チョイス2 告白 前編

 くどいようだが、この作品は男女双子高校生の日常を描いた葛藤のドラマである。


◇◆◇◆◇◆


 東条家リビング。

 帰宅したチャコは欲望丸出しで真っ先に冷蔵庫を開け、牛乳をがぶ飲み。呼吸を再開させる為にぷはーと息を吐いた。しかし、既に帰宅し椅子に座っていた弟の健に全く気が付く事はなく、一部始終を冷めた目で見られていた。

「おい」

「ん? あ、健いたんだ?」

「まさか本気で気が付かなかったのか?」

「うん!」

 チャコは戯けて見せて敬礼のポーズ。

 そんな呑気なチャコを谷底に突き落とす驚愕の情報が、暫しの雑談のあとに展開される。

「え?! 告白されたの?!」

「ああ……」

「なんて?」

「健君が気になります……だとさ」

「……」

 チャコと健は三ヶ月前に高校生になったばかり。その前――中学生時代からもお互い浮いた話などはなく、もちろん意中の相手も皆無であった。

 一応高校生になった直後は二人の会話の中に恋愛関係の話題はなかった訳ではない。だが、それはテレビを観ながらの「かっこいい」「綺麗な人だな」程度の代物であった。

 ところが、ここにきてまさかの色恋話。まさに寝耳に水、藪から棒、鳩が豆鉄砲を食らう、開いた口が塞がらないなど様々な慣用句やことわざがチャコの脳内を駆け巡る。


「で、ど……どうしたの?」

「いや、突然の事だったから、ありがとうって返事をして慌てて帰って来たよ」

「え? 返事もせず?」

「ああ」


 健はいわゆる外弁慶である。

 東条家内では淡々としてクールな若干中二病を演じているが、学校では男女関係なく友達百人出来ましたを実践する陽キャであった。だから、興味を持つ女子が現れてもなんら不思議な事ではなかったのだ。


「何してんの? 女の子だってせっかく勇気を振り絞って告白したんじゃないの? それを返事もしないでありがとうって……生殺しみたいじゃんか」

「いや、そもそも愛の告白ではないかもしれないだろ? 問題ないだろ」

「問題あるよ! せめて返事くらいしろ! 付き合えないとかさ……」


 チャコは健が断るだろう――という認識でしかなかった。それは無理もない事で、普段から二人の会話にテレビ以外の好意を持った相手の話は出ていなかったからだ。


「あのさ、チャコ姉ちゃんは俺が断ると思っているのか?」


 それはチャコにとって信じられない言葉であった。青天の霹靂、泡を食う、目が点、舌を巻く等の追加の慣用句やことわざが脳内を通過した。


「え?! まさか好きなの? 聞いてないんだけど?」

「いや、はっきり好きとか言う感情はなかったけど、いざあんな事言われたら意識するだろ?」

「意識? どういう事?」


 意識する=好き……なのか?

 これは男女では答えが違うのではないか?

 二人は多感な時期である高校生。

 しかし初恋はおろか、恋愛のれの字もない帰宅部のチャコは健の話が理解出来ない。


「一応今まで友達だったけど、告白されて好きになる……みたいなのもあるだろ? それに近い感じだ」

「なんかそれって違くない?」

「……とにかく、やっぱ返事をした方がいいよな?」

「そうだね……」

「どうするかな……」


 今回の選択肢

 一、告白を受け入れ付き合う旨の返事をする。

 二、告白を受け入れず断る旨の返事をする。

 三、告白だと捉えずに返事はしない。


「話を聞く限り、私は告白だと思うよ。だから返事はしてあげなくちゃ駄目だよ」

「いや、ちょっと待て? そもそも気になりますって、普通の雑談の中でも飛び出す言葉じゃないか?」

「え?」


 「健君が気になります」はチャコの中では明らかな好意の伝達であるが、例えば以下の場合はどうだろうか?

男性「昨日テレビ見て泣いちゃったよ」

女性「そうなの? 何を見たの?」

男性「あなたの知らない世界って番組」

女性「……なんで泣いたのか、私は健君が気になります」

 この場合、女性側が男性側に対して理解不能な価値観による軽蔑の意……という事ではないだろうか?


「ちょっと待て。思い返す」

「……」


 健はこう見えて言われた時は激しく動揺していた。相手が発した言葉、その真の意味を理解するには前後の流れを把握した上でなければ出来ない。

 

「たしか……樹里亜ちゃんが昨日食べた夕食の話をしていて――」

 チャコは両手でテーブルを叩き身を乗り出す。

「え?! じゅりあちゃん? 下の名前?」

「あ、ああ?」

 

 チャコの驚愕には二つの理由があった。

 一つは健と彼女が下の名前で呼び合っていたから。女性に対して下の名前で呼ぶというのは親密度レベルはMAXが10だとしたらチャコの中では8相当である。

 二つ目は単純に「名前がかわいい!」という感想と、自分が久子――つまり◯◯子という古風な名前だと認識していて、しかもその事はプチコンプレックスになっているからである。更に「名前がかわいい!」と思ってしまった事が少なからず、嫉妬心であった為だ。


「まあいいや。続けて」

「おう。それから樹里亜ちゃんがデザートにナタデココを食べたって話をして、食べた事ないって言ったら今度食べに行こうって話になって――」

「え? 二人で? 誘われたの?」

「ああ」

「その流れならやっぱ確定だよ!」

「最後まで聞けよ」

「あ、うん。ごめん。それから?」

「今週末空いてる? って聞かれたから、部活のスケジュールを手帳で確認して……」

「うん」

「空いてると答えて、ナタデココがどんなのか気になる、楽しみだと話したら、私は健君が気になります……そんな流れだ」

「えっと、告白なの……かな?」


 正直微妙である。

(うーん……どうなんだろう)

 チャコは一瞬困惑した。

 しかし同時に、告白であるという決め手を発見する。

(気になります……ますじゃん! 敬語じゃん! しかもいきなり! やっぱ告白だよ!)

 

 その瞬間選択肢は、告白だと前提した上での変貌を遂げた。つまり、どう返事をするか?という深掘りした内容に……。


 ①OKの旨返事をして付き合う。

 ②友達から……と返事をしてお互いを知る事にする。友達以上恋人未満の関係になる。

 ③現段階では恋愛感情はないから断る。


「やっぱ告白だよ! 絶対!」

「そ、そうか?」

「そうだよ!」

 樹里亜ちゃんの敬語という決め手を得たチャコの勢いに健は認めざるを得なくなった。

「わかった。じゃあ明日返事をするよ。とりあえず付き合ってみる」

「え?! よく考えなきゃ駄目じゃん!」

 健はあっさりと選択肢①を導きだした。そこに異論を唱えるチャコ。

「まずはお互いを知った方がいいんじゃない?」

「いや、学校でも同じ部活で最近はずっと一緒に帰ったりしてて、樹里亜ちゃんの事はある程度知ってるが?」

「え?! そんなの聞いてないよ!」

「いや、特に意識してなかったし、別に姉ちゃんに話そうと思った事もなかったしな」

「……と、とにかくまだ好きでもないんだから付き合うなんて、樹里亜ちゃんに失礼じゃない?」

「じゃあ断れって事か?」

「……違うけど……」

 健が即座に選択した①。チャコは間髪入れず選択肢②へ誘導。しかし、あっさり論破されたチャコは選択肢③へ誘導。しかし、自らが誘導した③さえも否定した。

 姉として素直に祝福してあげなければいけないのにも関わらず、健が誰かに取られてしまうかも知れないというブラコンをこじらせた様な訳のわからない思考がチャコを混乱の沼に叩き落とした。そして情緒不安定を露呈した意味不明な逆ギレ。

「もういいよ! 勝手にすればいいじゃんか! あ〜良かったね! 童貞じゃなくなったね! 頑張ってね!」


 普段二人の会話には下ネタはない。だが混乱してるチャコはやりきれない思いを下ネタという形で吐き捨てた。


「ちょっと落ち着いたらどうだ? なんだ? 先を越されたからって嫉妬か?」

「うるさい! バカ!」


 捨て台詞を吐き自室へ戻ったチャコ。着替えもせず、ベットに横になり新たに生まれた選択肢の中で葛藤を始めていた。


 続きます。






 


 


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選択屋チャコちゃん @pusuga

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