ある少年が映画館に行く話。

のーる

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「ね、今日放課後暇?」


学校の授業が終わり帰る準備をしていると、友人から放課後の予定を聞かれた。

映画を見に行かないかという誘いの話だった。


実は、これまで映画というものを見たことがない。

映画館に行ったことがないということではなく、映画そのものを見たことがないのだ。

それは映画が嫌いなのではない。今の今まで機会が無かった。


見慣れない道にキョロキョロと挙動不審になりながらも、友人に連れられて映画館へと向かうのだった。



「『とある優しい魔法使いの話』の劇場版チケット2枚で」


友人が映画のチケットを購入し、その映画が上映される上映室へと向かう


「ねえ、僕そのアニメ見たことないよ?」

「大丈夫。これアニメには全く登場しないキャラクターしか出てこないから」


なれない映画館で、友人に任せきりになってしまっている。少し申し訳なく思いながらも、どうせ自分がやるよりも友人に任せた方が早いので大人しくついて行くことにする。


「すごい....」


扉を開けると、中には大勢の人がひしめき合っていた。上映までもうすぐなので、席はほとんどうまっている。


「まあ人気な映画だからね。えーっと、俺たちの席は...あっちだ」


人の量に圧倒されながらも友人が取った席に座る。


そして、映画の上映が始まる。



ある日、とある村の青年が、村で疎まれている魔法使いを興味本位で訪ねることにした。


噂では極悪非道であると聞いていたので警戒していたのだが、いざ訪れると魔法使いは青年をとても歓迎し、魔法でもてなしてくれた。


青年はその魔法に感激する。魔法とはこんなにも綺麗なものだったのか、と。


そして青年は魔法使いに弟子入りさせて貰えるように頼むのだった。




青年の魔法の上達スピードは魔法使いも目を見張るほどで、このまま行けば誰よりも強い魔法の使い手になるだろうと思うほどだった。


しかし、そうして魔法の修行に明け暮れていたある日、村が大量の魔物に襲われる。


魔法使いと青年はなんとか村を守ろうとするが、魔物の数が多すぎる。このままでは押し切られて全員殺されてしまう。そんな時。


「私が魔物を誘導して村から遠い所へと向かわせる」


魔法使いは自分を犠牲に魔物を村に被害が出ないほど遠くへと向かわせるというのだ。


青年は反対する。そんなに遠くまで大量の魔物を誘導し続けるなど自殺行為だ。


どのように言えば辞めさせられるだろうか。代案は?いっそ自分が代わりに犠牲になると言えばいいのか?


「青年よ。ありがとう。」


考え込んでいる青年に魔法使いは言う。


「私のことをそんなにも想ってくれてありがとう。私の魔法を『すごい』と、『綺麗』だと、そう言ってくれてありがとう。」


「そんなに悲しまないでくれ。私は死なない。魔物に殺されたとしても、私は君の記憶に生き続ける。人間は誰かの記憶に存在している限り、生きているんだよ。」


そして魔法使いは、魔物の大群の方向へと向かうのだった。



その後、青年は魔法使いのしたことを物語にした。ある村をたった一人で守った大魔法使いとして、誰かの記憶に残すために。



映画館からの帰り道はよく覚えていない。ずっと、魔法使いの背中と言葉が頭から離れないのだ。


「『人は誰かの記憶に存在する限り生きている』か...」


たった一つの物語。誰かの考えた架空の出来事。しかし物語ひとつで、こんなにも人の心を動かすことが出来る。


『言葉には人の心を変える強い力がある』とはよく聞くが、それを実感したのは初めてのことだった。


自分にもあんな物語が作れるのだろうか。

人の心を突き動かして、布団にもぐっても頭からセリフが離れないような、そんな話を。

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