第1話変わらない日常、変わってしまった日常

立川駅のプラットフォームを降り改札を通る。バスで向かえばすぐの道のりを、わたしはあえて歩いていく。

単にバスが混んでいるからという理由ではなくて、ただこの辺りの自然を常に体で感じたいからだ。この辺りは開発された地域とはいえ、緑が多く現存している。

あの頃とは、随分変わったものだ。


いろいろと、説明しなければならない。

わたし、青原みのりの説明よりも前に、

この日常について話した方が早い。

わたしたちは一度、終焉を迎えている。

この国はかつてまで偽りの平和を維持していた。

しかしこの国はわたしたちが思っている以上に脆く、愚かだった。

喫緊の意識が無い安全保障体制が仇となり、この国は7年前、隣国による軍事侵攻を受けた。わたしが23歳のときだった。

それはあまりに突然の出来事で、誰しもがすぐには受け入れがたい状況だった。

なぜか。それはわたしたち国民の意識の無さ、団結の無さだった。

確かに隣国や諸外国の日頃のちょっかいには、報道される内容から耳にしていた。

だけどわたしたちはまたいつものなんだなーと傍観し、政治家がなんとかしてくれるだろうという謎の期待をし続けていた。

わたしたちの日頃の思考停止した考えが、

あんな悲惨な結末を引き起こすとは...

隣国は強靭で、国民の家族や故郷を破壊していった。特に首都への襲撃による被害は最も甚大だった。核こそ落とされなかったが、首都圏は廃墟と化した。

人々は皆いなくなり、かつての世界都市とは考えられない様相だった。


わたしの両親はその軍事侵攻で行方不明と

なった。あんまり言いたくないけど...

おそらく亡くなった。

両親は23区内の比較的閑静な住宅街で老後をおくっていたが、人が密集してる場所は敵のターゲットとなってしまった。

その地域、東京23区は壊滅状態だったため、

捜索や人命救助も難航したようだ。


一方、その頃のわたしはまだ医学部の6年で医師国家試験の勉強に奔走していた。

わたしは東京近辺の大学に通っていたために

辺りの甚大な被害を目にした。

それ以降の記憶はあまりない。

解離性健忘というやつだったかな。

あまりに大きな精神的ショックを脳が受けようとせず、脳がその記憶を消してしまうらしい。随分勝手だなと個人的には思う。

まわりのみんなは生き残れなかったけれど、

わたしはなんやかんやで生き延びたらしい。


2年で停戦、人々もネガティブなままではいられないと思い復興に尽力した。

だが他力本願で過ごしてきたわたしたちがそう簡単に平穏を得ることはできないらしい。

停戦してから3ヶ月、今度は大災害が人々を襲った。

関東を中心に大きな被害が及んだ。

大きな地震、それによる津波や火山の噴火などが立て続けに起こった。...らしい。

わたしはそのとき...どうだったんだっけ?

やはり、この辺の記憶はあまりない。


軍事侵攻で廃れた街と人の心が、災害によって完全に灰となって散った。


その後この国は残された地域から再び繁栄を取り戻しつつある。今の日本は、安全保障や

医療従事、災害復興・対策の仕事が中心となっていて私は立川市の大規模な災害医療拠点

の心療内科で勤務している。軍事侵攻を受けた7年前、私はまだ医者のたまごだった。

正確にはまだ医者ではなかったけれど。

心療内科を志したのは、この国の惨禍があってからのことだ。

先の悲劇により、患者は何かトラウマを抱えたり心的外傷を負っている人が多い。

まあ、実質的なカウンセラーってとこだろうか。

ちなみに、首都東京が陥没したことにより

首都機能は一時的にここ立川市に置かれている。近いうちに新しい場所に首都を置くとか。首都襲撃によって立川市は確かに大きな被害を受けたが、それでも中心部に比べればましだった。

かつての中心都市はほぼ陥落してしまった為

人々は今ここ立川市や内陸の長野、岐阜などに在住していて、人によって様々だ。

7年前までは1億人がこの国で暮らしていたが

今ではおよそ半分の5000万人にとどまっている。減った5000万人の約7割は犠牲者、残りは海外に逃げた人ということだ。


ざっくりとした説明はこんな感じだ。

わたしの詳しい説明は...まあまた機会があればでいいか。


病院に入る。

今日も患者が待っている。

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3年後、私が辿り着いた終着点 マリーゴールド @kurokuroaoi

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