選択屋チャコちゃん
@pusuga
チョイス1 赤と緑と黒
人生において様々な場面で発生する選択という行為。
それは時と場合によってはその後の人生も左右する。あの時あれを選んでいれば……そんな苦い思いを皆様も一度は経験したのではないでしょうか?
この物語は、そんな後悔を絶対に回避しようとする男女双子高校生の日常を描いた葛藤のドラマである。
◇◆◇◆◇◆
東条家、リビング。
この家の一人息子の健と一人娘の久子、通称チャコ。男女の双子である。
「えっ?! ちょっと待ってよ。今日の夜、健いないの?」
「ああ」
「……夜ご飯どうすんのよ!」
「それなら問題ない。赤いうどんと緑の蕎麦、黒いカレーうどんを用意した」
「問題あるよ! カップ麺じゃん!」
「いや、問題あるのはチャコ姉ちゃんだろ? 高校生にもなってメシも弟の俺に任せっきりなんてあり得なくないか?」
そうなのだ。
東条家の両親は仕事で帰りが遅い。
だから、食事――特に夕食に関しては弟の健がその類まれなる家事スキルを発揮していた。
「わかった。もういい……てか、どこに出かけるのよ?」
「秋田だ」
「え?! 秋田?!」
「ぶさカワ犬のわさおを見に行くに決まってるだろ」
「……いってらっしゃい」
◇◆◇◆◇◆
健が去った後のリビング。
ダイニングテーブルには今回の選択肢である三つのカップ麺が並んでいた。改めて列挙する。
①赤いうどん
②緑の蕎麦
③黒いカレーうどん
チャコは考えた。
最近少し太り気味だ、しかも下半身太り。なるべくカロリーを抑え、かつ満腹感を味わえる効率的な選択をしなければいけない……と。
まずはカップの側面をチェックするチャコ。
赤いうどんのカロリーは約410。
緑の蕎麦のカロリーは約480。
黒いカレーうどんのカロリーは約380。
(え?! 意外!)
(だって一般的には蕎麦の方がカロリー低いって印象じゃん! ダイエットにもいいって聞いた事あるよ?)
チャコはあたかも一般常識かの如く、蕎麦の方がカロリーが低いと勝手に決めつけ、自分の認識に驚愕していた。
実際カップ麺ではないうどんと蕎麦の100グラムあたりのカロリーはほぼ同じ、むしろ若干うどんの方が低いのだ。もちろん蕎麦の方は蕎麦粉と小麦粉の割合がどのくらいであるかが関係してくるのだが。
(とりあえず蕎麦は却下しよう)
カロリーのみを選択の材料にしたチャコは瞬時にうどんの二択にする。
(汁まで全部完食する事を考えたら、カロリーが低くてコッテリそうな黒いカレーの方が満腹感味わえるよね?)
すんなり決まるかに見えた選択。
しかしここでチャコの欲望が発動する。
(2個食べちゃおうかな……汁飲まなきゃ大丈夫だよね……もう一回よく考えようっと)
昨日の夕食はパスタだった。その前はピラフ。つまり洋食が連夜に渡り続いていた。当然チャコもその記憶はあり、ローテーション的なバランスで本日は和食ではないか? そんな予想もしていた為、胃袋に関しても和食の準備体制を整えていた。
しかし予想に反し、まさかのカップ麺。一応和食ではあるが、一人での食卓を過ごさなければならないと言うストレスも相まって、それを解消すべくチャコは欲望に走ったのであった。
三つのうち二つを選ぶ――
こうなると先ほど列挙した選択肢はガラリと模様替えをし、まったくの別物選択肢になる。改めて列挙する。
①赤と緑
②赤と黒
③緑と黒
(あ、さすがに両方汁まで飲むとヤバいから、片方だけ全部飲んじゃおうかな?)
となると、選択肢は更にこうなる。
①赤汁と緑
②赤汁と黒
③赤と緑汁
④赤と黒汁
⑤緑汁と黒
⑥緑と黒汁
なんと、3択だったはずが倍の6択になっていた。
チャコの脳内からは「最近太り気味、しかも下半身太り」という事実は跡形もなく消し飛んでいた。
そして選択の決め手になる一番の要素が、「カロリーを抑え、かつ効率的に満腹感を得たい」から単純に「今日は何を食べようかな?」に変化していた。
(色々食べたいよね)
この思考が出現した時点で、同じ麺である二つの選択肢は消えた。
つまり、上記選択肢を整理すると
①赤汁と緑→うどんと蕎麦
②赤汁と黒→うどんとうどん
③赤と緑汁→うどんと蕎麦
④赤と黒汁→うどんとうどん
⑤緑汁と黒→蕎麦とうどん
⑥緑と黒汁→蕎麦とうどん
②と④の二つは両方うどんになる為、除外。
こうして最初は3択だった選択肢が6択になり、最終的には4択になったのだ。そしてリ・スタート――ここから改めて吟味する事になった。
(汁まで飲むならカレーの方がいいよね……)
汁単体で考えた時に、カレーはとても魅力的だ。仮に残り汁にご飯を入れて食べると仮定した場合、カレーライスというのが存在する様に黒汁はマッチングとしては最高である。無論、チャコも同様の認識であった。
(よし。決めた! 緑の蕎麦と黒いカレーうどんに……ちょっと待って? たしか冷蔵庫に玉子あったよね?)
ここでまさかの具を追加と言う事態が発生した。その具と言うのは玉子、もちろん生玉子だ。そして月見にしようというわけだ。
(玉子入れるなら、うどんだよね?)
チャコの中で「月見=うどん」と言う固定観念が存在していた。
月見うどん
月見蕎麦
月見カレーうどん
皆さんはどれが一番王道だと思いますか?
月見と言う事に固執した場合、チャコの中では月見うどんが一番メジャーな存在だった。
(やっぱり……赤いうどんに入れるべきだよね……うどんオンリーにしようかな?)
玉子という乱入者はチャコの「色々食べたいよね?」と言う欲望をノックアウトした。
緑の蕎麦が選択肢から完全に消えた瞬間だった……
(う〜ん……じゃあ今度こそ決めた)
ついにチャコは決断する。
2個食べる。そのうち1個は汁まで飲む。更に1個は玉子を入れる。
今回の選択
◯赤いうどん(生玉子入れ)
◯黒いカレーうどん(満腹中枢が刺激されなければ、残り汁にご飯を入れる可能性大)
選択完了し、お湯を沸かす為にヤカンではなく鍋に水を入れ、ガスレンジをひねる。
このわずかな時間がもどかしいチャコは、箸でかき混ぜたり傾けたりして早く沸くように懇願。無論それは逆効果であるのは知る由もない。
ガチャ
扉が静かに開く。
早く食べたい――欲望のみが占める脳内の為、鍋内に集中しているチャコは全く気がつかない。
「おい」
「――うわーっ! け、健!? 急に後ろから話しかけんな! バカ!」
「気づかない方がおかしいだ――」
同時にテーブルの上に視線をずらすとフタが途中まで開いた二つのカップ麺。健は全てを察した。
「2個……どんだけ食うんだ? 酷いな」
「うるさい! あんたがいないから、こっちは突然カップ麺の選択を迫られて大変だったんだから!」
「……まあいいや。とりあえず1個にしとけよ。もう1個は俺が食べるから」
「え? 食べて来たんじゃないの?」
「いや? いないとは言ったが、そんな事は一言も発してないが?」
「ぶさカワ犬は?」
「わざわざ行くのめんどくさいからやめたよ」
「……う、うん。わかった」
チャコにとっては自分の欲望より、弟と一緒に食卓を囲める事が出来るという事のほうが勝ったようだ。
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