれないな。
だって彼女は、
彼女は……
私 なにしてたんだっけ。
……ああ 、 。
ああ、そうだ。
そうだ。走らなきゃ。
構成:私
脚本:私
演出:私
撮影:私
編集:私
監督:私
キャスト:私
主演:私
エンドロールは全て私だった。
いつだってそう。
ここには私ひとりしかいないんだ。
私が「ない」って言ったら、全て「ない」んだ。
校舎は燃えていた。
タイムリミットが近いんだろう。
私も、いつまでもここにいる訳にはいかない。
「行こう」
とても長くて、とても短い記憶。
そんな遠回りだった。
私は、理科室へ向かって走った。
火の手が回り始めた理科室には、もうサ○ーはいなかった。
代わりと言ってはなんだけど、机に寄り掛かってこっちを見ている彼女がいた。
私にとっては大本命だった。
「おかえり」
なんて、余裕ぶっちゃって
「うん。ただいま」
私もつられて余裕ぶった。
そこからお互い黙り込みんだ。
夢だけど、悪い夢だった。
嫌な夢だった。
どんな私になるんだろう。
なんて、思った。
次に私が口を開いた頃には、辺りはすっかり火の海になっていた。
「そのお腹、何?」
彼女はお腹を膨らませていた。
「別に。ただのタカシくん」
彼女は悪びれもせずにそう答えた。
「なんでタカシくんなの?」
私は聞いた。
「知らないの?私とタカシくん、幼なじみなの」
彼女は言った。
「幼なじみだとそうなるの?」
私は聞いた。
彼女は黙り込んでしまった。
もういいやと思った。
痺れを切らした私が
「じゃあタカシくんでいいよ」
と言った。
すると、彼女は心底嬉しそうに
「ほんと!?やったぁ!」
そう言った。
「バイバイ」
私は言った。
「うん。バイバイ」
彼女は笑って言った。
彼女は満面の笑みで、燃え盛る炎のように、理科室で踊った。
そんな彼女を残して、私は理科室を後にした。
おかしいよね。
本当だったら、私と彼女はここでセックスをしていたんだ。
水道からウィスキーが出てきてさ。
楽しかったんだ。
楽しかった。
この夢も楽しかった。
でも私、もう、笑えそうにないや。
「死ねタカシ」
ケ・セラ・セラ 桜百合 @sakura_yuri
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