第4話
「しーらないっ」
なんでちょっと嬉しそうなんだ……。どう考えても感情がおかしい。
おかしいと言えば、昨日の姉崎は明らかに攻めすぎていた。
「なぁ、俺たちの最近のアレって、本当に遊びなんだよね……?」
「うんうんそうそう!」
ものすご勢いで頷きまくっている。逆に信用できない。
「そ、そっか……」
引き気味に笑ってみせると、姉崎は反射的に前のめりになり、俺の顔を凝視してきた。瞳は不安げに揺れている。
「ねぇ、もしかして私と遊ぶの嫌……?」
「そんなことはないよ」
おねショタ好きの彼女が頼んできたこの奇怪な遊び。最初は意味不明だったけど、いざ習慣となってみると案外悪くはない。
家に一人ぼっちでいるよりは、可愛い幼馴染と遊んだ方が断然いいだろう。
姉崎もお姉さんになれて楽しめているようだし……あれ、もしかして昨日って、好きな漫画とかアニメのお姉さんになりきってた?
「なぁ姉崎、最近はどんな作品を読んでるの?」
「え、知りたい? えっとね〜これ! すっごく良いから
急激に元気になった姉崎が鞄の中から取り出したのは、『隣のお姉さんはサキュバス! 毎夜精気を求めてやってくる』というタイトルのガチガチな十八禁エロ漫画だった。おっぱい丸出しのサキュバス。なるほど、そういうことか……。
俺は姉崎が持つエロ漫画のサキュバスに人差し指を当てた。
「昨日はこれを演じてたわけか」
「っ⁉︎」
あ、と口を開けると、姉崎はしまったとばかりに俊敏にエロ本を鞄に突っ込んだ。
そしてそのまま机に伏せてしまう。自分がなりきったキャラを知られるのは恥ずかしいのだろうか……。ごっこ遊びをしているのだから、参考にしたお姉さんがいるのは当然だろうし、堂々としててもいいような気もするけど。
姉崎が再起不能になってしまったので、俺は彼女の長い黒髪を二、三本つまんで引っ張ってみた。
すると、体勢はそのままに顔だけ振り向いて、ジトっとした視線が送られてくる。
「……んぁ?」
何みてんだコラ、と言いたげな表情。ごめん、何もないよ……。
***
昼休みになったので、食堂へ向かうため立ち上がった。と、同時に姉崎も立ち上がった。
「今日は姉崎も?」
「うん」
珍しいな。姉崎はいつも弁当なのだ。俺の多忙な両親と違い、姉崎の母親とはよくエレベーターなどで会う。どうやら専業主婦らしい。娘の弁当を作る時間はあるのだろう。
それはそうとあの母親、なんか最近様子がおかしいんだよなぁ。
俺たちが年頃になったからか、会うごとに「みるくと最近どう?」「みるくのことどう思ってる?」「翔太君みたいな人が結婚してくれたらいいのにな〜」と娘のことをやたら推してくるのだ。
冗談なら別にいいのだが、妙に目が本気なんだよな……。多分、みるくには許可取らずに勝手に言ってるので、余計に反応に困ってしまう。
「一緒に行く?」
カップルに見られるのが嫌かもしれないと思って尋ねると、姉崎は即答した。
「うんうん行く!」
「え、でもいいの……その、周りから」
「うんうん大丈夫!」
「そうか、じゃあ行こう……」
そんなに首を縦に振られちゃ、同意する他ない。一緒に食堂に行くくらいは気にしないようだ。
二人で教室を出て、食堂を目指す。
高校で一緒に昼飯を食べるのは初めてかもしれない。
廊下には走り回る生徒達。
意味不明な一発芸をする奴がいれば、仲間だけが騒いでもてはやす。
昼休みの廊下は今日も騒がしい。
隣を歩く姉崎は、スキップと見間違う程に弾む足取りだった。
***
翔太君と食堂にやってきたよ!
ママに今日は弁当いらないって言ったら、「翔太君と食べるのね」って即言われて恥ずかしかったけど、何はともあれこの状況を作り出せてよかった。
券売機の長蛇の列に並ぶ私達。
校内で、周囲の目がある中で二人きりになれて嬉しい。
本当はもう一段階上の、「みんながいる時間帯に二人で下校」がしたいんだけど、ひよっちゃったからなぁ、中学生の私。もう、本当なんでカップルに見られるのが恥ずかしいなんて思ってしまったのだろう。
かと言って今更、変更の申し出はしにくいしなぁ……。
前に並ぶ翔太君の背中に一歩近づいてから、彼に問うた。
「……いつもこんな混んでるの?」
彼が振り向く。
「いや、今日は特にだな」
「そうなんだ」
「ここまで列が長いことは滅多にないよ」
「へぇ〜。まぁ、全然いいんだけど!」
やったぁ、彼と食堂で話せてる。会話に恋愛的な要素は微塵も無いけれど、それでも嬉しい。
「陽乃蔭君は何にするの?」
「カツ丼かな」
「じゃあ私もそうしよ」
一緒に食堂来たら、このおそろいをやりたかったんだよね。
なんかよくない? 男女二人が隣で同じの食べてるって。あ、でも逆に考えたら、私はこれあげる! みたいな交換こができないのか……。
まぁいいよ……! それは今度やろう! 今日はこれで満足満足。
なんて、私がチンケな自己満足に浸っていたその時だった。
背後から聞き覚えのあるロリ声。
「みるくお姉さんじゃないですか! お姉さん、今日も大人の色気がすごいですねぇ〜!」
列の私達の二人くらい後ろに彼女はいた。からかい口調にふさわしい、小馬鹿にするようなムカつく笑み。
諦めてなかったのかよ。
昨日、大人な感じでうまく追い払えたと思っていたけれど、まさかそれが仇となってしまうとは。学校でお姉さん呼びは本当やめて……。
みんなめっちゃ見てきてる、超恥ずい。
ショタコンJKのみるくちゃんは、大好きな幼馴染をショタ扱いして甘えまくる。 赤木良喜冬 @wd-time
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