オーロラの旋律の下で

ラヌアでは毎年秋に行われる、豊作を願った祭りが開かれることとなっていた。主催はアイリが通っている教会であった。祭りでは様々な露店が街頭に並び、アイリは手作りのアクセサリーを売ることにした。ラヌアに来た時のような高価なものではなく、貝殻などを組み合わせたものだった。


街の人々はジェンカというフィンランドの伝統的なフォークダンスを踊っていた。

ジェンカとは2拍子の軽快リズムに合わせ、一列に手をつなぎ並んで軽やかステップを踏んだ踊りである。


教会の鐘が鳴る中で広場の中央にある、噴水の近くでアイリは白を基調とした花柄のドレスを着て孤児院の子ども達と踊っていた。白夜の薄明かりの中で町の人々の笑顔が舞いながら賑わいを見せていた。次第に白夜が終わりを告げオーロラが緑や紫のジュータンのように輝きを見せ始めた。


タピオとクランの出番が迫ってきた。

噴水の隣で歌い始めるためだ。

そして、歌おうとした時に声がかかった。



「タピオ、こっちに来て。私と踊りましょう」

「ルージュ様、今から歌を歌わなければなりません」

「いいから、歌はあなたの弟がいるでしょ」


「おーい、歌はまだかー?」


「ほら、あなた歌ってきて」

「わかったよ、兄さん。僕が代わりに歌ってくるよ」

「そうしてくれる? ねえ、タピオこっちで踊りましょう」



クランが歌い始めると、クランの周りに聴衆が駆け寄った。

そして、ルージュは半ば強引にタピオと踊り始めた。

クランの甘い歌声が始まった。




風を私にくれないだろうか  ――


自由を風に乗せて君の元へ届けたい ――




アイリはルージュとタピオが踊っているのに気づいた。


(あの踊っている青年は屋敷の下で歌っていたりりしいお方ではありませんか)


「タピオ、ほら、ちゃんと踊って」



タピオもルージュと踊っている時にアイリの姿に気づいた。


(あの娘は屋敷で私を見つめていた美しい人ではないか)



「ほら、タピオ、どうしたの?」

「はい……」



多くの聴衆は語らいをやめ、クランを取り囲んだ。聴衆に二人は遮られた。



(どこにいるの、あのお方は?)


(あの娘はどこにいるんだ?)




月夜に輝く樹木の恋の枝を揺らせるために――


風を私にくれないだろうか ―――




(あっちにいったのでしょうか?)



僕の想いが消えないうちに ――



(どこに行ったんだ。見失ったではないか)



「ルージュ様、少々お待ちを」

「どうしたの? タピオ」

「ルージュ様に花を買いにいってまいります」

「まあ、嬉しい!」



二人は多くの聴衆の中で互いを見つけた。

そして、見つめ合った。そして、二人は声を交わし始めた。



「あなたはあの時のヴィーナスではありませんか」

「いえ私は私は枯れ葉のような娘です」




永遠の若さを君に届けたい ――――




「あなたが枯れ葉のような娘であれば月も枯れ果てることでしょう」

「それでは私は月のようにあなたを輝かすことができるでしょうか」




薔薇のような君の美しさに触れたいのに ―




「空に映る月のようなあなたのひかりを僕にください」

「それならひかりを私の瞳に宿してくれるのでしょうか」



 

今は一人で月を見ているだけではないか ――


 


「私の瞳は既に輝いています。あなたは神より愛された乙女です」

「私が乙女なら差し上げるものはあるのでしょうか」



 

風を私にくれないだろうか ――― 



 

「乙女の生まれた時の姿を私の瞳に映し出しましょう」

「それならば目を閉じていただかないと困ります」




恋する心を風に乗せて君の元へ届けたい ――


永遠に君の心を惑わせたい ――――




「その必要はありません私は心の目で見てしまうからです」

「それならばあなたの心を奪いましょう」




どうか風よ僕の元へ来てください ――


恥じらいという言葉があれば、僕はそれをかき消すでしょう ―――




「すでに奪われているのです」

「泉から湧き出るような私の思いを抱きしめていただけるでしょうか」




湖はどれほど深くとも私の愛の深さには及ばないでしょう ――


星空に輝いている愛と自由を与えてあげましょう ―――――




「夜空が恥ずかし気におもうことでしょう」

「あなたは意気地なしなのでしょうか」




風を私にくれないだろうか ――


君の微笑みをいつまでも消し去ることすらできないでしょう ――




「すでにあなたの瞳のひかりを僕を包んでおります」

「それならあなたの胸に飛び込みましょう」




赤い情熱を君に届けましょう ――


赤い炎で君の心を奪ってさしあげましょう ――――




「それならば、あなたの淡く映る赤い唇を映し出しましょう」

「あなたの名前を教えてください」




そして僕が優しくだきしめるのです  ―――    


花を優しく包むように  ―




「僕はタピオあなたの淡い唇に花を咲かせましょう」

「私はアイリあなたの唇に飛び込むことができますでしょうか」




僕が抱きしめてあげるでしょう ――   


風よ僕の中に吹いてくれないでしょうか ―――     




「ああアイリ」

「タピオ」

「アイリ……」

「タピオ……」




アイリは花になって。タピオは赤い花を咲き乱す野原になった。

花が咲く時は永遠のように思えた




僕の中で君は自由をえるでしょう  ―――――


クランはタピオとアイリの戯れに気づいた。


(あれは兄さんとあの美しい娘……なぜ……)



ルージュは抱擁するタピオとアイリに気づいた。



「タピオ、どうして……」

「ルージュ様……」

「あなたみたいな泥棒ネズミは離れて」



アイリの頬に乾いた音が響いた。


 

「それでは、失礼します……」

「まって……アイリ……」

「タピオ、もう祭りはいいから。屋敷に帰るのよ。あんなと小汚い娘と戯れないで。私のタピオ」

「わかりました……」



オーロラは二人をどこまでも悲しみで彩っていた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

白夜の奏でる音 月原 悠(夕月かんな) @kakukamisamaniinori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ