15

 翌日の十三時。おれとうさちゃん、ヒラタナオ、そしてミヤケナナの四人で、すずやに向かった。おれの奢りだ。


 ミヤケナナは、とんかつ茶漬けを食べるのは初めてだという。とんかつ茶漬けというネーミングから、ゲテモノを想像しているようだ。顔がひきつっている。

「にんにく醤油一つ、辛子醤油一つ、オリジナルを二つで」注文は手短に。「あと、わさびを四つお願いします」


 とんかつ茶漬けが来る間、おれは食べ方をレクチャーした。

 キャベツはおかわりできるけど、バランスを考えて残すよう説明する。

「及川くんと食べに行くと、うるさいんだよ。細かいの。食通気取りか」

 ヒラタナオが早速チャカしてくる。

「ちがうよ。おれは皆さんにご提案をしているだけなの」


 大槻にはきっちりとヤキを入れておいた。

 ミヤケナナになりすまして、マイプロに書き込んでいたことを大槻は認めた。アカウントは削除させた。

 二度とミヤケナナに近づかないと約束させた。

 おれはここ数日、何回、そのセリフを口にしただろうか。

 綿貫も大槻の行動を「気持ち悪い」となじっていた。

 まあ、綿貫にえらそうに注意する権利があるとは思えないが。


 鉄板がおれたちの目の前に並べられる。

 鉄板にはとんかつ。とんかつには山盛りのキャベツと海苔がかかっている。

 ミヤケナナはおそるおそるキャベツを口に運ぶ。

「甘じょっぱくて、おいしいですね」

 だろ? キャベツだけでもうまいんだよ。

「とんかつも味がついているんですね」

 みんながとんかつを半分ほど食べたのを確認して、お茶を運んでもらう。

 最後の最後に、ご飯の上にとんかつを載せて、キャベツをかけて、お茶漬けにしてさっぱりいくのが、とんかつ茶漬けだ。歯ごたえのあるとんかつもお茶漬けでしっとりとする。食感と味わいを二度楽しめるってわけだ。

 ミヤケナナは目をきらきらさせながら、急須からお茶を入れていた。気に入ってくれたようで嬉しい。


 ミヤケナナは順調に行けば、あと三年で卒業して就職する。

 オナクラで働いて学費を稼がなきゃならない時点で順調とは言えないが、それはそれ。否応なしに苦痛が重なり合う平成の時代を、なんとかして卒業してほしい。

 そのときは「アプリコット」とかいう名前もさっぱり捨てて、ミヤケナナとして歌舞伎町に来てほしい。ちゃんとした彼氏とな。

 そのときに彼氏がすずやを紹介するようなことがあったら、初めて来る体で来ればいい。今みたいにきらきらした表情をさせながら、とんかつ茶漬けを食べてほしい。彼氏もほっとするはずだ。君には、そういう幸せが訪れてもいいんだ。


 店を出た後、おっさんふたりでパチ屋へ向かった。

 すずやのお代を取り戻すため、おれはスロット・コーナーへ向かった。

 もちろん目指すは「北斗の拳」。

「金を取り戻せってことっすか?」

 早速、うさちゃんがいじってくる。愛は金じゃねーよ。

 台を探した。空いてる台はいくつかあった。データカウンターを見て回る。ボーナス後989ゲーム、総回転数3877ゲームで捨ててある台を発見する。ミヤケナナだ。前にも言ったが、おれはミヤケナナという名前を最高にかわいい名前だと思ってる。だから、おれはその台に座ることにした。


 その後、おれは台にあっさりしっかり万札一枚を吸い込まれてしまった。

 ケンシロウはずっと、荒野を歩いていた。

 おれはもうコンティニューしようとは思わなかった。

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否応なしに 浅生翔太 @shooter_asou

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