第2話 ほほえみ様が泣いた理由 

ミサが終わった後、俺は司祭に呼ばれて教会の奥へと向かった。そこは懺悔室で、シスターもそこにいた。先ほどまでとは違い、金属性の小瓶を手に持っている。


「! おお、神に選ばれし勇者よ。よくぞ魔王を打ち倒してくれました。本当にありがとう。あなたは私の誇りです」

「……はい、シスター」


 シスターは俺に気づくと、笑顔で近づいてきた。

 今だに大粒の涙は流したままだ。


「……ふふっ。さらに大きくなって帰ってきましたね」

「まぁ、三年振りですからね」


 三年も経っているからか、俺とシスターの身長差も広がっている。俺が180cmだとして、シスターは165cmくらいだろうか。どこかの国に「男子、三日会わざれば刮目して見よ」という言葉があるそうだが、うまいことを言うものだと思う。


 しかし、今はそんなことより気になることがあった。


「……シスター、その。聞いてもいいですか?」

「はい? なんでしょう?」

「あの、どうしてずっと泣かれているのですか? 今も表情は笑顔なのに」

「っ! ……」


 シスターは少しの間を置き、俺の目を真っ直ぐに見て答えた。


「これは嬉し泣きです」

「……え」

「あなたが魔王を打ち倒してくれたおかげで、世界に平和が戻りました。それが嬉しくて、泣いているのです」

「し、しかし神父様に聴きましたよ? シスターは俺が魔王を倒した報告を受けてから、ずっと涙を流し続けているって」


 懺悔室に向かう道中、俺は神父にそう聞いていたのだ。


「……ふふっ、はい。嬉し涙がその時から全く止まりません。困ったものですね」


 そう言うが、シスターは全く困っているように見えなかった。まるで望んで泣いているかのように。


「あの、もしかしたら何かの病では? 旅の道中で知り合った優秀なお医者様を連れてきましょうか?」

「必要ありませんよ。神父様にも病院を勧められて受診しましたが、健康に以上はありませんでしたし」

「……ほ、本当ですか?」

「はい。面倒なのは流れ続ける涙を受け止めるために、この小瓶を持ち歩かなければならないのと、頻繁な水分補給

が必要なところくらいですかね」


 シスターは手に抱えた金属製の小瓶を掲げて見せた。


(涙を受け止める用の小瓶だったのか)


 冗談めかして言うシスターだが、とても笑っていられるような状況ではないだろう。それに、俺の知るシスターは冗談を言うような人でもなかった。


「あの、原因が分かるまでは複数のお医者様を当たってみるというのも手かと」

「大丈夫ですよ。原因は分かってます。ただの嬉し泣きですから」


 やけに強情だ。まるで本当に原因は理解しているかのようだ。それを誰にも言わないようにしているのだろうか。


「……」

「ふふっ。勇者様は長旅で疲れているようです。積もる話はまた明日にして、今日はゆっくり休んだらどうです? 教会の一室をあなたが帰って来た時の為に確保してありますから」

「は、はぁ……」


 神父様に案内されて、俺は種履くさせてもらえる部屋へと通された。部屋の中には簡素なテーブルと、客用にしては豪華なベッドが置かれていた。


(シスターは俺のために準備していてくれたのかな、なんて)


 都合の良い解釈をしつつ、俺はベッドへと横になった。

 本当に旅の疲れが溜まっていたのだろう。ベッドに入って数分もしない内に、俺の意識は眠りに落ちていた——。




 ♢  ♢   ♢  ♢



『……さぁ、今日の祈りを始めようか』

「……ん?」


 数時間後、俺は何かの音で目が覚めた。


「……あれ、もう聞こえない」


 体を起こして耳を済ませたが、その音は聞こえてこない。聞こえるのは、俺の腹の鳴る音だけだ。


「……そういえば今日は何も食ってないな。というか、今は何時だよ」


 壁に掛けたれた時計をみると、時刻は深夜一時だった。


「結構寝ちゃったな。もう教会の食事はとっくに終わってるよ」


 食事がないと分かると、さらに腹の虫が騒ぎ出した。

 何かなかったかと自分の荷物を探ろうとすると、テーブルに置かれたフルーツの盛られたボウルが視界に入る。確か入った時にはこんなものなかった。


 きっと、食事に来なかった俺を心配して誰かが置いて行ってくれたのだろう。ありがたい。

 教会の誰かに感謝しながら、俺はボウルの中から林檎を一つ手に取りかぶりつく。


 ——ガブッ、シャク、シャクっ。

 

 噛む度に、ジューシーな果汁と爽やかな甘みが口いっぱいに広がった。


 「……うん。あいかわらず、甘くて旨いな」


 この林檎は思い出が多い。まだ路地の孤児だった頃に、まだ孤児院にいたシスターが時々俺に分けてくれていたのが、この林檎だった。


 さぁ、もう一口いただこう。


 ——ガブッ。シャク、シャ……ク。


「……」


 口が勝手にゆっくりと咀嚼を止めた。

 その理由は簡単、久々の再会を果たしたシスターの涙を思い出したのだ。


「……シスター。本当に大丈夫なのかな」


 出会ってから大体十四年くらいだろうか。彼女の顔に笑顔以外の何かが浮かんでいるのを見たのはこれが初めてだった。起こったときですら笑顔で怒っていた彼女がまさか人前で涙を見せるだなんて。


 これは絶対に異常事態だ。涙を流し続けるのはもちろんだが、シスターが全く不安がっていないのがおかしすぎる。涙がずっと止まらないなんて、普通なら不安でたまらなくなっていても不思議じゃないのに。


「……やっぱり、ちゃんと聞きたいよな」


 俺は勢いよく立ち上がり、部屋の扉を開いて廊下へと飛び出した。



 ♢  ♢   ♢  ♢



 月明かりが綺麗に入り、美麗な雰囲気を醸し出している教会の裏にある庭園。部屋を出た俺はまっすぐにそこに向かった。


「あ、やっぱりここにいた」

「……あら勇者様。私のお気に入りスポットを覚えていたんですね」


 シスターが俺を見て、フフッと楽しそうな声を出す。彼女がシスターになる前の普通の少女だったころを彷彿とさせる屈託のない笑顔でだ。もちろん涙は流したままではあるけれど。


 俺の予想通り、シスターはそこにいた。

 庭園にあるベンチに座り、空を眺めるのが彼女は昔から好きだったのだ。


 シスターはいつもかぶっているウィンプルを取っていて、綺麗な蒼い髪が夜風に揺れて綺麗だった。


「全く、こんな夜更けにいつものアレですか?」

「え。俺はもう少しシスターとお話ししたいなぁと思っただけですが」


 俺を見て、シスターは少し呆れたように呟く。

 いつものアレとはなんだ?


「? もしかして覚えていないんですか? 孤児院にいた頃によくしていた、いつものアレ」

「はい」

「ふむ。恥ずかしい記憶すぎて忘れてしまったのですかね。仕方がない、思い出させてあげましょう」


 正直に答えると、シスターはベンチから立ち上がり、一歩前に出るとくるっと一回転してから跪いた。ちょうどベンチに向けて跪いた形になる。


「——僕のお嫁さんになってくださいっ!」

「……えっ!?」

「どうです、思い出しましたか?」


 シスターは立ち上がり、土のついた修道服を手で払った。


「もしかして……俺、子供の頃にプロポーズしちゃってました?」

「はい。それも頻繁に」

「ええっ!?」


 子供の頃は、そんな恥ずかしいことをしていたのか。なんで都合よくその事は忘れていたんだろう。


「まぁ毎回断っていましたけれど」

「あ……です、よね」


 もしかしたら結婚の約束をしていたのかと期待してしまった自分が恥ずかしい。


「教会に遊びに行って、私がここで空を見上げる度にプロポーズしてくれましたからね。だからここに来た勇者様を見て、十三年振りに同じことを繰り返すのかと邪推してしまいました」

「いや……まぁ違いますよ」

「……」


 ごまかそうとする俺を、シスターは笑顔の涙目のままじっと見つめる。

 全てを見透かされていそうな不安が募る目だった。


 確かに再会したら告白はするつもりだった。だけど、泣いているシスターに告白なんてできない。俺は、俺の好きな笑顔の彼女に告白したい。


「……そうですか。あなたも大人になってようやく気づいたのですね。私が恋愛などできないことを」

「えっ?」

「私はシスターです。シスターはその身も愛情も、全てを生涯神に捧げると誓った神の花嫁です。つまり、私の愛は神様のものなのです。そして、神様が愛しているこの世界も、そこにすむ人類も、私は全て同じように愛します。私はこの世界の全てを愛しています」

(……俺は、その平等に愛する人類の一人に過ぎないってことか)


 ——知っている。

 そんな事は昔から、あなたがシスターになるのが夢だと語ったときから知っている。

 でも、それでも諦めきれないのが恋心というものなのだ。


 今のシスターの話からは、遠回しに俺の告白を回避しようとしているように感じられた。それがシスターなりの優しさなのは分かる。だからってこの想いを消すことなどできやしないのだ。


 ……それに、俺が好きなのはいつも笑顔のシスターだ。常に涙を流しているシスターのことを放っておけるはずもない。


「……シスター。俺の話を聞いてください」

「……なんですか?」


 先程のシスターの動きをなぞるように、俺は彼女の前に跪いた。


「これはいつものアレではありません。一人の男として伝えたいことがございます」

「伝えたいこと、ですか?」

「はい。シスターが涙を流し続けるその本当の理由、それを俺に教えていただけませんか」

「……これは嬉し泣きです」

「いいえ。そんなはずありません。ただの嬉し泣きで数ヶ月も涙を流し続けられるわけがありません」


 強めに言っても、シスターは口を破ろうとしない。


「……本当に。本当に嬉し泣きなのです」

「……わかりました。でしたら、どうして嬉し泣きをしているのか。その本当の理由だけでも教えてもらえませんか? 俺はあなたを助けたいのです」


 俺の熱意が通じたのか、シスターは少しの沈黙の後にこう呟いた。


「……そうですね。勇者様を相手にこんな言い訳は失礼だったかもしれません」

「シスター……では」

「いいでしょう。教えて差し上げます」


 そう言うと、シスターは庭園から離れるように歩き始めた。


「ついて来てください」

「はい!」


 俺も急いでその後を追った。




 ♢  ♢   ♢  ♢



 シスターが無かったのは、懺悔室だった。二人でここにくると、十三年前にここで神の啓示を聞いた時のことを思い出す。


「……勇者様。こちらへ」

「はい」


 シスターに誘われ、俺とシスターは懺悔人が罪を告白する場所へと立った。

 目を瞑って胸元で手を組み、涙を流しながらシスターは懺悔の言葉を口にする。


「……ああ神様。どうかお許し下さい。私は勇者様にこの涙の理由を話すことを決意してしましいました。神様の命に背いた私めにどうかご慈悲を」

『——彼になら言ってもかまわないよ、シスター』

「っ!」


 シスターが懺悔を口にした瞬間。頭の中に声が響き渡った。昔に二度だけ、感じたことのある感覚が蘇る。


 ……まさか、神様の声、なのか?


「なんとありがたきお言葉でしょうか。神様、あなたのご慈悲に感謝いたします」

『彼は君と同じでボクに選ばれし人間だからね。聞く権利くらいあるし、むしろボク達の計画をお手伝いして欲しいくらいだよ』

「……」


 聞こえて来たのは、神様と思えないほど子供っぽい声と言葉だった。男子というよりは女子っぽい声だ。


「……神、様?」

『ああ勇者君。ボクの声を聞いたのは十三年振りかな? 改めて、ボクからの使命を果たしてくれてありがとうね。感謝しているよ!』

「……は、はぁ」


 声だけしか聞こえない上に、この子供のような話口調。どう考えても神の言葉とは思えない。


「神様。勇者様にあなたの崇高なるお考えをお聞かせになるのですか?」

『ああ、そうだよ。ボクの考える最高の世界はシスター。君とそこの勇者君という二つの駒が揃ってこそ完成するんだ』

「……は?」


 俺とシスターが、神様の考える最高の世界を完成させる駒?

 この声は一体何を言っているんだ?


『あ、ごめん。声だけだと話しづらいよね。勇者君にも姿は見えるようにするべきだった』


 ——パチン!


 突然指を鳴らす音が聞こえたと思えば、いつのまにかシスターの腰元に、身長100cmほどしかないであろう少女が立っていた。


 その少女は綺麗な長い黒髪で、白い荘厳な服に身を包んでいる。


「なっ! 急に子供が!」

『子供じゃないよ、失礼だなぁ。これでも僕は千十三歳なんだから』

「は、え、千十三歳?」

『そ。だって神だからね、ボク』


 信じられない。こんな子供が神様で、しかも千歳を超えているだなんて。


「どうです勇者様。神様のご尊顔を初めて拝んだ感想は」

「……いやあの。驚きしかないですが」

「そうでしょうね。こんな素敵なお姿、拝見しただけで幸せになれますもの」


 シスターがやけに上機嫌だ。おかげで会話になっていない。今だに涙は流れているが、テンションが上がっているのは間違いない。シスターである彼女はこんな反応を示すということは、この少女が本当に神様ということのなのか。


「……そ、それでシスター」

「はい?」

「俺を神様に引き合わせたのは、さっきの俺の質問の答えに関係があるのですか?」

「ええ。ありますよ」


 話しながらシスターは俺の隣から離れ、神様らしい少女の斜め後ろに付いた。


「……私が嬉し泣きをしている理由、でしたね」

「はい」

「簡単なことですよ。神様の臨む世界を作る為の計画において、私がその中心となれているからです」

「中心?」


 中心人物ということなのだろうか。だが、それだけで泣き続けられるとは思えない。


『ボクが望む理想の世界の為に、彼女は協力してくれたのさ。君と同じ、神に選ばれし者としてね』

「協力って……一体何を協力しているんです?」


 涙が出続けるような協力なんて、全く思いつかない。


『簡単さ。シスターはボクと契約を交わしたんだ』

「契約?」

「そうです。私はその契約のおかげで神様の一番のお役に立てることができる。それが嬉しいのです」

「……だから嬉し泣きをし続けている、そう言いたいんですか」

「はい。その通りです」

「……嘘はやめてください。いくら喜びの感情がずっと続いているからって、何ヶ月も泣き続けられるわけがない!」


 的を得ない答えばかり聞かされたからか、俺は少し声を荒げて言った。


 すると少女、いや神様がゆっくりと口を開いた。


『ほらシスター。契約の内容までしっかり教えてあげなきゃ彼も分からないよ』

「すみません。伝えるのを忘れていました。いいですか勇者様? あなたの知りたい答え、それは神様が望まれている世界を知れば分かります。そしてその世界とは、全人類が常に幸せそうに笑っている、怒りや悲しみのない世界なのです」


 全人類が笑い、怒りや悲しみがない世界?

 そんなもの、どうやって実現するというのだろうか。


「……そんな世界、実現できるのですか?」


 ——その疑問の答えは、到底納得できるものではなかった。


『できるよ。神の契約があるからね。ボクとシスターが交わした契約により、その世界は実現を可能にするんだ」

「……その契約とは?」

『それはね。人間の持つ四つの感情、〝喜怒哀楽〟の中から、シスターの持つ【喜】と【楽】の感情を代償として僕に捧げる代わりに、全人類が持つ【怒】と【哀】の感情を、全て彼女が引き受けるという契約さ』

「……は?」


 その契約は簡単に言えば、シスターが嬉しいという喜びや楽しいという感情を完全に神に奪われる代わりに、シスター以外の全人類が悲しみや怒りの感情を感じたその瞬間に、全てが彼女の心に引き継がれるようにするというもの。つまり、全人類の怒りや悲しみの感情をシスター一人の心で引き受けるということだった。


 ……シスターがずっと泣き続けている理由がやっと分かった。全人類の生み出した怒りや悲しみの感情を常に引き受けていれば、ずっと泣き続けていても不思議ではない。


 ——でも、それならどうしてシスターは笑顔を浮かべ続けられるのだろう。喜びや楽しみがないのに、怒りや悲しみだけが心の中を際限なく渦巻いている地獄のような状況のはずなのに。普通なら精神を壊して自殺をしていそうなものなのに。


「……」

「……!」


 想い人の後ろで嬉しそうに微笑んでいる彼女を見て、俺はハッとした。


 そういえば、シスターはこう言っていた。


『私はその契約のおかげで神様の一番のお役に立てることができる。それが嬉しいのです」

『……だから嬉し泣きをし続けている、そう言いたいんですか」

『はい。その通りです』


 シスターは嬉し泣きというのは事実だと言っていた。それが事実なのだとしたら、彼女は本当に契約のおかげで神様の役に立てていることが嬉しいと思っているということなのか?


 だが、今のシスターに喜びや楽しいという感情は無いはず。だとすれば、彼女は本当は一切感じていない喜びの感情を、たくさん感じていると自分に錯覚させて、必死で笑顔を作っていることになる。


 ……そんなの、認められるわけがない。

 ……嘘の笑顔を浮かべるシスターなんて、俺は見たくない。


 俺の中にある黒い感情、ドロドロとした感情が、閉じ込め続けて来た腹の底から姿を表してしまった。


 もう今にも口から飛び出しそうだ。


「……」


 俺は目の前にいる神様を名乗る少女に向かって、最大限の敵意を持って睨み付けた。


「……そんな世界、絶対認めない」

『……なんで?』


 神様は理解できないと言いたげに首を傾げる。


「全人類が笑っていても、シスターだけが泣き続ける世界なんておかしいだろ」

『彼女はそうなることを了承、いやむしろ自分から望んでいるんだよ?』

「そんなこと知るか! 俺はシスターが笑顔になれない世界なんて認めない。たとえそれをシスターが望んでいても、俺が必ず阻止してやる! シスターにはずっと笑顔でいてほしいんだ! そうじゃなきゃ俺が認めない!」

『……』

「……」


 心の中に湧き上がった黒い感情を全て言葉にし終えた。

 今の言葉を、彼女はどう思ったのだろうか。


 何も言い返してこない神様から、さっきから口を閉ざしていたシスターに視線を移す。


 ……すると、彼女は笑顔を消し、これまでに見たことのない冷たい目をして、そこから涙を流していた。


「……やはり。あなたはそういう人だったんですね」

「……え?」

「私は気づいていましたよ。あなたは自己中で、黒い欲求が常に腹の中に渦巻いている。まるで欲求の権化ですね。これまでは孤児という立場や勇者という役目が蓋をしてきたのでしょうが、魔王を倒した今、その蓋が外れてしまったのでしょうね」


 目と同じくらいの冷たさと鋭さで、シスターはナイフのような言葉を飛ばしてきた。


「シ、シスター?」

「神様の決定なので何も言いませんでしたが、私は正直、勇者という役割もあなたには相応しく無いと思っていましたよ」

「そんなことを……どうして」


 冷たい言葉のナイフは鋭さを増していき、最後には俺の心に強く深く突き刺さる。


「……この際です。もう一つ正直に言いましょうか。私、ずっとあなたのことは嫌いでしたよ?」


 もう、俺の目には何も映らなくなっていた。そして神様への怒りやシスターの言葉に対する悲しみが、隙間の開いた樽に入れた水のように少しずつこぼれ落ちて行く感覚を覚えたのだった。

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いつだって笑顔だったほほえみ様が、その瞳から涙を流し続ける理由とは。 コーラを愛する弁当屋さん @KOZOMON

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